third episode:rewrite 8話「凛」
third episode:rewrite 8話「凛」
探検部。
なぜか心に懐かしさと親しみやすさを感じてしまう名前の部活を設立しようとしてからかなりの日数が立ち、四月十九日、相変わらずの快晴な空に恵まれた日。
小鳥がさえずる朝に珍しく早く起きた谷風と学校へ登校する。
相変わらず新入生を迎えるように無機質なコンクリートの両星で咲き誇る桜は美しかったが、毎日のお勤めのためか少しずつ桜の元気がなくなっているように見えるのは少し寂しいところだ。
いつものように授業をこなしながら、探検部の活動について考える。
一週間程度自分で探検部について活動をしてみたものの、有力な地底人の情報は出ず、一人では成果をあげられず、困っていたのだ。そこで、部活動を立ち上げることを選択肢として入れてみた次第だ。
ちなみに幻無高校は生徒の意思を尊重するということで、部活に関しては大変寛容であり、どんなものでも部活申請が通るくらいだ。
部活動を学校に申請するとしても、やはり人数が必要となるはずだ。主な応募要項は不明だが、さすがに一人の部活は認められていたはずだ。横で眠たそうに目を擦っている親友を誘ってみることにした俺は、授業間の休憩時間に相談してみることにした。
「谷風」
「なんだ。俺は眠いんだ。昨日もゲームやっててな……」
「部活をやってみないか」
俺の唐突な一言に谷風は口をあんぐりと開けた。
「なんだその顔は、アホっぽいぞ」
思ったことを口にしてやると谷風は一蹴。
「誰がアホだ! そんなことはいい! 部活? 今まで興味がなかったんだろ? なに急にやろうとしてるんだ…?」
「俺にもよくわからないんだが……やらないといけない気がしてな。名前は探検部……地底人を探す部活だ」
普通の人間なら、この時点で何を言っているかわからないってなるだろう。
実際谷風もそうなるはずだ。
地底人を探す。それに俺の記憶の中で欠けているピースがある気がした。
課題のノートに書かれていた謎の女性の名前――優衣と愛瑠。
未だに靄がかかっているかのように招待がわからない名前だが、探検部を続けていけば何かわかる気がするのだ。
谷風は未だに口をあんぐりしていたが、次第に脳で考えていることが顔に出始めていたのか、苦悩したような顔をする。
「……いいぜ、その探検部。俺も入ってやる」
以外なことに谷風は部活をすることを了承。谷風にしては珍しい苦悩した顔で、答える。
「その探検部って単語、何か聞き覚えがある気がするんだよ。とても懐かしい感じがするっていうかさ、なんか大事なことを思い出させてくれるような気がする。今も実際なんだろうな、その言葉聞くとたこやきからたこが抜けてるみたいによ、なんか違和感あるんだよ。入るぜその部活」
的外れなようで、なぜか的確に感じられる例をだしながら谷風は本当に苦悩している表情をしていた。もしかしたら、谷風も俺と同じような感想を抱いているのかもしれない。
探検部という言葉に。
「お前も探検部って単語に聞き覚えがあるのか?」
「おうよ。なんだか知らないけどなずっと引っかかってた。夏の課題で書かれていた名前、優衣と愛瑠……しらねー女子の名前だけどなんか懐かしいというか、忘れてる気がするんだよ。……もやもやしたままいるのは気持ち悪いからな。探検部ってのが何かの鍵になってるかもしれないだろ、何か頭にピーンってくる名前だ」
「なるほどな……」
まさか俺と同じような疑問を抱くような奴がいるとは思わず、しかし妥当だとも思う。
俺と谷風の夏課題、どちらにも愛瑠、優衣といった名前が刻み込まれていた。
