Lost episodeⅠ
Lost episodeⅠ
「……起きろー!」
耳元で、大声が聴こえた。
眠りから、半覚醒状態にあった意識が覚醒にもっていかれる。
耳がキーンとする。目を開けると目の前には、木の板。
声がした方向と思われる、左を向くと百合風(ゆりかぜ)と夜風(やかぜ)がいた。
百合風は、ショートカットの髪を揺らしながら、上を見つめている。スポーツ系の女子宜しく、性格は活発で、誰とも仲良くなりやすい性格をしている。
幼馴染である、俺が言うのもなんだが、かなり可愛いほうで、スタイルも良い。
夜風は、ロングの髪を壁にキッチリくっつけ、ゲームをしている。無口無表情というのが夜風であり、百合風とは違いあまり人を寄せ付けない性格をしている。
百合風と同じく、かなり可愛い感じで、ゲームさえやっていなければ、人形と言われても仕方ないほど、色白だ。
さっきの大声は百合風のせいだろう。
未だに、耳がキーンとするため、文句を言う。
「うるさい!静かにしろ!」
「起きてたの!?」
「起きてるよ!兎風もうるさそうな顔してるだろ!?」
「いや……僕は別にいいけどさ……」
上で、ギシという音がした。兎風が起きたんだろう。
この二段ベッドって布団、上から落ちて来そうで怖いな、と少し思った。
「だってさ」
「俺だけかよ!?」
「……確かにうるさい」
「なぁにぃ~!夜風も私を愚弄するのかー!」
「……別に馬鹿にしてからかったわけじゃない」
「そう言う意味なの?」
「知らずに使ってたのか、お前」
「うん。なんとなく勘で」
「……勘で使えるなんて百合風はやっぱりすごい」
「いやぁー、そんなに褒められても何もでないよ?」
「別に褒められてるわけじゃないと思うんだが……」
「え!?馬鹿にされてる!?」
「……百合風はそのままでいて」
「うん!」
ころころ話しが変わりすぎだろ……。百合風も夜風もよくあれで親友だな。兎風は、下に降りてきて、目を擦っているが、完全に起きているらしい。
騒ぎで眠たさは吹き飛んだらしい。
ちなみに、俺は眠い。
そんなことを考えていると、兎風が焦ったように声を荒らげた。
「もうこんな時間!?――くん、やばいよ!」
「んあ……?8時30分……?」
全員が息を吸い込み、肺に空気を送りこみ……発した。
『やっべぇぇぇ!』
「どうするよ!?間に合わないよ!?」
「兎風、落ちつけ」
「――くんは落ち着きすぎ!あぁー!夜風もゲームばっかりしてないで焦ってよ!」
「……焦ることに意味はない。発動」
「こんなときに能力発動させるなぁー!ボタン連打なんてやってる場合じゃないでしょ!」
夜風は、携帯ゲーム機のボタンを目にもとまらぬ速さで連打していた。あいつの能力もとことん役立たないよな……自分に役立つだけの能力じゃないか。
その時、夜風は百合風から俺に視線を移しゆっくり口を開いた。
「……――くん。私の能力は凄く役立つ」
「……心の中読まないでください。ごめんなさい」
俺は男のプライドも何もなく土下座していた!
