第13話そうだ、働いてみよう。
放課後になると、俺は早速喫茶ラプレミディに向かった。
「ごめんくださーい」
挨拶しながら店内に入る。まだお客さんはいないようだ。店長さんらしきおばあさんはこの前と同じ場所に座っていた。俺の姿を認めると、大儀そうに立ち上がって出迎えに来てくれる。
「いらっしゃいませ」
「あ、すみません。私、璃里花ちゃんに頼まれて来たんです」
「璃里花ちゃんに? どういうことだい?」
眉間にしわを寄せ、しわがれた声で怪訝そうに尋ねてくる。
「璃里花ちゃん、熱を出してしまったんです。それで今日は亜美ちゃんって子のお誕生会があるから、代わりにプレゼントを渡してきてほしいって言われて」
「あらあら、璃里花ちゃんは大丈夫なのかい?」
「はい。結構つらそうでしたけど、安静にしてる分には大丈夫みたいです」
呼び方や心配そうな表情から水野さんと店長さんの仲のよさがうかがえる。単なるビジネスライクな関係じゃないんだな。わざわざ手伝いを頼んできたことから考えても、水野さんが亜美ちゃんだけじゃなく店長さんのことも大切に思っているのは間違いない。
「どうする? プレゼントは私が預かって渡しておこうか?」
「それなんですけど、璃里花ちゃんの代わりに私がお店の手伝いをしてもいいですか」
「ああ、本当かい? そいつは助かるね。薄給でよければお願いするよ」
「もちろんです。どうもありがとうございます」
「あんた、名前は?」
げ、名前とか考えてなかったぞ。
「へ、辺見です。辺見……
「仁美ちゃんね。私はこの店のオーナーの柴田富子だよ。よろしく」
とっさに自分の名前をもじって女の子風にしたら、なんか姓と名で韻をふんだみたいになってしまった。というか、そもそも店長さんに対して性別偽る必要なかったんじゃ……。
亜美ちゃんが来るまで、カウンター席に座って待たせてもらうことになった。
「お店はいつからやってらっしゃるんですか?」
「まだ今年で二年目だよ。ずっと店を開くのが夢でね。独りでコツコツためてようやく念願叶ったわけさ」
「璃里花ちゃんはどういう経緯でここに?」
この前からずっと気になっていた。
「お客さんとして来たのが最初だったね。しばらく通ってくれて、ある日ここで働かせてもらえないかっていってきたのさ。このお店の雰囲気が大好きだって言ってくれてね」
「あの古時計がいい味出してますよね」
「そうそう、璃里花ちゃんもそう言ってくれたよ。あれは私が産まれたときに、私のおじいさんが買ってくれたものなんだよ。私の分身みたいなものさ」
おお、水野さんも同じことを思ったのか。ちょっと嬉しい。
「最初は人を雇う気なんてなかったんだ。でもそのときはちょうどお客さんが増え始めて、忙しい時間帯は一人だとしんどくなってきたときでね。あの子も真剣だったし、まあいいかってことで雇うことにしたんだ。本当に端金しか払えてないんだけどね」
大切な居場所と言っていた通り、お金が目当てってわけじゃないんだろうな。
「――こんにちはー!」
入り口のドアベルが鳴るやいなや、そんなはつらつとした声が店内に響いた。
「やあ、亜美ちゃん。こんにちは」
「トミおばーちゃんっ」
小柄な女の子が勢いよく入ってきて店長さんに抱きついた。そしてぐりぐりと頭を店長さんのお腹にこすりつけてから離れる。この子が亜美ちゃんか。四年生くらいかな。
「リリおねーちゃんは? まだ?」
「璃里花ちゃんはね、今日お熱出しちゃったんだって」
「えー!? じゃあ来られないの!?」
亜美ちゃんの表情が落胆に染まった。本当になつかれてるんだな。水野さんがどう接してるのかなかなかイメージできないけど。優しいお姉さん風の水野さんもいいよな。
「代わりにこのお姉ちゃんが、璃里花ちゃんからプレゼント預かって来てくれたよ」
店長さんが俺を指して亜美ちゃんに紹介してくれる。
「初めまして。辺見仁美っていいます。リリお姉ちゃんじゃなくてごめんね」
「こんにちは。篠崎亜美です」
表情は沈んだままだったけど、きちんとお辞儀して挨拶してくれた。いい子だな。
すると再びドアベルが鳴って、今度は三十代後半くらいの男女が困り顔でやってきた。亜美ちゃんのお父さんとお母さんのようだ。
「こら、亜美。走らないでって言ったでしょ?」
「ママー、リリおねーちゃんご病気なんだって」
「あら、残念ねえ……」
慰めるように亜美ちゃんの頭をポンポンと優しく叩くお母さんと目が合う。
「璃里花ちゃんの代わりに臨時でお手伝いすることになった辺見です」
「あ、そうなんですか。今日はお世話になります」
お母さんが小さく会釈する。亜美ちゃんとご両親を席に案内してから店の奥に入り、店長さんからエプロンを受け取った。
「じゃあこれをテーブルに持っていっておくれ」