つまり、それは俺と谷風どちらとも知り合いの可能性がある。
その俺と谷風が探検部というなんともないストレートな言葉に疑問を抱いている。俺たちに関係がある部活なんだ……だから、欠けたピースを集めるためにこの部活をやろう。
どこまでいけるかわからないけど、このままいけばピースが判明する予感をひしひしと肌で感じていた。
「よし、やろうぜ! 谷風!」
「おう! 核!」
谷風と俺の手のひらがぶつかりあって決意の音を鳴らす。周囲の生徒は少し驚いていたが、そんなことは関係なしだ。
こうして、俺たちの欠けたピース集めは始まった。
……
意気込んで探検部を開始しようと職員室で先生のところに来たはいいものの、唐突に壁が現れた。
「同好会は三人以上じゃないと認められんぞ」
「「えー……」」
テストを採点しながらの先生からの無慈悲な言葉に思わず谷風とハモる。
「それにな……」
嘆息して飽きれた表情で先生は言った。
「お前らのいう探検部だったか、それは別に部活じゃなくてもいいだろう。
一体何をする部活なんだ?」
「地底人を探す部活です」
「それ以上言い方がねぇよなぁ」
「……まぁいい。幻無高校は生徒の自主性を重んじるからな……部活の件に関してはいいだろう。
だが、三人集めることから始めないと同好会にすらなれないぞ」
「「ですよねー」」
「……やる気あるのかお前ら」
またもや飽きれた表情の先生に礼を言ってから部活相談を切り上げて廊下へでる。
「どうするよ、あと一人なんて心当たりあるか?」
谷風は考える人のように手甲をあごに当て始めた。
前かがみになりながらも、座っていないため何か非情にシュールに見える。
「ん、んー」
「……なんだ、心当たりがないならないでいいんだぞ」
「俺に友達いないみたいなこと言うなよ! お前だって誰か心当たりいんのか」
心当たりがある奴なんていただろうか。クラスメイトは友達と誇れる奴も多いが、部活に誘えるような親友は谷風くらいしかいない。
ましてや、探検部なんて怪しい部活をやろうとしているんだ。ただの友達では怪しくて入ってくれる奴すら稀だろう。
俺の親友で、地底人を探すなんて怪しい部活にもしかしたら入ってくれそうな奴といえば――思いついた! と言いたげな顔をしている谷風と顔を合わせる。
そう、俺たちには大事な親友がいた。
どこまでも無口で、人形のような整った顔をしているのに、瞳に深遠の闇を抱えているように見える少女。
俺と谷風は息を合わせて、言った。
「「凛だ!」」
……
部活動をしっかりとした同好会とするために凛探しを始める。
しかし凛の携帯番号すら知らない俺たちは地道に凛を探していた。探す範囲が広がるにつれ、再び眼前に見えやすい壁が現れた。
部活に誘おうとしても肝心の凛が見当たらないのだ。
「見つかったかよ」
「いや……見つかってない」
廊下で携帯を耳に当てながら谷風と話し合う。放課後に突入してから三十分も立っていないため日もまだ傾いておらず、まだ凛を探せる余裕はある。
谷風は疲れを滲ませた声で、
「なー、明日にしようぜ。明日なら凛の登校中でもいつでも捕まえられるだろ」
と言ってきた。
「いや、明日は休日で学校はないぞ」
「そういやそうだったな! ってことはなにか、寮まで押しかけないとダメなのか……」
「明日になるとその通りだな。それに――」
「それに?」
俺の言葉を遮って谷風は相槌を打ってくる。
確かに別に今日じゃなければいつでも凛を捕まえられるかもしれない。でも、それはなんだかダメな気がするのだ。今日やれることは、今日しておく。同じ日はいつまでも続かないのだから、そんな気がするのだ。