だってなぁ……あの声の雰囲気は怒ってたんだよ。やべーよ。夜風が切れたら殺される。
「……よろしい」
「って、そんなことやってる場合じゃないでしょー!もう時間ないのよ!?私の能力でもなんともならないのよ!?もうなんなの!?馬鹿なの?死ぬの?」
「百合風、落ちつけ。そこまで切羽詰まった状況じゃない」
「なに!?学校に遅刻しそうなのよ!?何が切羽詰まった状況じゃない、よ!」
「……落ちついて」
「はふぅ」
夜風が、百合風の黒髪
で、短く切りそろえられた髪が夜風の手で揺れている。
同時に、百合風の目が細まる。猫が顎を撫でられた時みたいだな……いつものことなんだが。
そんなことを見て、考えている場合ではないとすぐに我に返った俺は、制服をハンガーから強引に取り、着替える。
「ちょ!女子の前で着替えだすって!なんなの!?」
「待て、お前はいまおかしい。夜風、コイツを外に連れ出してくれ」
「ぬぁー!夜風ー!貴様も邪魔するかぁー!」
しばらく、百合風の怒号が響き渡っていた――しかし、ボコッという音がしたかと思うと百合風の声が聞こえなくなった。
夜風、お前……殺してないだろうな?本当に大丈夫だよな?ゲームの邪魔をされると見境がなくなるのが、夜風の特徴だ。五月蠅くしていたのであれば、親友の百合風であろうとも手を下すのが夜風だ。
そして時々――。
「……殺してない。だいじょぶ」
――こうやって心の中を読んでくる。「あ、ああ」と返事をしたあと、周りに散乱している本の中から教科書を探しだす。
「いつも掃除してれば大丈夫なのに……」
「もう準備できたのか?」
いつの間にかすべての用意を完了して、兎風が真横に立っていた。制服のボタンを一番上まで締め、この暑い日に幻無高校の校則にある通り、ブレザーを着ている。
正直、7月にブレザーを着させる学校はここぐらいなもんだと思う。しかし、この校則はほぼ意味を成しておらず生徒は殆どがブレザーを脱いでいる。教師も一々咎めたりはしない。
時々、兎風のように守っているものは見かけるが、ほんのごく一部なものだ。そのごく一部の真面目がここにいるわけだが……。
「手、止めてて大丈夫なの?」
「
あ、やべ……。もういいか!」
「え……」
「だって教科書なんて使わないだろ?」
「それは事実だけど、もしかしたら要るかも知れないよ?」
「よし」
「探す気になった?」
「いや、いこう」
「なんで!?」
「時間を見てみろ」
「8時45分……」
「な、始まってるんだよ」
「……」
「……」
「くぉらぁー!おっそーい!」
外で待っていた百合風が、いよいよ我慢出来なくなったのか、ドアを必要以上の力で開け、怒りを露わにしながら出現した。
「……いい加減にしない?冷蔵庫壊すよ?」
「それは困るな。いくら直せるといっても……。ほら、兎風いこうぜ」
「……うん」
未だに俺の鞄に教科書が入っていないのが気になるのか、ずっと鞄を凝視していたが諦めたように頷いた。
そして、外にでる。部屋にいた時でも暑かったが、外は風が殆どなく、日が照っていた。もしかしたら、今立っているアスファルトで目玉焼きが出来たりするんじゃないだろうか、そう思うほどだった。
そして――。
『はぁ……』
――百合風、兎風、俺が異口同音でだした言葉。
目の前には、携帯ゲーム機に没頭する夜風の姿。周りが何も見えていないのか、直立不動で目が動かない。
いや、ゲーム画面を追っている為、目は動いているんだろうがそうは見えないほど微細な目の動きだ。
そして極めつけは、肩を揺らしても何一つ、地面に根を生やしたように動かない。こうなると夜風はゲームが終わるまで動かない。何をしても動かないのだ。
『どうしよう……』
それから、学校についた。しかし、2時間目に間に合ったとかではなく、ついた頃には昼時だった。
4時間もサボっちまったよ……。この生活を始めて約3ヶ月。7月の初頭な訳だが、ここまでサボったのは初めてだったので、兎風はかなり落ち込んでいた。
そこまで落ち込む必要もないと思うんだが。ずっと居る訳でもないのに、何故アイツはそこまで本気になれるんだろうか。
それが俺には分からなかった。
……
…
校内がざわついている。
いや――ここだけが、ざわつきに包まれている。
そう、ここは戦場。様々なものが入り乱れ、みんなが生存本能の赴くままに戦っている……!
怒号が飛び交う。部隊が生存しているか否かを瞬時に確認し、次の作戦を立てる。
そうしなければ、生き残れない……それが。
学食!
