第20話そうだ、遊園地行ってみよう。(前編)

「さあ、やってまいりましたラヴリーランド!」

 俺は朗々と叫ぶと、雲一つない青空に向かって拳を突き上げた。

 約束の当日。駅前に集まり、昼食をとってから電車に揺られること数十分。俺達は駅を出てすぐのところにある、ラヴリーランドの正門前に立っていた。園内から漂ってくるキャラメルポップコーンの香りが、遊園地に来たという気分を盛り立ててくれる。

 ちなみに招待券のない一人分の入場料は三人で分担することにした。

「あ、記念に写真撮らない?」

「おお、いいねー」

 柑奈の提案を受け、水野さんを真ん中にして三人並ぶ。左端についた柑奈が携帯電話を取り出し、内側カメラを起動する。そして俺達と、正門を飾るアーチの上部にアルファベットの筆記体で書かれた「LOVELY LAND」の文字をうまいこと収めてパシャリ。

「うん、完璧。二人にも送っとくね」

 写りを確認した柑奈が、ささっと携帯を操作する。まもなく俺と水野さんの携帯がメールの受信を知らせる電子音を鳴らした。

「サンキュー」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 俺達もそれぞれ写真を確認する。誰も目をつぶったり赤目になったりしてない。最近のカメラ技術は偉大だな。枠にさえおさめれば誰でもきれいな写真が撮れる。

 携帯電話をしまい、そのまま正門をくぐって園内に入った。入り口すぐのところに置かれていたパンフレットをもらって、中を歩いていく。

「やっぱり空いてるねー。もっと人気の遊園地になると別なんだろうけど」

 柑奈の言う通り人はまばらだ。ラヴリーランドはどちらかというとローカルな中堅の遊園地で、全国から人が集まってくるというほどのところではないらしい。これならアトラクションの待ち時間もほとんどないだろうな。