「捕まえられるかもしれないけどさ、今できることは今しときたいだろ。あとで悔やんでも時間は戻ってこないんだしさ」
谷風のちょっとため息っぽい音が聞こえた。
「疲れてるなら先に帰ってもいいぞ、俺は探しておくし」
ちょっとのフォローを入れると谷風は「いいや」と前置きしてから、
「もっと本腰入れて探すか。核の言うとおり今日やれることはやっとくべきだよな! よっし」
と意気込んでいた。
頬を叩いたのだろう。気合を閉めなおした音が携帯電話から炸裂した。
「ありがとよ、そんなに探してくれて」
俺が素直に感謝の言葉を述べる。
「なんだよ急に……ま、校内は俺に任せて核は外を探してきたらどうだ? 校庭とか」
「それもそうだな。じゃ、校内は任せた。俺は外を探してみる」
「おう、じゃーな」
谷風との通話を切り、校内から校外へ足を向ける。
谷風が頑張ってくれてるんだ。絶対に今日中に凛を探しだす!と俺も意気込んで頬を思いっきり叩く。
頬が少し痺れるが、なんてことはない。
俺たちの探検部に関する熱意はとどまるところを知らずにいた。
さらに凛探しを続けて三十分、少し日が傾き始め、夕日が校庭から少し離れたところにある大きな樹に視線を移した俺の眼前に樹影に寄り添う凛は現れた。
夕日に照らされて、彼女の姿が肉眼では確認しずらかったが、それは凛だとすぐにわかった。なにせ彼女のトレードマークと言っても過言ではないポニーテールが風に揺られて動いていたからだ。
樹に寄り添うようにもたれかかっている凛はこの世のものとは思えないほど綺麗で、幻想的だった。触れれば消えてしまいそうに思えるほど小さな存在に見えた。
思わずその光景をぼーっと見つめていると横顔しか見えない彼女の口から無機質な抑揚の欠けた言葉が発せられた。
「どうしたの。神風くん」
「お前を探してたんだよ、凛」
「私を、どうして?」
相変わらず凛は俺を見ない。関心がないことを示すかのように。
「新しい部活始めようと思ってさ」
俺の発した言葉。
それに事を発したかのように静かだった木々が風で揺らめき始める。
「……」
凛からの返事はないが、樹から持たれたまま離れない彼女は俺の話を聞こうとしているのだろうと察して話始める。
「探検部って部活をやろうと思ってるんだよ。地底人を探すって部活だ。この前テレビでやってただろ?
地底人なんて未だに信じてるわけじゃないけどさ。
凛にはまだ離してなかったけど、俺の夏休みの課題に優衣って名前と愛瑠って名前があったんだよ。
その名前に違和感感じて……探検部って名前ひらめいた時にそれをやっていけばその違和感が溶けるんじゃないかって、理屈じゃない何かが叫んでる気がして――って何言ってるんだろうな、俺。
とにかくいいたいことは凛も部活に入らないかってことだ。谷風はいるし、全員でやってみないか?」
俺の言葉を聞いた凛は、一瞬たじろいだようにさらに樹に寄り添いながら言った。
「全員……全員ね……。私はやめておく。私だけ、できないよそんなこと」
変わらない抑揚のない言葉を継げて、凛は校門へ歩みを進める。
俺はその場から動けなかった。
凛の背中が、ついてこないで、と叫んでいたように見えてしまい、歩を進めることができなかった。
今の彼女からyesを引き出すことは絶対にできないのだろう。それこそ答えのないクイズのように。
なぜなら、彼女は俺たちと距離を保っているから、俺たちに近づこうとしないから。
前はこんなことなかった気がするのに、凛は離れていく。
凛を親友として再び迎えるために、俺たちは何をすべきなんだろうか。
……
凛にあってから数時間後、寮の自部屋。
