第23話そうだ、ゲームセンターに行こう。

 未だに柑奈への答えを用意できないまま迎えた週末。あれから柑奈は、何事もなかったかのようにいつもどおり振舞っている。

 今日は三人で、この前服を買いに来たショッピングモールに来ていた。土曜日ということでモール内は人で混雑している。いろいろな店があるため、一歩歩く度にグラデーションのように漂う匂いや聞こえてくる声が変化していく。

 最初にやってきたのはゲームセンター。やはり水野さんは行ったことがないというので、せっかくだからと入ってみることにしたのだ。

「やっぱり辺見くんは上手ですね」

「ははは、それほどでもあるよ」

 今やっていたのは、実際にハンドルを回して操作するアーケードのレースゲーム。この前家で水野さんとやった『アニマルレーサーズ』と違って、リアル志向のゲームだ。

「あれ、もう一時になっちゃうね。そろそろお昼にする?」

 携帯電話で時間を確認した柑奈が言う。

 もうそんなに経ったのか。昼前に入ったから、かれこれ一時間以上ゲームをしていたことになる。メダルゲームやら音楽ゲームやらスロットマシーンやらを片っ端からプレイしていき、ついさっきレースゲームを見つけた水野さんが俺にリベンジマッチを挑んできた次第だ。

「そうだな。水野さんももうお腹減って……って、あれ?」

 後ろを振り返ってみると、そこにいたはずの水野さんの姿がなかった。

「あ、あっちにいるよ」

 柑奈が指さした先、水野さんは俺達から数メートル離れたところでクレーンゲームの中身をまばたきもせず凝視していた。

「どうしたの?」

 柑奈と二人で歩み寄って尋ねる。水野さんの視線を一心に集めていたのはタヌキのぬいぐるみだった。よくわからないけど何かのキャラクターらしい。

 ……なんていうんだろう。可愛さを追及したという風ではなく、ブサ可愛いとかそういう感じの顔をしている。

「お金を入れて、このボタンであのクレーンを動かして掴めばいいんですよね?」

「そうそう。あのキャラ好きなの?」

「はい。朝の情報番組で毎週金曜日にやっている五分アニメのキャラなんです」

 水野さんはそう説明して財布から百円玉を取り出し、全身にやる気をみなぎらせながらマシンに投入した。

 深呼吸を一つ挟んで操作開始。まずは横移動のボタンをおしてクレーンを動かす。いい感じの位置で止まった。続いて縦移動のボタンを押して……。

「あっ」

 行きすぎてしまった。降りたクレーンはタヌキの耳をかすめて空を掴んだ。

「もう一度……!」

 再び百円を手にとってゲームに挑む水野さん。横に動かし、縦に動かし、今度はタヌキの真上でクレーンを止めることができた。

 水野さんは期待をいっぱいに湛えたつぶらな瞳でクレーンの行方をながめる。

「よし、よし、ああ……」

 タヌキは一瞬だけ持ち上がるも、クレーンが上がりきらないうちに重い頭から落っこちてしまった。

 水野さんはあからさまに肩を落としたものの、すぐに立ち直って再挑戦する。

 水野さんの二回のトライを見た俺と柑奈は顔を見合わせた。

 見た感じ、クレーンのアームがちょっと弱い気がする。絶対取れないという程ゆるゆるではないけど、うまくやらないと厳しそうだ。

 水野さんはそれから三度挑戦したけど、やはりいずれも失敗に終わった。多分このままだと何回やってもタヌキは手に入らない。

「あ、小銭が……」

 どうやらここで水野さんの百円玉がなくなった様子。

「両替機ってどこにありましたっけ」