「すごくカラフルですね……」

 水野さんは目をぱちぱちさせながらせわしなく首を動かしている。なんとなく高揚感がにじみ出ていて微笑ましい。

「もしかして、遊園地も初めて?」

「はい、実は」

 水野さんは引っ越してきたって言ってたな。地方の出身ならそういう人も珍しくないのかな。それでも有名どころなら一回くらい家族で行ってそうなものだけど。

 まあそういうことならこの普通の遊園地でも十分に楽しめそうだしな。それはそれでよかったのかもしれない。

 さて、このイベントをどうやって水野さんとの接近につなげるか。やっぱり水野さんがはしゃいでくれればその分ガードが緩くなるはず。

 となれば目標はただ一つ。水野さんに楽しんでもらうことだ。

「なんか乗ってみたいのある?」

「よくわからないのでお二人にお任せします」

 判断を委託された俺と柑奈はもらったばかりのパンフレットを開いて、どんなアトラクションがあるのか確認してみることにした。

 数秒後、俺の眉間には深いしわが刻まれることになった。

「……『あなたが白馬の王子さま! ラヴリーゴーランド!!』? メリーゴーランドなのか? というかこのキャッチコピーみたいなのも含めてアトラクション名なのか?」

「なんか全部のアトラクションにラヴって言葉が入ってるね」

 つられて水野さんも手元のパンフレットを開く。

「アトラクションの説明文によれば、どれもカップルで乗ることを想定してるみたいですね。いろいろ仕掛けがあるものもあるみたいです」

 どうやら、ラヴリーランドはカップル向けテーマパークということになっているらしい。それ自体はいいと思うけど、ネーミングはもうちょっとなんとかならなかったのか。

「ラヴリーゴーランドには二人乗り用の馬があると」

 俺がそう言った瞬間、水野さんの瞳が野生の輝きを放ったのを俺は見逃さなかった。

「いいことを思いつきました」

「な、なんでしょう」

「そういったカップル用の仕掛けがあるアトラクションに乗るときは、その場でじゃんけんをして即席カップルを作るというのはどうですか」

 なんだ。思っていたよりもずっとまともな提案じゃないか。てっきり私が辺見さんに馬乗りになってごにょごにょごにょとか言い出すもんだと。

「あ、面白そう。勝った人が意中の相手とカップルになれるってことだよね」

「はい。もちろん負けた人もなげやりになったりせず、きちんと相手に付き合うという約束で。辺見くんも構いませんか?」

「うん、別にいいよ」

 その程度ならまったくためらうことはない。むしろ大歓迎だ。

 というわけで俺達はラヴリーゴーランドに向かった。ちょうど搭乗者を受け付けているところだったので、早速乗ることにする。

 二人に先んじて中に入った俺は、馬と馬の間にひざまずいた。

「さあ、水野さん! 俺が君の馬だ!」

 水野さんを促すように自分の背中をバシバシ叩く。

「嫌です」

「ですよね」

 俺はさっと立ち上がって膝についた埃を払う。水野さんと二人乗りできるかもしれないと思うとテンションあがりすぎてちゃって駄目だな。俺の馬野郎……もとい、馬鹿野郎め。

「それでは……」

 三人集まって、じゃんけんをすべく腕を構える。

「じゃん、けん、ぽんっ」

 水野さんの掛け声に合わせてそれぞれ手を繰り出す。俺グー、柑奈グー、水野さんパー。

「やりました!」

 水野さんの勝ち。つまり俺は一人寂しく馬に乗らなくてはいけないわけだ。

 意気消沈しながら手近にあった馬に乗って、斜め前の二人乗り用の馬に乗ろうとする水野さんと柑奈の様子をながめる。

「……馬の胴体長すぎじゃね?」

 一頭の馬に無理やり二つ鞍をつけようとした結果、なんだか異様に胴の長い奇怪な生物が出来上がってしまっていた。なんだろう、ダックスフントと交配しちゃった馬とか?

 もっとも、きゃっきゃとはしゃぎながら抱きつくように柑奈の後ろに座った水野さんはそんなことまったく気にしてないようだけど。

 ほどなくして、馬が上下に動きながら回り始めた。二人が楽しげな声を上げる中、俺は虚しい気持ちで独り水野さんの背中を凝視していた。残念ながらまだブラジャーが透けるほど薄着ではない。

 ……くっ、次こそは勝ってやる!

 闘志を燃やしながらラヴリーゴーランドから降りると、それぞれ再びパンフレットを開いて次に乗るアトラクションを考える。

「あ、そうでした。一度ジェットコースターに乗ってみたいと思っていたんです」

「お、いいね。やっぱりジェットコースターは外せないよな。ええと……」

 パンフレットの中からそれらしいアトラクションを探してみる。

「『二人の愛は止まらない!? ジェットストリームラヴコースター!!』……これか?」

 パンフレットの説明文によると、このコースターの十列に連なった二人がけの座席の各列には、カップルの記念撮影用カメラが設置されているとのこと。

 シャッターは最後の山を下るときに自動で切られ、そこで隣り合った二人が真ん中に顔を寄せれば見事イチャイチャツーショットの出来上がりということらしい。写真は希望者に無料で配布されるそうだ。

 ……これはますます勝たないといけなくなってきたな。

 はやる気持ちを抑え、歩いてジェットコースターのあるところまで向かう。さすがに人気なようで、短いながらも列ができていた。

「じゃあ早速。じゃん、けん、ぽん」

 三人でその最後尾についたところで、今度は俺が音頭を取ってじゃんけんをする。水野さんはチョキ、柑奈もチョキ、俺はグー。

 よっしゃ、まさかの有言実行!

 期待に胸をふくらませて順番を待ってから、コースターに乗り込む。

「ドキドキしますね」

 一言くらい柑奈と隣じゃないことへの不満が出るかと思ったけど、まったくそんなことはなかった。それくらいコースターが楽しみなようだ。よかった、よかった。

 全員がコースターに乗り込み、安全バーを下ろしたら出発進行。最初の山をじわじわと上っていく。この徐々に緊張が高まっていく感じ、久々でいいな。

 そして視界からレールが完全に消えた瞬間、一気にコースターが下降する。

「きゃああああああああああっ」

 あちこちから上がった悲鳴の中には、水野さんの声も混じっていた。風を切っていく爽やかな感覚。眼下の地面が急速に近づいたかと思えばその勢いのままループに突入する。世界がひっくり返り、平衡感覚がどんどん狂っていく。

 そしてついに最後の山を上りきって写真撮影ポイント。俺は下り始めたところで水野さんの方に身を寄せる。しかし残念ながら隣の水野さんがそうする気配はなかった。

 ……水野さんは言ったことをわざとすっぽかすような人じゃない。多分コースターに夢中で写真のことを忘れてるんだろうな。隣で楽しめただけでも十分満足だし、別にいいか。

 コースターがようやくスタート地点に帰ってくると、一息ついてから隣に座る水野さんの様子をうかがう。

「ふう……」

 目を伏せ、半開きの口からため息を漏らしていた。俺の視線に気づいたのか、水野さんがこちらを向く。そして胸の前で手を打ち合わせ、ぱっと花が咲いたように笑った。

「すごい! すごかったです! ビュンってなったかと思ったらお腹の辺りがぐわーってなって、なんか不思議な感じですごく面白かったです!」

 身振り手振りを交えて子供みたいにはしゃぐ水野さん。

 ――なんだこの可愛い生き物はッ!