夜ご飯も食って、風呂も入ったあとのくつろぎの時間。
「……」
「なぁ核、どうしたんだよ。さっきから露骨にため息なんてついて。それより凛のことはどうした。いきなり寮にこいっつったから帰ってきたのに何があったんだよ?」
「凛ってさ、俺たちの親友……だよな」
「当たり前だろ? 何言ってんだ?」
「前の凛は……俺たちの知ってる凛ってもっとはつらつとしてた気がするんだよ。みんなの太陽みたいな子でさ、可愛がられてるみたいな」
谷風が頭をぽりぽりと掻く。
「あー……そんな気もするな。だったらなんで今の凛みたいになってんだ。あれじゃ根暗だ」
「そうなんだよな。部活にも参加しないって言ってたしな」
「なんだ、そうだったのかよ……んじゃどうするかー」
思わず空気が重たくなる。ほかに頼れる連中なんていないのだ。
友達はいても、探検部といった部活で一緒に活動する連中は?と聞かれたら俺はすぐに谷風と……凛を出すだろう。
「……」
「うぐぐ……」
考えても、考えても妙案なんぞ浮かぶわけがなかった。
答えは既にでているのだ。
探検部を同好会にするためのメンバーとして絶対に凛は必要だと思うのだ……それは谷風も同じのようだった。
「やっぱ凛をどうにかしてメンバーにするしかないよなぁ……」
「そうだなぁ……。でも何か案があるか? あんなに心を閉ざしてる親友に何かできることが」
いつもは小うるさい谷風も真剣に考えているようで、自然にうむむと唸っている。
凛は、いつも一人だ。
何かにつけて凛を見る時はあるが、俺たちが誘わない限り基本は一人の道を貫いている。
ご飯を食べている姿を見ても彼女はたった一人。
生徒の全員はなぜか彼女と関わらない。まるで、空気のような女子。
いつも無機質で感情を表さない凛をみんな恐れているんだろう。
そんな凛にしてやれること……。
「なぁ、明日凛と遊んでみないか? 前はもっと色々遊んでたと思うんだよ。色々くだらないことしてさ」
ふとした一言を谷風が述べる。
「そういえばそうだったな……夏休みとかプールいったよな」
「いったよなー思いのほか可愛い女の子が多かったり……」
「お前はそんな話ばっかりだな」
「そりゃおめー男だからそうに決まってるだろ?」
「男だからって浮気みたいなことするなよ、浮気がステータスとか言ってるの、俺は信用ならんぞ」
「えっ……!」
「なんだその、嘘っ私……信用されてない!?って顔」
「嫌に具体的にあげるなおい!」
「浮気するような奴は信用されないに決まってるだろ……」
「そうだったのか……テレビで俳優が言ってたからそれがもてるんだとばっかり」
「それはいくらなんでもないだろう!?」
「いやっ……おいテレビ見てみろ。その俳優がでてるぞ」
何気なしにつけっぱなしになっていたテレビからは「やっぱり浮気はいけませんねー」と軽い口で言っている俳優が映し出されていた。
その言葉に衝撃を受けた谷風は思わずフリーズ。物言わぬ機械のようになってしまった。
「ほらな……浮気はいけないことだろ」
「……俺は、一体……どの言葉を信じれば……ッ! よかったんだ!」
絶望しているのであろう谷風は、オーバーリアクション気味に手を振り上げて床に叩きつけていた。
「いや、普通に真面目だったらいいんじゃないか……?」
「真面目……真面目ってどんな恋愛だ! あれか!? お手手つないで仲良しこよしか!? 小学生のデートじゃねーんだぞ!」
「うるせぇ! そんなもんしるか! お前は何がしたいんだ!」
最近は鬱々しいことが多かったせいか、枯れていたテンションゲージが、いつの間にか富士山を突破して宇宙に昇る。久しぶりだな、このテンションのあがり方!