「兎風!そっちはどうだ!」
「だ、だめだよー!お、押され気味!」
「くそっ……」
舌打ち。どうしたらいいんだ……。
敵は部隊を1つに集束させ、1点突破を狙っている。他の勢力も漁夫の利を狙いこそこそと隠れている。
「――くん!もう無理だ!撤退しよう!」
「な……俺に死ねというのか!」
「いや、ご飯食べれないくらいで死なないと思うけど」
「夜風に殺されるだろ?な……」
「……うん、そうだね。頑張ろう」
「わかってくれて嬉しいが、現実の俺達は無力だ……」
「……」
兎風は涙を流していた。分かるよ、夜風怖いよな。しかし、現実は非常にも俺達に祈りの時間を与える間もなく、敵が迫る。
敵の武装は拳で、装甲は学校の制服、中には蝶ネクタイをしているものもいる。お前、そんなネクタイこの学校指定してあったか?というものをつけているのが多い。
「さぁ、覚悟しろ。それが俺ら……イナズマサンダーズ!」
「いつも言ってるけどさ、そのネーミングはねーと思うんだが」
「うるさい!もう容赦しねぇぜ……ゲヘゲヘ」
「ひっ……」
イナズマサンダーズ……この学校の所謂、不良グループだ。しかし、不良グループとは言うものの、授業はちゃんとでるし、服装も何故かキッチリしているのが多い。
そして、アイツらはいつも兎風に向かう。
アイツらはアレか、ホモなのか……そう考えている場合ではなかった。兎風にイナズマサンダーズの魔の手が近寄ろうとしていたその時――。
「いてぇ!?」
その魔の手が何者かによって撥ね退けられた。兎風の位置からは光が逆行してシルエットしか見えないであろうが、俺達は分かっている。目の前に現れた救世主――龍馬 拓也(たつま たくや)が、戦力をひきつれてやってきてくれた!
「待たせたな!これで、この戦い勝てるぞ!全員突撃ー!イナズマサンダーズを蹂躙だ!」
『おおぉぉぉぉぉぉ――!』
それからは怒涛の勢いだった。拓也が言った通りに、敵を蹂躙。他の勢力も蹂躙されるイナズマサンダーズの惨劇を見て、これは勝てないと悟ったのだろう。
世界に一時期の平和が訪れた……。
「危なかったな?」
「ああ、ありがとう。拓也」
「いやいや、こっちも遅くなってすまんかった」
「拓也くんは何のパン買う?」
「龍馬揚げ」
『は?』
また兎風と揃った。しかし待て、龍馬揚げ?何時の間にそんなメニューができたんだ。
「そんな真剣な顔するなよ……ジョークだジョーク。俺はメロンパンにしとく」
「そうか、兎風。夜風と百合風の分買ったか?」
「あ、うん。あとでお金請求するね」
「ああ。それじゃ行くか。もしかしたらアイツら怒ってるかもしれないからな……」
「うん、そう……だね。はぁ、時間かかっちゃったなぁ」
「遅れたからだな、すまん」
「いや、拓也がいなけりゃこっちが負けてた」
「うん、そうだよ。拓也のおかげで助かったんだよ僕達」
「それでも、俺達は……死ぬんだろうな」
『はぁ……』
俺達は判決を待つ、容疑者のように落胆しながらも、屋上へと続く廊下を歩きはじめた。
……
…
「おっそーい!何してたの!」
「……遅い」
「ごめん……」
「ごめん。ほら、買ってきたぞ」
「ふーん……」
「……」
ガサゴソと買ってきたパンを物色する、百合風と夜風。その目はキラキラと輝いていて先ほどまで俺達を支配していた、暗い雰囲気はなくなっていた。
「うん、ありがと!じゃあ、これ」
「……ありがとう」
2人が満面の笑みで兎風に、代金の支払いを行う。
あの笑顔だけでも、買ってきたかいはあるかもしれない。そしてまた俺達はあの戦場に行くのだろう……。
完。
「……終わらせないで」
「また心を読まないでください。本当におやめください。本当にごめんなさい」
「……」
コクッと頷いた夜風は、右手に携帯ゲーム。左手にパンとコーヒー牛乳を交互に持ち変え食べていた。
この時ぐらいゲームやめな――いや、考えるな……。
「……?」
夜風がこちらに視線を移したたので、俺は笑顔で返す。ふぅー……危なかった。もうちょっとでまた突っ込まれるところだった。
そして、視線は百合風へ。
「ん?なぁにみてんの?あ、これはあげないわよ」
「いや、別に欲しいとは言ってないだろ」
「そういえばさ」
「なんだ?」
「そこにいる人は誰?」
俺の横に立っている人物――龍馬 拓也を指差して百合風が首を捻る。
龍馬 拓也は、成績優秀で、運動神経抜群、身体もある程度ごついスポーツ系の人間であり、顔の作りも悪くないらしく隠れファンが多いらしい。
疑問に答える為、口を開く。
「ああ、コイツは――ってお前知ってるだろ!」
「え?知らないよ?」
「な……ん……だ……と……」
拓也が、声をあげて倒れた。あれ、お前それ昨日もやったよな。
「いい加減に名前ぐらい覚えておいてやれよ……」
「えへへ、ごめんね。えーと……たつやくん?」
百合風が手を差し伸べるが、拓也は突っ込みを優先した。
「俺は龍馬 拓也っだ!」
「ちてみ ちけぃ?」
たつま たくやとちてみ ちけぃ。おわかり頂けるだろうか?