 小銭がなくなったときってやめるのにちょうどいいタイミングだと思うんだけど、水野さんはあきらめようか考えるような素振りすら見せなかった。よっぽどほしいらしい。

「よかったら俺が取ろうか?」

「取れるんですか?」

「わかんないけどやれるだけやってみるよ」

 実を言うとクレーンゲームはそこまで得意でもない。でも水野さんにいいところを見せるチャンスだ。これを逃す手はないというもの。

 これを頑張ったら俺の水野さんへの気持ちの本気度を柑奈に見せることに……はならないよなあ。まあ、とりあえず今はチャレンジしてみよう。

 早速財布を取り出して百円玉をぶち込む。久しぶりの操作だったけど、うまいことタヌキの頭を掴むことができた。

「おお……!」

 筐体の側面に回って透明な壁に両手をつき、張り付くようにして俺の操作を見つめていた水野さんが目を輝かせる。

 しかしクレーンが上がりきり、穴に向かって移動を始めた途端にタヌキはアームをすり抜けて落下した。水野さんががっくりとうなだれる。

「まだまだ!」

 またお金を入れ、クレーンに頭をガッチリと掴ませて上昇を待つ。

 こうなってからはもう祈ることしかできないというのがクレーンゲームのいやらしいところだよな。

 俺はクレーンに手をかざして指をピロピロさせながら念を送る。

「ほんもらにょぽにゃかめるぽぽむるりん」

「なんですか、その気の抜ける呪文は……」

 クレーンを見つめていた水野さんが脱力してずっこけそうになる。それとほとんど同時に、クレーンも脱力してしまったかのようにタヌキを取り落とした。

「辺見くんが変な呪いをかけるからですよ……」

「ご、ごめん」

「どうせならもうちょっと効果のありそうな呪文にしたらどうですか」

 効果のありそうな呪文か。やっぱり有名なやつならご利益があるのかな……。

 何を言おうか頭の中で考えながら再度ゲームに挑む。やはりまたタヌキの頭を掴んだけど、今度は少しアームの位置が首に寄りすぎてしまった。それでもなんとかタヌキは持ち上がっていく。

 うーん、有名な呪文といえば……。

「開け、ゴマ!」

「今開いたら駄目じゃないですか!」

 なるほど、確かに今クレーンが開いたら駄目だな……。

「ああ、ほら……」

 やっぱりタヌキはすぐに頭の重さにつられて落ちてしまった。

 頬をふくらまして恨みがましく俺を見つめる水野さん。本当にほしくてしょうがないみたいだな。小さな子供みたいで可愛い。こうなったら何が何でも取ってあげたくなる。

「次こそ絶対に取る!」

「頑張れー」

 後ろで見ていた柑奈が声援を送ってくれる。兄にとって、妹の応援ほど力になるものはない。本当に今度こそ取れそうな気がしてきた。

 無意味に大きな振りをつけて硬貨を装填。ロボットに乗ったヒーローが最終兵器起動のボタンを押すような心持ちで移動のボタンを押す。

「来た……!」

 我ながら完璧な位置取り。そんな俺の予想を違えることなくクレーンはタヌキの顔のほぼ真ん中、重心のある辺りを鷲掴みにした。上がっていくクレーンに祈りを捧げる。

 えー、呪文は…………ん? 呪文? 呪文といえばやっぱり魔法だよな。そうだよ、魔法。俺ってば魔法使えるじゃん。

 自分の秘めた力を思い出した俺は、全身全霊の力を込めて高らかに唱えた。

「愛してるよ! 水野さん!」

「とっ、突然何を言い出すんですか!」

 水野さんが反射的に真っ赤な顔をこちらに向ける。

 そう、柑奈の部屋に行きたいという水野さんの心を見事に読み取り、水野さんをして魔法と言わしめた俺の水野さんへの愛。その力を持ってすればクレーンゲームの攻略などたやすいわ!