「ナニってほら……ナニだよ」
恥らったように顔を赤らめる谷風。
「誰も男の恥じらいは求めてねーっての!」
「わーってるよ! そうだな……真剣に考えるならほら、あれだ。デートはやっぱり――」
相変わらず谷風は体でリアクションしながら答えていく。拳を振り上げ、振り下ろした場所に運悪く、リモコンがありそれほどの力ではなかったものの、瞬間的にテレビの音量があがる。
垂れ流しのテレビから売れっ子の女優の理想のデートとはなにか? との質問の答えと谷風の言葉と重なる。
「「映画行ったり、レストランに行ったり、夜には夜景をみたり――」」
ここまではまったく一緒だったが、これから女優の言葉と谷風の言葉に食い違いが生じていった。
「するのがいいデートじゃないか!」
「するのは没個性的というか、新鮮味がなくてそんな人とはデートしたくありませんねー」
売れっ子女優の言葉が空間を支配すると同時に、俺は魚の死んだような目でリモコンを手に取り音量を下げ、テレビの電源を消した。
そんなに余裕があったにも関わらず、谷風は氷像のように停止して動かない――否、動けない。
俺だって女性とのデートといえば谷風程度の認識しかないため、それなりにショックであった。
「……新鮮味がなくて没個性でデートしたくないらしいぞ、売れっ子女優」
「……もう何も言うな、俺の心は今泣いているんだ……」
「ああ……」
泣きそうな谷風の悲痛な声に俺は相槌をうちしかできず、その後の永遠と時が止まったかのように俺たちは動かず時間だけが歩みを進めていた。
……
夜の帳が落ちてから数刻。ちょっと前まで飽きれるほど騒がしかった寮内は静まり返っていた。
騒音ないのは少し寂しく、私を萎縮させる。美風ちゃんやふーかちゃんが居た頃はいつも夜集まって談笑していたから。
あの時は楽しかった……昔と言っても、この"時間軸"で起こった出来事で、今はありえない出来事でもある。
何も考えずに、楽しくいられた時はとっても楽しかった。たった数日だけだったけど掛け替えのない幼馴染との思い出は色あせずに脳裏で太陽のように輝いていた。
ベッドから見つめる光景には脳裏に映る宝物が見えた。
テレビを見ながら、美風ちゃんはポテトチップスを食べていて、ふーかちゃんは美風ちゃんに「この時間に食べたら太るわよ。あなたでっぷりよ?」と注意していた。これはいつもの光景……失われてしまった姿。
美風ちゃんはふーかちゃんの遠慮ない言葉に反論して「あたしは食べても食べてもぜーんぶ消化してるからいーんだ。明日も体育で発散するつもりだしなー。それより凛のほうだろ…ケーキ食ったらお腹でるぞ」と言っていた。
私はうきうきとした表情で食べていたケーキを全て食べてから「私は太らないから大丈夫……!」と何を自信にしているかわからないことを言いながら次のケーキに手を伸ばしていたら、ふーかちゃんが注意してくる。
「今日のケーキはおしまい。本当に太っちゃったらカサくんと会えなくなるでしょう……」
ふーかちゃんの何気ない言葉に言葉を「うっ」と詰まらせてしまった。
「だ、だって地上のケーキ美味しいし……うぅ。核くんなら私たちがどんなに太ってても親友って思ってくれるよ、たぶん!」
「たぶんだったらダメじゃない。あの年頃の男の子って周りの女の子が太りだしたら目ざといわよ~……」
「そうだぜ、凛はただでさえあんまり運動しないんだから、ダメだろ。ちゃんとしないと」
二人からの集中砲火に思わず萎縮する。
「うぅー」
確かに太るのは嫌だけど、食べたケーキの分の栄養が胸に行ってくれたらなぁ……私の体はなぜふーかちゃんや美風ちゃんに比べて胸が小さいのか、とか考えてたっけ……。
今に考えてみれば本当に、本当に掛け替えの出来ない時間だったと思える。
本当に今考えなければいけないことは別にあるけれど、それを私の脳は全力で否定する……。
