first episode:An injury 第3話「優衣」
first episode:An injury 第3話「優衣」
「――!どういうことだ!」
「すいません。イレギュラーな事態です」
「修正は可能なんだろうな!」
「可能です。ご安心ください」
「そうか、だが……私を失望させるなよ。お前の変わりなどいくらでもいる」
「分かっています」
「あとは、そうだな。変わったことはなんだ?」
「……ありません。順調です。次の予定はどうしたらいいですか?」
「次は4月――だ」
「分かりました――あの……」
「なんだ!私は忙しい!」
「……なんでもありません。失礼します」
「……」
ぶつっと途切れる。
……
…
いつの間にか霧に包まれていた。
目の前では、誰かが泣いている。
ただ、悲痛な声をあげている。
目を良く凝らす。泣いているのは2人の女の子。1人は小さく、良く知らない。もう1人は良く知っている……優衣だ。
優衣以外に泣いている女の子、俺は知っている気がする。
友達だった女の子。それだけはハッキリわかった。
思考が至った瞬間、霧が晴れ、目の前には光が広がっていった。
「……」
目の前は天井だった。首を右に捻ると、朝日……つまり光が差しこんできていた。花が飾ってある花瓶も目に入る。
いまは朝か、なんだか頭がボーっとする。その時、ガラっと音が聞こえた。何かが開いた音だ。
「……!?カサくん!?」
左に首を捻ると愛瑠さんがいた。なんだか取り乱しているが、その手に持っているムチは何に使うつもりだ。
とりあえず言うべきことを言おう。
「おはよう」
「え!?あ、ああ、おはよう――じゃなくて、痛いところはない!?」
上半身を起こす。同時に手をグー、パーと動かして見るも、痛いところは何もない。
その様子で分かったのであろう、愛瑠さんが心配そうな表情を緩和させた。
「あなた、車に轢かれたのよ?本当に大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
事が事だけに
表情が緩和しても少し焦っているようだ。
俺は車に轢かれたのか……。
それより、聞きたいことがあった。
「ところで愛瑠さん」
「なに?」
脳裏に映るのは、優衣が泣いていた映像。
「優衣は……優衣はどうしてますか?」
「……いまは部屋にいるわ、大丈夫」
「大丈夫……そう、ですか」
「ええ、ところで、今日が何日かカサくんは知ってる?」
車に轢かれたのが、4月18日だから、1日後くらいだろうか、それほど深い傷でもなさそうだし。
「えーと……19日くらいですか?今日」
「……今日は23日よ。あなたは5日間眠ってたの」
「え……俺はそんなに眠ってたんですか?」
「そうよ。みんながどれだけ心配したか……。あまり深い傷でもないのに全然目覚めないから心配してたのよ」
「うっ……すいません」
「それはみんなに言いなさい。とりあえず今から学校に行ってくるから安静にしておいてね」
「はい」
愛瑠さんが扉を開けてでていく。俺は布団にもぐりこむように入った。
優衣……が部屋に入るってことは――アイツ、学校に行ってないってことじゃないか!?
くそっ。とっととこんなところをでて――。
「お目覚め、ですね」
「えー……と?」
扉からまた新しい人が入って来た。今まで見たことが無い人だが、風貌で分かった。
白衣を着て、聴診器を首に引っ掛けているから医師だとすぐにわかった。
それから、痛いところはないかなど、言ってはあれだけど事務的なことを聞かれ今日は精密検査などで1日が潰れた。
……
…
「おはようございます。神風くん」
学校の教室で凛が挨拶をしてくる。今日は24日病院から、そのまま学校に来た為、持ち物は何も持って来ていないけど、谷風が持って来てくれるということだった。
「おはよう」
「無事で安心しました」
「凛も……病室に通ってくれてたみたいだな。ありがとう」
「……はい」
「ところで、聞きたいんだけど、優衣は――」
「ごめんなさい。神風くん、私、図書室に本を返しにいかないといけないんでした」
「あ、ああ。そうか」