そういって店長さんが渡してきたのは、チーズケーキまるまる一台。柑奈が見たらよだれの洪水になりそうだ。上に載ったチョコレートのプレートには「亜美ちゃんお誕生日おめでとう」と書いてある。
俺がケーキを持って行き、続いてテーブルにきた店長がジュースを出すと、お誕生日会が始まった。お誕生日会といってもそんなに大層なものじゃない。ハッピーバースデーの歌を歌ってから、楽しくおしゃべりしつつ食事してケーキを食べるというだけのこと。
俺はといえば、一緒に歌を歌った後は他のお客さんの応対に徹していた。大したことはしてないけど、少しは店長さんが亜美ちゃんについていられる時間を増やせたと思う。
亜美ちゃんは終始笑顔だったけど、時折ふとした瞬間に見せる寂しそうな顔が気になった。やっぱり水野さんがいないのが悲しいんだろうな。
「じゃあ、プレゼントタイムにしよっか」
ケーキを存分に堪能したところでお母さんが言う。ケーキの残りは持ち帰るそうだ。
俺が店の奥においた鞄から預かってきた包みを取って戻ってくると、ちょうど店長さんがプレゼントを渡すところだった。
「はい、亜美ちゃん。お誕生日おめでとう」
「どうもありがとう!」
亜美ちゃんがそわそわした手つきで包装を解くと、中からピンクの髪飾りが出てきた。
「可愛い!」
「気に入ってくれたかい?」
「うん!」
亜美ちゃんは大きく頷いて、髪飾りを嬉しそうに胸に掻き抱いた。
今度は店長さんと入れ替わりで、俺が前に進み出る。
「お誕生日おめでとう。これ、璃里花ちゃんから預かってきたプレゼントだよ」
「ありがとうございます!」
元気な声でそう言ってくれたけど、やっぱりどことなく笑顔には陰りが見える。なんだか可哀想だな。俺まで申し訳なくなってくる。
「あ……」
プレゼントを開けた亜美ちゃんが小さく声を上げた。中身に入っていたのは写真立て。市販のものを水野さんがデコレートしたのか、縁にはいろいろな飾りがついている。
そしてそこに収まっていたのは、水野さんと亜美ちゃんのツーショット写真だった。
「う、ぐすっ、うえーん……」
それを見た亜美ちゃんは、とうとうたまらなくなったのか泣き出してしまった。
「ほら泣かない、泣かない。リリお姉ちゃんが心配しちゃうよ」
お母さんがなんとかしてなだめようとするけど亜美ちゃんの嗚咽は収まる様子がない。みんな気持ちがわかるだけに、どうしていいものか困り果ててしまった。
「ちょっと璃里花ちゃんに電話してみます」
俺はポケットから携帯電話を取り出して言う。
「でも体調崩されてるんじゃ……」
「苦しそうではありましたけど、さっきは会話だけならなんとかできていました。璃里花ちゃんも亜美ちゃんとお話したいと思っているはずです」
昨日聞いたばかりの電話番号に発信する。最初の発信がこんな形になるとは思ってもいなかった。出てくれるといいんだけど……。
「……駄目か」
しばらく待ってみたけど、結局留守番電話につながってしまった。一応メッセージは吹き込んでおいたけどあんまり意味ないだろうな。
壁際の古時計を見る。時刻はもうすぐ午後六時半になるところ。
さすがにもう学校にはいないかな……。
「まだ残っているかどうかはわかりませんけど、とりあえず学校だけでも行ってみますか? ここからすぐのところにあるんですけど」
「仮に残っていらっしゃったとしても、亜美が中に入ったらまずくないですか?」
「大丈夫です。私、結構問題児なので。怒られるのには慣れてますから」
俺が満面の笑みで親指を立てると、お母さんは苦笑した。
「それじゃあ、お願いしてもよろしいですか?」
「お任せください。店長さん、いいですか?」
「もちろんだとも」
店長さんの承諾を得た俺はエプロンを外してテーブルに置いた。そしてうつむいて泣きじゃくる亜美ちゃんの脇にしゃがみ込み、表情をうかがうようにして話しかける。
「亜美ちゃん、一緒にリリお姉ちゃん探しに学校まで行こうか」
「……ひぐっ、うっ、会えるの?」
「会えるかはわからないな。でも亜美ちゃんが泣くのをやめて、探しに行ったら会えるかもしれないよ」
俺が言うと、亜美ちゃんの泣き声が次第に小さくなっていった。やがて完全に静かになり、俺の方を見て小さく頷く。
「行く」
「よしよし、偉いね。だから特別にお姉さんがおんぶして連れてってあげよう。ほら、乗っていいよ」
しゃがみこんがまま、背中を亜美ちゃんの方に向ける。亜美ちゃんが俺の首に腕を回しておずおずと体重を俺に預けたのを確認してから、すっくと立ち上がった。
「さあ、行こう」
一度軽くジャンプして亜美ちゃんを背負い直してから、俺は店を飛び出した。
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