どうしても考えたくない。
核くんや谷風くんが探検部をしようとするなんて……まだ、その名前を覚えているなんて……。
核くんに会った夏の日――プールから本当に楽しい日々だった。
昔みたいに馴れ馴れしくはなれないけど、あっちが年上なのにこっちは年下。美風ちゃんやふーかちゃんみたいに昔のように喋ることはできなかった。
でも、それでも"親友"に会えたことは本当に嬉しくて、抱きついてしまったっけ。
核くん、驚いてたな。
思わず口元が緩むも、それは本当に思わずですぐにキュッと閉めなおされた。
私に笑う権利なんてないと思う。最初に全てを、探検部を作ろうなんていいだしたのは私なのに……それなのに真実を伝えずに消えようとしているのだから、ダメな人間だと心底自分を軽蔑する。
「探検部か。谷風くんや核くんが気づき始めてるってことは私の能力も衰えてるのかな……それとも"箱"の力自体がやっぱり衰えてるのかな……」
考えごとを思わず口にする。最近の私はいつもこうだ。
いつの間にか口にだしている、弱みを外へ放出させてしまう。
いつもいつも、後悔してもしたりない。私は後悔してばっかり。
幼い頃に離した手も美風ちゃん、ふーかちゃんの手を離したことも、すべて後悔だらけの生き方。
少しでも運命に歯向かおうと探検部を作ってもやっぱり私は人形だった。
命令には逆らえない。
私は一人では生きていけない人間なんだ。
理解する。
人は人と繋がっていなければ生きているとは言えない。
私もきっと誰かと繋がっている。
人と繋がっていないと言う人もいるだろうけれど、繋がろうとしてくる相手を邪険にあしらっているだけ。
誰だって誰かと繋がりを持つことはできるけど心が弱いから、傷つくのが怖いからそれを恐れるから、繋がれない。
私はなんて無力なんだろう。
「美風ちゃん……ふーかちゃん……」
許しを請うように、虚空の寮に呟く。前まで帰ってきていた返事は一切帰ってこない、くるはずもない。
罪悪感に心を蝕まれながらも言う。
どんな自分勝手でも、それが人の生き方って言ってたのはふーかちゃんだっけ……私にもっと我がまま言ってみたらどうだって言ってたのは美風ちゃん……。
「その我がまま、今言ってもいいかな……?」
自分で言っていて泣きそうになる。自分はなんて最低な人間なんだろう。ふーかちゃん、美風ちゃんに言われたからやるんじゃない。
私がやりたいからしたいんだ。
最期に。
「明日で私はここを去る……この世からいなくなる。だから、明日、明日だけ……核くんと谷風くんと昔みたいに……遊んでもいいかな……」
虚空の寮に響く言葉に反論するものはいない。
それが本当に悲しくて、自分でしてしまったことの罪を言葉によって何度も認識してしまって。
「うっ……うぅ……あぁぁぁ……うああぁぁぁぁ」
私は、この世界にきて何度流したか分からない涙を再び流してしまった。
心を覆いつくすのは穢れきった、嘘に塗れた泥。
でも、その泥にも最後に我がままを言わせてください。
また、昔みたいに核くんと遊びたい。
何も知らず、無垢だった頃のように、楽しく、ただ気ままに。
……
失意の底へ突き落とされた俺たちにも四月二十二日の朝は無残にも訪れる。
寝起きは最悪、気分も最悪の状態で同じ一室にいる谷風に挨拶を交わす。
「おう……おはよう……」
「ははっ死にそうな面してんじゃねぇか……」
「お前のほうこそ……」
昨日に聞いた女優の一言をなぜかここまで引きずっている俺たちは非情に滑稽だろう……。
だってショックだったんだぞ!見ず知らずの女とはいえ、俺たちは没個性の烙印を押されてしまったのだから。
「……今日、どうするか……」
息を吸うようにでた言葉に、谷風は鈍く反応した。
「そぉうだなぁ……ずっとボーッとしておくか……」
