第19話そうだ、買い物してみよう。

 翌日。学校から帰宅した俺と柑奈は自転車で近所のショッピングモールに向かった。自転車でも二十分ちょっとかかるので、さすがに徒歩で行くのはちょっと厳しい。

 柑奈が水野さんも誘ったけど用事があるらしく、残念ながら不参加となった。柑奈からの誘いを断るくらいだから大事な用事なんだろうな。

 土日は家族連れやカップルで賑わうモールも、平日の夕方となるとガラガラだった。フードコートの方からソースの焦げる匂いが漂ってくる。お好み焼きかな。

「どこがいいかなー」

 モールのマップを見ながら女物の服屋を探す柑奈。といっても柑奈の服を買いに来たわけじゃない。じゃあ誰のなんだ、といえばもちろん俺のだ。

 お出かけするなら私服買わないと駄目だよ! という柑奈に半強制的に連れてこられた次第である。絶対俺を着せ替え人形にして遊びたいだけだと思う。

「とりあえずいろいろ回ってみようか」

「そうだな」

 と、モール内の散策を始めて十分ほど経つもなかなかよさそうな店が見つからず、また別のお店に行こうと歩いていたときだった。

 少し先のお店から女性の二人組が出てくるのが見えた。

「え、水野さん?」

 二人組のうち片方は、どこからどうみても水野さんだった。遠くてよくわからないけど隣の女の人は水野さんよりも年上に見えた。お姉さんにしては年が離れすぎてるような気もする。かといって、お母さんというほど離れているようには見えない。

「本当だ。水野さんだね」

 声をかけようと思って近づいていくと、水野さんの方が途中で俺達に気づいた。

「辺見さん! こんなところでお会いできるなんて奇遇ですね!」

 ……訂正しよう。水野さんの方が柑奈に気づいた。

 水野さんが出てきたお店を見てみると、看板には「フォトスタジオ・チェシャ」と書かれていた。フォトスタジオって、そのまんま写真を取るところだよな? このモールには結構来てるけど、こんな店があったとは知らなかった。

「あら、璃里花のお友達?」

「はい。お母様」

 上品に微笑んで俺達を見比べるお姉さんに、水野さんはそう答えた。

「お母様……? お姉さんじゃなくて?」

 その呼び方自体も気になるけど、今はこの、ともすれば二十代にも見える女性に高校二年生の娘がいるという事実に驚くので精一杯だった。

 でも言われてみればどことなく水野さんに似ている気がする。

「あら、お世辞が上手ね」

 口元に手を当ててくすくす笑う。

 あしらい方にも余裕が感じられる。なんだろう、イメージが崩壊する前の水野さんの高貴な雰囲気に何倍も磨きをかけたような感じ。それこそどこかの国の王妃のような。

「お二人は何をしに?」

「仁くんの服を買いに来たの。水野さんはもう用事終わったの?」

「ええ、一応」

「それなら水野さんも一緒にどうかな?」

 申し出を受けた水野さんはちらりとお母さんを見やる。

「いいわよ。やるべきことはやったんだし」

「ありがとうございます」

 普段から敬語でやりとりしてるのか? 水野さんの態度はあんまりお母さんに対してのものって感じではないな。なんだか他人行儀に見える。

「それでは、ご一緒してもいいですか?」

「うん、もちろん」

 というわけで思わぬ形で当初のお誘いが叶い、三人で買い物をすることになった。

「水野さんはここにあるお店でどこかいいところ知ってる?」

「あ、はい。私もときどき行くところがあるので、そこでよければ」

「おお、じゃあ案内お願いしてもいいかな?」

 水野さんに連れられ、そこから少し歩いて辿り着いた店には同年代の女の子がいっぱいいた。置いてある服は、シンプルだけどきちんと可愛さを忘れていないという感じ。おそらく価格も控えめなんじゃないかと思う。