実は、読みを1つずらし、読むとこうなる。
そして、しばしの静寂がこの空間を支配した。
「……」
「……」
「…………」
「…………うっ」
「え!?泣くの!?」
『あーぁ』
「ちょ!私が悪いの!?」
「当たり前だろ」
「当たり前」
「当たり前だね」
「うっうっぅぅ」
「……あー!もう!男だったら――」
それから1時間ほど百合風の説教が拓也に続いた。
確かに拓也もあれで泣くのはどうかと思う。でも、アイツの場合は演技だろう。しかしそう思わないのが百合風だ。何に対しても全力で接する彼女は決して意地悪とかで名前を間違えたのではなく、素なのだ。
しかし、アレが素だというのはとてもじゃないが病気の域じゃないのか。
そして、今日は全部授業を受けれないという異例の日になった。
学校にきてたのにな。
……
…
夕焼けも見えなくなった時間。俺と兎風と百合風と夜風の4人は俺と兎風の部屋でもある、寮の一室に帰ってきていた。
百合風は何か考えているかのように顎に手のひらを乗せている。夜風は当然ゲームをしている、目悪くならないのかね。
そして、兎風は落ち込んだ様子だった。大方――。
「今日は学校行けなかった……」
考えようとしていた矢先に兎風が言葉を紡いだ。俺はそれに反応する。
「いや、学校は行ってただろ。授業にでれなかっただけだ」
「変わらないよ!宿題折角やったのに……」
「兎風は優等生で通ってるから大丈夫だ」
俺はグッと親指を立てて、笑顔で返してやったが、兎風は「はぁ」と嘆息し、言葉を続けた。
「――くんはいいよね。何も気にしてなさそうで」
「酷い言い方だな……。俺だって考えてるんだぞ」
「うん」
「俺達はずっとここにいられるわけじゃない……ただの役割だ。それを真っ当する責務がある」
「そう、だね。でも出来るならこの生活楽しみたいでしょ?」
「……それはその通りだな。だから、お前は全力で楽しむわけか」
「その通り。だから、楽しみたいからこうやってるんだよ」
「そうか!じゃあ、明日の体育祭頑張るか!」
「うん!――くんが居てくれたら百人力だよ!」
「千人力っていうのはどうだ?」
「千人も支えられないでしょ」
「いいや、でき――」
その時、百合風が俺の言葉を遮るように考えている仕草をやめて、俺に向いて話しかけてきた。
「――くん。ちょっと外で話しがあるんだけど、いい?」
百合風の目が何か――そう、俺に言わなければならないことがあると物語っている。
「分かった。外にでるついでに飲み物でも買ってくる」
「……スーパーうなぎ梅干しジュース」
「僕はコーラ」
「了解。いくか、百合風」
「……」
そして、俺と百合風は夜の校舎にジュースを買いに外へ。そのついでに百合風の話を聞けばいいだろう。
夜は真夏だというのに風で程良い心地よさを生み出していた。これぞ夏って感じなのか。俺達には分からない感じだけど。アスファルトから少し位置をずらせば、土が広がっている。そこには先ほどの心地よい風に身を委ねている木が大勢小枝を揺らしていた。
しばらく歩いてから、夜風の言ったジュースの名前が気になり始めた。スーパーうなぎ梅干しジュースってなんだんだ……。
うなぎと梅干しにスーパーがついている。果たして美味しいのだろうか、というか食べ合わせとしたら最悪なんじゃないだろうか。夜風が良いと言ったら少しだけ貰おうと決意した時だった。
「――くん。あの男の人危ないよ」
百合風の短く切られた髪が目にそうほど強い風が吹いた。その時、百合風は口を重々しく開いた。
俺はその場に止まり、言葉のキャッチボールを開始した。
「どういうことだ?というか誰の話しだ」
「あの、龍馬 拓也って人の話。あの人危ないよ。それに――くんは私達のやるべきこと忘れたわけじゃないよね?」
「ああ。分かってるさ……。でも、露骨に避けるよりああしたほうが多分良いと思うんだが……」