 完全に俺を殺しに来てるぞ。いや、もう死んでも構わないな。死因が水野さんの可愛さだなんて名誉きわまりないじゃないか。

 そしてやっぱり水野さんも自分のあどけない振る舞いに気づいて瞬時に顔を赤くする。

「ひ、卑猥なめ目でじろじろ見るのはやめてください。ええ、わかってますよ。乗ってる間に私が上げた悲鳴から妄想をふくらませて、私が乱暴されるところをイメージしていたんですよね。まったく、油断も隙もあったものではありません」

 恥ずかしさのあまりか、ぶつぶつとそんなことを言いながらさっさとコースターを降りて俺の前から逃げていってしまった。

 俺もそれに続いてコースターから降り、二人に合流する前に乗り場の外で一応インスタントの写真を受け取った。もちろん斜めに傾いた変な顔の俺が一人写っているだけ。

 それをポケットにしまって水野さんと柑奈のところに向かう。

「……ごめんなさい。完全に忘れていました」

 俺が写真を受け取るところを見ていたのか、自分の失敗に気づいた水野さんが申し訳なさそうにうつむく。

「自分で相手にきちんと付き合うなんて言ったくせに何をやってるんでしょう」「いいよ、別に。俺は楽しかったし」

 他のことをみんな忘れてしまうくらい楽しんでいたからこそあの笑顔が見られたわけだしな。そうそう悪いことばかりでもない。

「いえ、よくありません。次の私の勝ちを辺見くんに譲ることにします」

「そこまで言うならお言葉に甘えるけど」

 気を遣われたり貸しを作ったりするのが嫌だっていうのが水野さんの性分みたいだし、ここで遠慮してもきりがなさそうだからな。

「次はどうするか」

「うーん、絶叫系連続になっちゃうけどあれはどうかな?」

 柑奈が指さした先には黄色い塔がそびえ立っていた。あれは一番上まで上がってから急降下するアトラクションだな。

「よし、行ってみよう」

 パンフレットによれば、正式名称は『スリリングな恋に真っ逆さま!? フォーリンラヴタワー!!』というらしい。安全バーに声量を測定する機器がついていて、恋人への愛を叫んでその強さを数値化できるというのが謳い文句。

「へー、ランキングまで出てるんだね」

 アトラクションの前までやってくると、これまでの絶叫ランキングがババンと掲出されていた。これまでの最高は百十五デシベル。デシベルって言われてもピンとこないな。

「よし、俺がこの記録をぶっちぎりで更新してやる」

 ラヴタワーはガラガラで、すぐに乗ることができた。このアトラクションなら別にじゃんけんする必要もないな。

 四人がけの席に柑奈、水野さん、俺の順に座る。俺のもう一方の隣は空席になった。

「辺見さん、手を握ってもいいですか? 私、実は高いところが怖くて」

「ジェットコースターではしゃいでたぞ!?」

 水野さんが柑奈に向けていた顔をこちらに向けて、半眼で俺を見つめる。

「細かいことを気にする人はモテないと聞きました」

「いやー、地球温暖化を防ぐにはどうしたらいいんだろうなー」

「……大きいことを気にしたらモテるという意味じゃないと思いますよ?」

「じゃあどうすればいいんだ!」

 まあとりあえず、身を守るために安全バーを下ろすべきだよな。

 全員が安全バーを装着し終えたところで上昇が始まった。段々と景色が広がっていく。気分はジェットコースターのスタート時に似ているな。

 やがて雪をかぶった遠くの山脈を一望できる頂上に到達。

 よっしゃ、俺の「水野さんが好きだ!」という叫びを全国に響かせてやるぜ。全国の、いや、全世界、全宇宙のみんな、しっかり聞いとけよ!

 そして数秒後、全身が浮遊感に襲われる。

「みいいいいいいいいああああああああああああああああっ!!」

 駄目でした。

 水野さんの「み」の字しか発することができないまま、気づいたときにはもう地上付近にいた。何度かバウンドするように小さな上下動を繰り返して、完全に停止する。

「辺見くんは変わった悲鳴を上げるんですね。なんて言ったんですか? マンマ・ミーア?」

「そうそう。実はじいちゃんの友達の友達がイタリア人なんだ」

「どうりで好色なわけですね」

 あれれー? そこは「それってあかの他人じゃないですか」ってツッコミを入れるのがお決まりじゃないのかなー?

 釈然としないものを感じながらも安全バーを上げて座席を降りた。

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