逃げるように、凛は走り去っていった。優衣のことを誰も教えてくれない。
俺のことだけであんなになるとは思えない。やっぱり何かがあったと考えるのが普通だろう。
「よっ!ご苦労さん」
入れ替わりに、谷風が教室へはいって来た。
ちゃんとカバンは持ってるな……。
「谷風か」
「ほら、カバンだ、受け取れ!」
カバンを投げてくるのを、受け取る。妙に重い……コイツもしかして全教科入れてきやがったな……。
「お前、全教科入れてきただろう」
「ああ、何か問題でも?」
「……まぁいいよ。ありがとう。あと、心配かけた」
「そんなことはいいんだがよ……1つ聞きたいことがある」
「なんだ?」
「優衣が19日から1回も学校に来てない。いくらなんでもおかしいとおもわねぇか?」
「ずっと……なのか?」
「ああ、ずっとだ。お前なら何か知ってるかもと思って」
「俺はずっと寝てたから知ってるわけがないんだが……」
「ああ!それもそうだなぁ!」
「お前は相変わらずで安心したよ……」
「おう!」
馬鹿っていうことなんだがな……。それがいつも通りだからいいのか。
とりあえず、優衣のことについて聞いて回ろうと思い、席を立った途端、チャイムが鳴り、先生が入ってきてまた座り直すことになった。
……
…
「愛瑠さん」
「どうしたの?カサくん」
昼休み、3年生の教室を訪れる。
愛瑠さんに話しを聞く為だ。
「優衣について……知ってることを教えてください」
「……ダメよ」
「……どうしてもですか?」
「ええ。でも、昔話をしてあげるわ」
「昔話……?」
「ええ、一人の男の子と一人の女の子の話し」
それから、愛瑠さんは俺に言い聞かせるように語りだした。
「昔、あるところに一人の男の子と女の子がいたの。二人はいつの間にか一緒に遊ぶようなっていた。けれど女の子はいつしか強大な力を手に入れるの。
本当に物理的に強い力……例えるなら鉄でも凹ませてしまうような異形の力。その力をもって、子供たちのお山の大将として君臨して傍若無人に振舞っていたの。
女の子の周りには恐怖によって従えられた子供たちがたくさんいた。みんな遊んでくれる友達で、女の子にとって不満は何一つなかったの。
そんな男の子と女の子に事件が起こってしまったのはある日のこと――女の子は子供が遊んでいるミニカーを取り上げてしまったの。
それを見た男の子は女の子に言ったのよ、それを返してやって欲しいって。
そうするとね、酷い話だけど女の子は逆上して男の子を鉄を凹ませるようなその力で殴り飛ばしたの。
当然、男の子は重態を追っていたのだけれど、女の子は謝れないまま転校せざるを得なくなったの
さて、どう?」
「どうって……それは――」
戸惑う俺に、愛瑠さんが唇に、人差し指を当ててきた。
「これは、みんなのお姉さんからの意見なの。だから黙っておいてね」
多少は脚色してるし、怒られちゃうから、と付け加えて、愛瑠さんは教室から去っていった。
あれは……俺と優衣……?でも、俺の記憶にはそんなことはない……。
でも、もしかしたら忘れているだけかもしれない。
一刻も早く優衣を見つけないといけない、と俺は部室へ急いで向かった。
部室の扉を開けると、先生が教卓に立っていた。
「先生、何やってるんですか?」
「おお、神風か、お前の日記を見てたんだ」
「いつ、どこで入手したんですか」
「お前が眠ってる時に、谷風に持って来てもらった」
見られることを視野に入れるべきだった……!
「返してください!」
「ああ、言われなくても返す。しかし、日記はいいな。そのまま、つけていけよ」
「……?」
「日記は形として残るからな……それがいい」
「そうなんですか?」
「ああ。だから、つけ続けろ。ところで、神風は何のためにここに来た?」
「あ……」
そうだ、優衣のことを聞けるんじゃないだろうか。
先生なら何でも知ってそうだし。
「優衣……のこと、何か知りませんか?」
「……いや、知らないな。病欠だって聞いてるが」
「5日間も病欠ですか……?」
「そう、らしいな。……神風、問題を解決できるのは見ていた限りではお前だけだぞ。優衣は屋上に現れる。手遅れになる前に行ってこい」
手遅れ……?