 わりと大きな声で叫んでしまったので周囲の注目を集めてしまったけど気にしない。

「ま、また愛がどうこうと言って私をからかおうとして。しかも今度はそれだけでは飽きたらず、こうやって私を衆目にさらすことでさらに辱めてやろうというわけですね。本当に、辺見くんのいやら進化はとどまるところを知りませんね」

 ……いやらしんか? いやらしい進化か。

 と、水野さんが俺をにらみながらそんなことを言っている間に。

「あ、取れた」

「ええっ!?」

 今度は顔を勢い良くクレーンゲームの方に向けた。すでに役目を終えて停止しているクレーン。さっきまで中にあったはずのぬいぐるみの不在。それぞれを確認した水野さんが慌ててこちら側に戻ってきて、取り出し口に手を突っ込んだ。

「わあ……!」

 水野さんは目をキラキラさせながらタヌキを両手で優しく包み込むように持ち上げた。しばらくそうして喜びに浸ってから、満面の笑みのままこちらを向いて操作盤の上に置かれていた俺の手を取った。

「ありがとうございます!」

 ぬいぐるみを脇に抱えながら俺の手をブンブン上下に振る。

「喜んでもらえて何よりだよ」

 すごいはしゃぎようだな。可愛い笑顔を見せてもらえるわ、手を握ってもらえるわ、たいしたことしてないのにこんな素晴らしい役得をもらっちゃっていいんだろうか。

「あ、両替してこないといけませんね」

 料金を払おうと、相変わらずの生真面目さを発揮して改めて財布を取り出す水野さん。

「ああ、いいよ。たったの四百円だし」

「でも……」

「ほら、水野さんに恥ずかしい思いさせたお詫びってことで」

 水野さんはついさっき自分が晒し者にされたことを思い出して口をとがらせる。

「そ、そうでした。本当にとんでもない人です」

 それと同時にたった今までの自分のテンションも自覚してしまったのか、水野さんは恥ずかしげにうつむく。

「それじゃあ、無事にクリアできたところで今度こそお昼にしようか。私もうお腹すいちゃって」

 柑奈が自分のお腹を撫でながら照れ笑いする。

「そうですね。すみません、お待たせしてしまって」

「いえいえー」

 にこにこ笑う柑奈を先頭にして、ゲームセンターを出る。階下にあるフードコートに行こうとエスカレーターに向かって歩き出したそのとき。

「――あれ、璃里花ちゃん?」

 背後からそんな声が聞こえてきた。それは、若い男の声だった。

 びくりと身をすくませて水野さんが振り返る。つられるようにして後ろを見た俺と柑奈の目に飛び込んできたのは、二十代半ばと思しき私服姿の男だった。

 誰だ、こいつ。どう考えても水野さんと縁がありそうな年齢じゃない。でも水野さんの名前を知っている。ということは身内か? 年の離れたお兄さん、それか従兄弟ならあり得るか……。

「……進藤さん」

 水野さんが硬い声で呟くように言う。

 進藤さん? 身内じゃないのか? お母さんの方の親戚なら名字が違ってもおかしくはないけど、でもさすがに親戚を名字で呼ぶのはちょっと不自然だ。

 進藤さんと呼ばれた男は、俺と柑奈の方に目を向けた。いや、柑奈を見たのは一瞬で視線はほとんど俺に注がれているような気がする。

 全身をくまなくながめまわされているような感じがしてぞわぞわする。自意識過剰かな。それならそれでいいんだけど……。

「そちらのお嬢さんたちはお友達ですか?」

「ええ、まあ」

 フランクにちゃんづけで名前を呼んだかと思えば、いざ話してみると敬語。なんか妙な距離感だな。ますます二人の関係がわからなくなってきた。

 俺の不信感丸出しの視線に気づいた進藤さんとやらは、にこりと笑って頭をかいた。

「失礼。名乗りもせず詮索するようなことをしてしまってすみません。僕は璃里花ちゃんのお父さんの会社に勤めている進藤しんどう壮一そういちといいます。お父さまにお世話になっているので、水野家の皆さんとは個人的なお付き合いがあるんです」