「ちょっと待って、私が何が危ないって言ってるか分かってる?」
「アイツに俺達の存在が知られるってことじゃないのか?」
「……違うよ。私はそんなことを言ってるんじゃない。彼の身が心配なの、いつか真実に近づくわよ」
「俺達は何も情報は与えてないはずだが」
「それでもよ。凄い洞察力もってるわ、あの人。いつか気づかれる。その為に彼を遠ざけなさいって言ってるのよ」
「忠告ありがとう。気をつけるよ」
「今すぐしたほうがいいと思うんだけど。まぁ、あんたがそういうならいいよ私も注意は払うから」
「いつもごめんな」
「はいはい。今度何か奢ってね」
「今月もう小遣いないんだぞ!」
「なっ!何に使ったのよ!」
「……色々」
「ふーん……あとでベッドの下漁るね」
「なに!」
「なに!ですって?」
「ごめんなさい。お許しください百合風様」
「じゃあ、今度頼むわね」
くそう。今月はもう何も買えないじゃないか……。昼飯どうしようと考える。やっぱり俺達は目的以外にも、この生活を楽しんでいるんだな。
こんな日々がいつまでも続けばいい。そう心から思った。
……
…
ジュースを購入してから、寮の部屋へ帰還。すると夜風が子供のように泣いていた。
「どうしたんだよ……」
「いや、ゲーム機が壊れたんだってさ」
「ああ。大丈夫?夜風」
「……百合風……ゲーム……」
「これ、何度目だ?」
「んー、確か10回以上かな。夜風が能力使うたびに酷使してるからねぇ。よっと」
百合風がゲームを持ち、「発動」と言うとボタンが飛び出していたゲームは修理されていった。無から有を生みだすようにボタンが再生されていく。
「夜風、百合風も疲れるんだからいい加減にゲームは控えとけよ……」
「ダメ?」
「……!いいよ!夜風!もっと壊していいよ!」
「百合風。あまり甘やかすなよ」
「いいじゃん!疲れるの私だし、別に構わないし。あの上目遣いみれるならいつでもやるよ」
「はいはい、さいですか。んで、夜風と兎風はこれでよかったよな?」
「ありがとう」
「……ありがとって何?」
「いや、なんでもない」
夜風に買ってきた、スーパーうなぎ梅干しジュースがとても気になる俺はついつい夜風に視線を移動してしまう。
兎風は、勉強出来なかった分、勉強する為勉強している。真面目な奴だ。
百合風は、買ってきたミネラルウォーター片手に「じゃあ走り込み言ってくるねー。あ、夜風はちゃんと9時にはこっちに帰してね」と言って、外へ飛び出した。
夜風は……未だにジュースを飲んでいない。
俺は、そこら辺に転がっていた漫画を手に取り、適当にパラパラと捲る。
ふーん……おっ……ぐすっなんだ泣きそうだ……おおっ?下手な絵だな……てか、どうしてここだけ絵が汚いんだよ真っ黒じゃないか、インクでも零したか、作者。
しばらく時間を過ごすと、夜風がジュースを開け、無造作に口に含んだ。
「……うっ!」
「どうした!?」
「まずい、もう一杯」
「なぁ、俺にくれないか」
「……ダメ。自分でGO」
「……行ってくるか!兎風、夜風を頼んだ」
「え!?」
「じゃあな!」
俺は颯爽と走りだした。自販機に向かって。
木々を縫い、最短コースを行く。俺はいま光だ!あっという間に自販機に到達した俺は金を入れ、スーパーうなぎ梅干しジュースのボタンを押そうとして、愕然とした。
ランプがついていない。
お前にはやらねーよ、と自販機が言っているようだった。俺は、飲みたいという思いを残し、そのまま今日が終わった。
明日は体育祭……いや、俺には明日スーパーうなぎ梅干しジュースが入るかどうかが一番の問題だった。
……
…
「いやぁ、あっついねー!」
「暑すぎるだろ、なんなんだよ。暑いぞ」
「ああ――くんが暑さで壊れ始めた……」
「……」
「どうしてお前は涼しい顔してるんだよ!」