「どうでしょう」

「おー、いい感じだね」

「ふむ……」

 俺は店内をぐるりと見回す。なんかいろいろ種類がありすぎてどう選んでいいのかわからない。今まではTシャツにジーンズみたいな恰好しかしてなかったし。

「せっかくだから水野さんに選んでもらえば?」

「え? それは確かに魅力的だけど……」

 水野さんにアイコンタクトで伺いを立てる。

「別にいいですよ」

 ……なんか顔に浮かぶ微笑みが、やや邪悪に見えるのは気のせいだろうか。

「見繕ってくるので、そこの試着室の前で待っていてください」

 水野さんはそれだけ言い残して店内を回り始めた。

 言われた通り試着室のところで待つこと数分。いくつかのアイテムを手にした水野さんが戻ってきた。

「はい、どうぞ」

 黒いベスト。デニムのホットパンツ。以上。

「…………」

 いくつかっていうか二つだな。しかもどう見ても布の面積が足りてない。

 下のホットパンツはともかくとして、上がベストだけってどういうことなんだ。完全に露出狂じゃないか。中途半端に隠れてる分、余計にキモい気がする。

 でもせっかく水野さんが選んでくれたんだ。それを着ないという選択肢はない。

 一瞬の躊躇のあと、俺は水野さんからベストとホットパンツを受け取った。試着室のカーテンを閉めて制服を脱ぐ。足の無駄毛は剃ってあるのでご安心あれ。

 心を無にしてベストとホットパンツを身にまとう。

「……うん」

 俺は目の前の鏡という現実に背を向け、ゆっくりとカーテンを開いた。

 そんな俺の姿を目にした二人も、鏡の中の俺と同じ顔をしていた。

「……すみません。まさか本当に着るとは……って!」

 目のやり場に困ったように視線を彷徨わせていた水野さんの視線が、俺の太ももの辺りで止まった。

 ホットパンツの裾から、トランクスがはみ出していた。

「おっと」

「な、何をやってるんですか! 隠してくださいって!」

 あわあわと手を突き出して視界の中の俺のパンツを隠そうとしたり、自分の顔を覆ったりしてから思い出したようにカーテンを引いて無事俺を封印した。

 俺はささっと元の制服を身につけてもう一度カーテンを開いた。水野さんは一瞬警戒心むき出しの瞳を向けてから、安堵したように息をついた。

「まったく、どうりで明らかにおかしいとわかるような服を何も言わずに受け取ったわけです。まさかパンツを見せつけるためだったとはさすがに想像できませんでした。本当に性的欲求を満たすためなら天才的な機転を利かせる人です」

「いや、そんなつもりじゃなかったんだよ。だいたい水野さんが勧めてくれる服ならどんなのだって着るし。『この重量もなければ感触もない透明な服が似合いますよ』って渡されてもそれを着てみせるぞ」

「まず間違いなく捕まりますね」

 俺の水野さんへの愛は国家権力なんかに屈するほど弱くはないさ。

「……なんだか変な罪悪感があるので改めて普通に選んできます」

 水野さんは疲れのにじむため息をついて、試着室を離れていった。

 さっきよりも少し時間をかけて服を吟味してから、水野さんが戻ってくる。

 今度のチョイスは至って普通に見えた。花の意匠をところどころにあしらった白いトップスに、薄いピンクのフレアスカート。

 早速試着室に戻って着てみると、なかなかいい感じ。制服のときより雰囲気が柔らかくなった気がする。

 カーテンを開けて二人にも見てもらう。

 ……いや、なんで水野さんはまだちょっと疑い深げな目をしてるの?

「サイズも大丈夫みたいですね」

「うん。いいな、これ」

「気に入っていただけたようでよかったです」

「どうもありがとう」

 素直にお礼を言うと、水野さんはかろうじてそれとわかるくらいに微笑んだ。それから隣に立つ柑奈の方を向く。

「辺見さんは買わなくていいんですか?」

「え、私? うーん、そうだね。最近買ってなかったし私もそろそろ新調しようかな」

 そこでちらりと俺を見る柑奈。

「え? 俺が選ぶの?」

「んー、そうしてくれたら嬉しいんだけど」

「いやいや、俺にはさすがに荷が重いって」

「そっかー。……あ、それなら仁くんとおそろいにでもしちゃおうかな」

 冗談めかして言っていたずらっぽく笑った。それを見た水野さんが、あごに手を当てて何事か考えこむ。

「辺見くんとおそろい…………はっ」

 水野さんが何かに気づいたように慌ててその場を離れた。そして十秒と経たないうちに帰ってくる。何かを手で持っている風だけど、実際のところそこには何もなかった。

「辺見くんにはこの重量もなければ感触もない透明な服が似合いますよ」

「それはおそろいにしないよ!?」

 びしっと指さしてツッコミを入れる柑奈。

 なるほど。裸の王様ファッションをおそろいにさせて、柑奈の裸体を拝んでやろうということだな。その頭の回転の早さと突飛さはちょっと尊敬せざるを得ない。

 結局柑奈の服については、柑奈が決めたいくつかのコーディネートの中から俺が一番いいと思ったものを選ぶということになった。そのあとは当然の流れとして水野さんの服を柑奈が選び、それぞれ会計を済ませて買い物は終了。

 しかしよく考えてみれば、外見のブラッシュアップは好きになってもらうための基本中の基本だよな。女に見えるかどうかだけに気を取られて、それが水野さんの気に入るかどうかまで頭が回っていなかった。とんだ愚か者だぜ。

 でもこれならばっちりだ。連れてきてくれた柑奈に感謝しないとな。

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