 お父さんの会社……ってことは水野さんのお父さんは社長さんなのか? なるほど。それで敬語なのか。社長令嬢ってことだもんな。

「お昼ごはんはもうお食べになりましたか? 僕はまだなんですが、よろしければ一緒にどうですか? もちろん食事代は僕が持ちますよ」

 進藤さんはにこやかな笑顔のままそう言って、こちらに歩み寄ってくる。

「……あ、いえ、その」

 それに対して水野さんは小さく一歩後退りする。なんとか笑顔を維持しているけど、その奥で表情が強張っているのが目に見えてわかった。

 ……なんだ? 水野さんがこんなに露骨に男の人を嫌がるのって珍しいような。

 俺は反射的に水野さんと進藤さんの間に割って入るように一歩進み出ていた。

「えー! 本当ですかー? こんなかっこいい人とお食事できるなんて光栄ですー。私実は入ってみたいお店があるんですよー。こっちです、こっちー」

 俺はそんなくさい芝居を打ちながら進藤さんを迎撃し、その右腕をむんずと掴むとそのまま引きずっていく。

「え、君? ちょっと?」

 当惑する進藤さんの声を徹底的に無視して向かう先は男子トイレ。

「え、ええ!? そこ、男子……ええっ!?」

 進藤さんが男子トイレを表す青いマークと俺を素早く見比べる。俺は構わず中に踏入ってずんずん歩き、トイレの奥まで来たところで進藤さんを壁に押し付け腕を解放した。

 ……なんか勢いで連れてきてしまったけど、このあとどうしよう。

「君、あの……こんなところに入って……」

「ああ、俺男ですから大丈夫です」

 地声で応えると目をまん丸に見開いて驚きを露わにする進藤さん。

「男、なの……?」

「自己紹介が遅れてすみません。辺見仁太郎です」

 俺が言うと、進藤さんはなぜか大きなため息をついて頭を抱えた。

 なんだろう。世の中にはこんな変な人間がいるのか、っていう呆れか?

「なんでそんな……って、あー、なるほど。璃里花ちゃんのために……」

 何かを尋ねようとして、自己解決したらしい進藤さん。その表情がますます絶望に染まったように見えた。何を考えているんだろう。さっぱりわけがわからない。

 でも水野さんの男性恐怖症のことはわかってるみたいだな。

「あの、進藤さん。せっかくの休日なので一応気を使ってもらえると嬉しいんですが」

 俺が言うと、我に返ったように元の笑みを貼り付ける。

「ああ、すみません。そうですね。確かに配慮にかける振る舞いをしてしまいました。深くお詫びします」

「いえ、こちらこそ乱暴な真似をしてしまってすみませんでした」

「気にしないでください。僕はこれで退散しますので、璃里花ちゃんにも謝っておいてもらえますか?」

「わかりました」

 俺が頷くと進藤さんは再び消沈したような顔になり、俺の脇をすり抜けてとぼとぼとトイレを出ていった。

 なんだかよくわからない人だったな。なんであんなに落ち込んでたんだろう。

 釈然としない思いを抱えながら俺もトイレから出て、水野さんと柑奈の下に戻る。

「ごめん。勝手に突っ走って追い返しちゃった」

 ばつの悪い思いで水野さんに謝る。水野さんはとんでもないというように、大仰に首を振ってみせた。

「いえ、本当に助かりました。あの人は一際苦手で……」

「そっか。それならよかった。でも今後は気をつけるよ」

 あの場でなんとなく感じた水野さんの普通じゃない警戒心はあながち間違いでもなかったようだ。今回のところは結果オーライということにしておこう。

「でも変ですね。いつもは一応私に気を遣ってくれているみたいで、むやみに食事に誘ったりしないんですが」

「そうなの?」

 じゃあどうして今日に限って誘ったりしたんだろう。まあ、もう会うこともないだろうしどうでもいいか。

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