そんな疑問も吹き飛ぶ情報だった。先生なら信用できる。
「分かりました。ありがとうございます!」
俺は走りだす。その背後では先生が何かを呟いていた。
「後悔しないように走れ……。あとは、お前次第だ、神風」
何を言ったのかは聞こえなかったが、俺に向けた声だったのは分かった。
優衣は、きっと過去から逃げ続けている。
優衣は苦しんでる。起きた出来事と、すべてに。
……
…
「あたしは……あたしは……」
「優衣!」
夕日の差し込む、屋上へ続く扉をこじ開けるように開いた。
茜色の夕日に照らさて、フェンスの前に立つ優衣が振り返る。
「……」
「酷い顔、してるぞ」
涙のあとで腫れた目が痛々しい。目は死んだ魚の目のように輝きを失い、至るところがやせ細っているように見える。
あの力で俺を結果に的に跳ねさせてしまったあとからずっと食事を取っていないのかもしれない。それだけ、彼女にとってあの時間は残酷で苦しいものだったのだろう。
優衣に向かって一歩踏みだす。
「くるな! 核。あたしは、また同じことを繰り返した。もうここにいる意味はないんだ……」
「同じこと……っていうのは、小さい頃に暴力を振るってしまった相手のことか?」
「ッ……ああ、その通りだよ」
「その人は、今も生きてるのか?」
「生きてるよ、元気にな。
あたしは、知っていたはずだったんだ。この力が人を傷つけるって……だから一回、有り余る力を制御したはずなのに……ダメだった。
あたしは、もうここにいちゃ、いけないんだと思う……あたしは……」
どこを見ているかわからない虚ろな瞳は、俺ではなく昔に暴力を振るった相手を見ているかのようだった。
「そんなことはないだろ。優衣のおかげで俺は助かったんだ」
「助かった……? はっ! あたしが押し出してなけりゃこんなことにはならなかっただろ……なんであたしを攻めないんだ?」
「それは――お前が俺を助けようとしたことがわかってるし、親友だから、だよ」
「親友……」
「そう、優衣、お前は俺の親友だろ。お前がもしその有り余る力とやらを持っていても、お前は俺の親友で、大切な友達だ。
それに、もしその力が制御できないっていうなら俺も協力するから――」
「ダメだ! あたしはずっとあの日から逃げてる……私の力は誰かを傷つける力だから、ダメなんだ! お前の傍にいたらまた傷つけてしまうかもしれない……もう、そんなことは、いやなんだよ! だから、あたしは!」
優衣が俺から振り返りフェンスに手をかける。
フェンスが悲鳴をあげるように、乾いた音を夕暮れの空に響かせる。
足がいつの間にか駆け出して優衣の肩を掴んでいた。
「落ちるぞ。離せよ……」
「離すわけないだろ! お前が落ちるなら俺も落ちてやる! でもその前に俺の話を聞け!」
「……なんだよ」
言葉を投げやりに吐き捨てる優衣に、俺は必死に言葉をかける。
「昔の奴がなんて思ってるか、なんて俺にはわからない……でも、お前のその問題は逃げて解決するのか!?」
優衣が圧倒されて、息を呑む。
「違うだろう!? 逃げて解決するなら逃げるのも、選択の一つだ。でも、それで解決しないなら逃げることは違うだろ!
確かにお前のせいで俺は轢かれたかもしれない!
でもな……それで優衣がどっかに行ってしまうなんて嫌なんだよ……なぁ、優衣。
お前の力が巨大で、制御しにくいものでも俺はその力を制御するために手伝う。お前がここで逃げたら、また……その力を使っちゃうかもしれないだろ?
だったらここで逃げずに俺と力をどうかしよう」
「……は、はは……」
ふいに優衣は笑いだした。
「何かおかしかったか」
「はは、おかしいぜ……ほんと、ドがつくほどお人好しだよな、核……は……」
震える声を発しながら優衣が振り向く。顔には涙が頬を伝っていて俺の言葉が通じたのだと、感じられた。
「逃げずに、抱えながらも前を向こうぜ。ちゃんと俺も手伝うし、場合によっては愛瑠さんも凛も谷風も手伝ってくれるだろうしな」
「ああ……」
涙を流す優衣は足の力が抜けたらしく、俺にもたれかかってくる。
「ごめん、核……泣かせてもらってもいいか……」
「ああ、存分に泣いとけ」
俺は優衣を抱きしめて、腕の中に包み込む。
彼女の流す涙の全ての理由はわからない。でも、この涙は、明日へ向くための涙だ。いままで過去を向いていた優衣は、涙で前を向いて明日を向いて進めるはずだ。
今は、そう思いたい。
……
「んで、今日はどうしてついてきてほしいんだ?」
「そうだな……。話しただろう?子供の頃にやったことを謝りたい人がいるって」
「ああ、そういえば……そんなこと言ってたな」
子供の頃やってしまったことに決着をつけようとしている優衣。その事故を起こしてしまったところでちゃんと謝りたいという。
こいつは……本当に自分と向き合い始めた。過去を乗り越え、前を向いて歩いて行こうとしている。
しかし、やっぱりというべきか幼い頃、優衣に暴力を振るわれたのは俺ではなかったらしい。
昔、暴力を振るってしまった人に謝りにいくのは優衣の心の整理にも必要なことだろう。俺はついていくだけだ。
「ところでここは……」
「ああ、探検部の活動で最初に掘ったところだ」
校庭から少し離れた場所にある、大きな樹の下。ちょうど前に探検部で掘っていたところだ。
掘った穴を覗いてみると、掘った時のままで、埋められてもいない。
「ここで何するんだ?」
優衣が腰を落とし、スカートを右手で抑えながら答えてくれる。
「ちょっと待ってろ。すぐに――!」
「?」
優衣がこちらをバっと振り返ったと思うと、こっちに飛び込んできた。
「うぉ!?な、なんだ、優衣!?」
優衣の顔をみる。ゾクっとしたものが背中に駆け抜けた。優衣が、怒ってる……?