夏、7月であろうとも、日は照り容赦なく俺達人間の皮膚を焼き尽くしにくる。そんな渦中にいるというのに夜風は涼しい顔をして300mトラックに立っていた。
「これくらいゲームやってればどうということは――」
「あ、倒れた」
「ぎゃー!夜風ー!大丈夫!?保健室!救急車!医者!」
「保健室で十分だろ……ほらいくぞ」
俺が背負う前に、百合風が夜風を背負い保健室へ向かう。百合風の髪が黒。夜風の髪が白。間逆の色が2人の性格の差を表しているようだ。俺があの2人に会った時は彼女らは既に親友であった。
今度機会があれば2人がどうやって親友になったか聞いてみようと思った。
保健室に到着。先生は不在だった。しかし、百合風がテキパキと冷えピタを取り出し、夜風の頭に貼りつけた。
「お前、良く知ってるな」
「ん?まぁね。夜風よく倒れるから……」
そのたびにコイツは先ほどの声をだしているんだろう。さすが親友というところか。
とりあえず、俺と兎風は早々に競技があるということで保健室に少しだけ付き添い、また校庭に戻ってきた。
「――くんは何にでるんだっけ?」
「俺は……騎馬縄跳びだな。一緒に頑張ろうな」
「一緒の競技だったんだ……。でも、騎馬縄跳びってなんだろうね……」
「名前通り、騎馬を組んで、それで縄跳びするらしい」
「え!?それ無理じゃないの!?」
「まぁ、できるって」
「本当かなぁ……」
その時、騎馬縄跳びの選手コールが始まった。
「よし、いくぞ」
「うん!」
……
…
「で、だ」
「よう」
「拓也も一緒だったんだな」
「お前等、昨日学校に来てなかったからそのせいだぞ。この学校は一日前にくじ引きで出場する競技が決まるから」
「そりゃ初耳だ……」
「だろう。で、兎風が上で、俺と――は下だ。もう1人は……いない」
「いない!?」
「あぁ、欠席なんだ」
「マジかよ……」
「大丈夫、去年この競技で一番取ったのが俺だぜ?」
「じゃあ頼んだ」
「お任せだ!」
「任せるね」
そして、騎馬縄跳びが始まった。一応説明しておくと、騎馬縄跳びは騎馬戦のように3人が下で、その上に1人が乗る形で、そして上に乗っているものを落とす。これはそれほど普通の騎馬戦と変わりないな。
しかし、この騎馬縄跳びでは、騎馬を組みながら縄跳びを飛ぶ。そこでは終わらないのがこの騎馬縄跳びで、騎馬の上に乗っているものをさらに落とす。逃げ回っていてもこのゲームは勝ちにならない、競技終了までに1組は地面に引きづり降ろさなければいけない。そうしなければ判定負けとなるのだ。
なので、俺達は縄跳びをしながら、騎馬戦をやっているのと同じなのだ。
何故この競技があるかというと、去年では白熱したバトルを繰り広げたらしいから、である。
「あぶな!」
「武器がとんでくるから気をつけろ!」
開始されると、怒声が響いていた。まだ説明していなかったことだが、このゲームはあらゆる武器がとんでくる。例えば猫だ。
頭に猫を当て、ひっかかせて落とすという作戦らしい。中には――。
「うぼぁぁぁー!」
――地雷が作動した。この通り、地雷が仕掛けられているらしい。ようは刃物など以外はなんでもありの超絶競技だ。
ちなみに、地雷は人体に影響がない、らしい。
兎風は、なんとか自衛をしている。あらゆるものを手で捌きつつ、やっている。兎風は気弱に見られがちだが、ある程度の筋力はあるし反応速度も並み以上にはあるのでそうやすやすやられることはないだろう。
コースを走りながらの会話。
「あと5組みくらいみたいだ!」
「よし、それなら反撃に転じるぞ!」
俺と兎風は了解と言い、縄跳びを飛び越えながら棒立ちしている1組みに向かう。しかし、縄跳びを飛びながらというのはかなり疲れる。
「でもどうやって崩すんだ?」
「これならどう?」
兎風が上で掲げているものを見る。それはBB弾が入ったおもちゃの銃のようだった。
「どこに隠してた?」