「それもいいかもな……」
抑揚のない声で喋り続ける俺たちは暇人なのだろう。
静かな暇人たちが集う寮の一室、閑古鳥が鳴いていた部屋の扉が開いた。
「あ?」
「え?」
まぬけな声をあげて俺と谷風は空いた扉を見る。
今日は誰とも約束してなかったよな……しかもこんな朝早い時間にくる奴なんて――。
「おはよう! 核くん、谷風くん」
来訪者の名前は兎風 凛。根暗そうで、いつも地味なイメージをだしていた彼女だった。
しかし、そこにいたのはどこにいても人気者になれそうな優等生。誰とも平等に接し、誰からも信頼を置かれるクラスの委員長のような存在で、男子からもモテるに違いないと思える兎風 凛がいた。
あまりの光景に俺と谷風は呆然と口を開けて事態を静観する。むしろ思考停止していて何も考えられない。
「……」
「……」
呆けた顔でいたのが悪いのか、凛がずんずんと室内に侵入してくりくりっとした目が俺を覗いていた。
いつもとは違う彼女に胸の高鳴りを覚えつつも、その姿には違和感を覚えなかった。
なぜ、俺は元気ハツラツな彼女を違和感なく見れるのだろう。まるで十年来の友が現れたようなしっくりくる感じ。
「なぁ……凛、だよな?」
思わず訝しげに聞いてしまうと凛はどん底まで落ち込んでいる人を笑顔にまでできるのではないかと思えるほどの笑顔を向けて言った。
「うん、私は核くんと谷風くんたちと親友の兎風 凛だよ。そんなに怪しい……?」
思わず訝しげな谷風と目を合わせる。
「いや、怪しいというより、確かに今の凛に違和感は感じないが、なぁ谷風?」
「お、おう……根暗だった女子がいきなり活発になって戻ってきたら誰だってビックリするぜ……?
俺も違和感はねーんだが、むしろ根暗だった頃に違和感、感じてたっつーか……」
どうやら谷風も俺と同じような感想らしく、今の兎風 凛に違和感を感じず、根暗だった頃に違和感を感じていたらしい。
「そっか……今のままのほうがいいんだ」
心底嬉しそうに呟く凛は言葉を続ける。
「今日は核くんと谷風くんと一緒に遊ぼうって思ってさ。私も探検部に入らせて、核くん」
あんなに入ることを拒んでいた凛からの衝撃の一言に思わず目が飛び出そうになる。
「あんなに入るの嫌がってたのにか!? どういう心境の変化だ!」
思わず声を荒げても凛は萎縮せず、あくまで笑顔で応じてくる。
「私このままじゃいけないって思ってね……どうにかしようって思ったんだ。だから、そのキッカケとして部活動に入れさせて欲しいんだけど……ダメ、かな?」
思わず全てを許してしまいそうになるほどの上目遣いが俺を見てくる。
こちらとしては、入ってくれるのなら大歓迎なのだ。
むしろ今日から活動ができることを喜ぶべきだろうと思う。
「よしっ! おれじゃあ凛は探検部の第三人目の部員だ!」
「まだ同好会だけどな……」
「谷風、水を差すな! よしっそれじゃあ」
思わず立ち上がって手の甲を上にして差し出す。それの意図を察したように谷風と凛が手を重ねてくる。
「探検部やるぞー! おー!」
「「おー!」」
ここに、探検部(同好会)が設立され、地底人を探す活動開始することになった。
俺の一つの違和感からピースを埋めるためにしっくりきた名称だった探検部も人が三人集まることとなった。
やっと活動できるようになった部活動――兼同好会。
しかし、この時の俺たち――少なくとも俺と谷風はこの先のことをまったく予想していなかった。
どこまでも、俺たちは浅はかだったんだ。
俺たちのやろうとしていたことはただの、子供の遊びのようなおままごとに過ぎなかった。
hird episode:rewrite 第8話「凛」オワリ
第9話「観測者」へ続く
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