「まさか、いまのを避けられるとは思わなかったです」
校庭の砂を踏みながら、俺の視界に入るギリギリの範囲――右端から凛が歩いてきていた。
凛の目は真っ暗でありながら、とても威圧感のあるもので、目をまともに合わせられない。
さらに右手に、ナイフと思しき鋭利なものを持っている。
「てめぇ……」
優衣が歯ぎしりを始める。
「あなた、分かってる?」
「何がだ……!?」
「……あなたのやってることは掟に背くことだということ」
「お前は……また、そうやって!」
いつの間にか優衣は凛の側まで行っており、凛に向かって正拳突きを繰り出した。
バフっという音がして、その拳は凛の顔面に当たる前に止まった。
凛の髪が衝撃波で靡いている
「どうして避けなかった」
「当てる気がなかったですよね」
「……」
そこから優衣は拳を次々と繰り出す。が、凛は拳すべてを右手に持ったナイフを横に向け、すべてをそのナイフで受け止めていた。
横なのは優衣の手を切らせないためだろうか。
「くそっ!」
優衣が凛の真下。砂のある辺りに拳を向け、当てる。砂が舞い上がり、目に入りそうになるのを目をつぶる。
「やるじゃねぇか、凛!」
巻きあがる砂から飛びだしてきたのは優衣。砂が口に入ったのか、それを口からペッと出す。
優衣が殴った校庭には少し大きいクレーターのような穴ができていた。
思考がついていかず、未だに状況を把握できない。
なんで優衣と凛が喧嘩をしている?
なんで凛がナイフを持っている?
なんで――。
「まさか優衣が使いこなせているとは思えなかった。あなたの力は怒ると不安定だったのに」
「核のお陰だ。どうする?この勝負は私が勝つぜ!核には絶対触れさせねぇ……これ以上あんなことは繰り返させない!それにもうあんなことは終わらせる!」
「そう。でも、私は負けないし、終わらせない。それが、私の……任務だから」
「まだお前はそんなことを言ってるのかよっ!」
優衣が右足で大地を蹴って飛びだした。凛がいるところまで1秒。
そこから拳を突きだす。手加減もなにもない、本気の一撃だ。
「……!?」
「ね、言ったんです。だから、私は負けないって」
優衣の後ろに回り込み、肩に手を置いていた凛。
抵抗するそぶりも見せず、轟く声を優衣はあげる。
「……本当に!本当に、それで、いいの……か!」
「私には、それが一番ですから――優衣。反省、しててください。リライト」
凛が何かを呟いたかと思うと、凛の手から光が広がり、優衣を包んでいく。
その光は優衣をさらに包み込む。
光に捕まっている優衣が言葉を発しているのが聞こえた。
「核。ごめん……あたしじゃ無理みたいだ……でも、核ならいつか――」
光がさらに集束したかと思うと、次には拡散していた。
光っている粒子、とでも呼ぶべきものが周りに瞬く。
それも一瞬だった。
目の前に凛が現れ、俺の左胸にナイフを突きだした。
……
…
「……」
私は立ち尽くしていた。
ごめんなさい……ごめんなさい。でも、私は……もう。
「凛様」
「分かっています」
周りに隠れていた他の人が現れる。みんな、私と同じ。
違うのは、容姿、服装、性別だけ。
全員の服装が黒なのは何かの配慮なのだろうか、いや、違うかな……。
こんなことはどうでもいい。
動かなくなり、瞳孔が開いたままの神風くんの肩に手を置く。
未だに体温を感じられるそれは、不気味と形容できるかもしれない。
「コード:YUI OUT――リライト」
頭で念じながらやる。
光は広がり、集束して、また拡散を繰り返す。
それから数秒後。
また、すべてが始まった。
first episode:An injury 「END」
Lost episodeⅠへ続く
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