「とんできたものをちょっとね」
「上出来だ!兎風!頼んだ。――ちゃんと縄跳び飛ぶんだぞ!」
「ああ!」
それから、数十分後。残りは1組みになった。相手はスーパーイナズマサンダーズと改名したイナズマサンダーズ。昨日の今日で改名したらしい、スーパーがついたからといって強くなってるわけじゃないはずなんだが……。
「ふっ……!ようやく手に入れられる!」
コイツらが言っているのは兎風のことだろう。一部の男子層に人気らしい兎風は、時々こういうのがいる。お前も大変だよな……。
「お前等が勝てるとは思わんが」
「その通りだな」
「……」
「!きちゃまぁー!見てろ!」
スーパーイナズマサンダーズの騎馬、その上に乗っている男子生徒がケーブルで引っ張られていたボタンを押すと、周りが吹っ飛んだ。文字通り、砂が舞い上がり、目に入りそうになるのを目を閉じ回避する。
その時、俺達に衝撃が訪れた。相手が突撃してきたのだ。BB弾が身体に当たる。顔に当てるなどはしてこないものの、多少卑怯だ。
小声で作戦会議。
「どうする?」
「ほっといてもこっちの勝ちだ」
『え?』
『うヴぁおぁあああああぁぁぁぁー!』
「拓也なにしたんだ!?」
「少し細工をな……あのボタンを使ってから全部の地雷が作動するようにしておいた。そしてここは安全地帯というわけさ」
砂が突風でなくなり、視界がはっきりすると同時に、歓声があがった。
で、この競技、どこに縄跳びの要素があったのだろうか。伝統だけが残って勝手に競技が改変されてしまったとかそんな感じか
……
…
「ということがあってな」
「へー、大活躍だったんだねぇ」
「……凄い」
競技のあと、昼飯に突入した俺と兎風と夜風と百合風は、持ち寄った弁当を開け、楽しいご飯を楽しんでいた。
そして、最大の懸案事項である、スーパーうなぎ梅干しジュースは購入済みだ。 騎馬戦のあと買いにいくと、自販機には列が乱れ、阿鼻叫喚となっている自販機の現場があった。しかもみんなの狙いが俺と同じだった。しかし、しかし!俺は単行本なら10巻になりそうなほどの死闘を繰り広げ、他者を蹴落とし、今、手に入れた。
缶を開ける。空気が抜ける音がして、中からは匂いが漂う。匂いは上手そうだ。どちらかというと梅干しの匂いがきつく思える。スーパーうなぎ梅干しジュース口に含む。なんというのだろう。確かにまずい……が!それをお釣りで返してくれるほどのうま味があった。飲んで数秒すると一旦苦味が襲ってくる。その苦味はただ苦いだけではなく、美味しい苦みだ。さらにそのあと、甘い……とろけるような甘い味が口の中を占領するのだ!これは癖になるかもしれない。夜風が今日も飲んでいるのが分かる気がする。
しかし、食事時にお茶でないのは不謹慎であるかもしれないが、俺はいまこれが飲みたいのだ……。
「体調は大丈夫なのか?」
「……うん」
口数の少ない夜風に変わり、百合風が説明を変わってくれる。
「もう大丈夫だよ。でもね、一応見学してなさいだって」
「そうか……無理はするなよ」
「ただいまーって……何、僕の弁当食べてるの!?」
兎風が、緊急の用事とかで席を外していたが、それが終わって帰ってきたらしい。
「あ、ああ。すまんすまん。変わりにこっち食べてくれ」
俺の弁当を差し出す。
「いつものことだけどいい加減にやめてよ……」
「だからごめんって」
「あ、そういえばみんな」
俺の弁当を受け取り、開けながらこっちに言葉を投げかけてくる。
『何?』
「明日、あっちに集合だって。定期報告」
兎風の放った言葉。
そこからすべてが始まることを、まだこの時の俺達は知らない。
Lost episodeⅠオワリ
second episode:familyへ続く
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