第7話そうだ、告白してみよう。
「ああ、もうよくわからん!」
いろいろ考えすぎて頭の中がぐしゃぐしゃになって収拾がつかない。もう難しく考えるのはやめよう。とにかく柑奈は俺とずっと一緒にいたいと思っている。今はそれでいい。
突然叫んだ俺をきょとんとした顔で見つめている柑奈に向き直る。
少なくとも、柑奈を性的な対象として見ることはできないと思う。ただそういうのを抜きにして、単に生涯共にするたった一人の相手として柑奈を選ぶ可能性がないかと言われると、それは違うと言える。
「柑奈の気持ちは嬉しいよ。俺だって柑奈のことは好きだ。正直父さんや母さんより柑奈の方が大事だし。でも知っての通り、俺は水野さんが好きだから柑奈の気持ちには――」
「え?」
え? 「え?」ってなんだ? 誰の声? 柑奈じゃない。俺でもない。小石でもない。当たり前だ。あとこの場にいるのは……。
「あ」
俺は呆けた顔で声の主の方を向いた。水野さんが無表情で俺を見ていた。
「なんて言いました?」
「はい、水野さんが好きです!!」
開き直って叫んでみました。もうどうにでもなりやがれってんだ、こんちくしょうめ!
水野さんは不意打ちの告白にかなり困惑しているご様子。無理もないことでしょうな。やってしまった当人だって困惑してるんですからね!
「ごめんなさい。私には辺見さんがいるので」
「大丈夫です! わかってました!」
俺は爽やかに笑って親指を立ててみせる。そりゃそうだ。さすがにこの展開からオーケーはあり得ないよな、うん。
「しかしなるほど。そういうことでしたか。どうりでいやらしい視線を感じるわけです」
「そんな目で見てたつもりはない……わけではないかもしれないですごめんなさい」
ああ、もう。こんなところまで正直になる必要ないのに。
水野さんは一瞬考えるような素振りを見せてから、観念したように苦笑して口を開く。
「もう完全に素を見せてしまっていますしこの際だから言ってしまいますが、実は私、男の人がすごく苦手なんです」
「あ、やっぱりそうなんだ」
俺が柏手を打つと、水野さんは目を瞬かせた。
「気づいてたんですか? 気づいてて平然と話し続けるなんてなかなか鬼畜ですね。怯える私を見て快感を覚えていたなんて恐ろしい人です」
「いや、確信があったわけじゃないから。この前喫茶店で働いてるのを見たとき、男の人とは目を合わせなかったからそうなんじゃないかなと思ったってだけで」
「すごい観察力ですね……。まるでモルモットを見つめる科学者のようです。きっといつも、あのいやらしい薬を投与したらいい顔を見せるだろうな、とか考えてるに違いないです」
なんだろう、水野さんは妄想が激しい人なのかな。俺はもともとヘンジン呼ばわりされてる人間だから、何を言われても大抵のことなら気にならないからいいんだけど。
水野さんは一つ咳払いをしてから改めて続ける。
「まあなんというか、男の人が怖いんですよね。目を見たり、触られたりすると体が動かなくなって、ひどいときは震えまで出てしまうんです。お話するくらいは一応大丈夫なんですけど、話し終わると一気に疲れがきます。それもあって、学校ではあまり人と関わらないようにしてるんです。変に気を使われるのも面倒ですしね。正直に言うと今もかなり緊張してるんですよ」
「そうだったんだ。今までの学校でもそうやって?」
「中学一年生の途中までは、女の子とは普通に話していました。それまではばれずに済んだんですよね。でもある日、クラスメートの男子が教室で公開告白のようなことをしてきたんです。その人が勢いあまって私の手を握ってきて……。私自身は記憶が曖昧なんですが、そのときの私は顔面蒼白で汗はだらだら、今にもこの世の終わりみたいな様子だったらしいです。それでやむなく事情を話さなくてはいけなくなって。卒業までずっとみんなに気を遣われて息苦しかったです」
なるほど。その息苦しさが嫌で、高校では隠してきたわけなんだな。女の子だけと付き合ってもいずれはばれてしまうことがわかったから、性別関係なく人付き合いを断って自分を近寄り難いキャラに仕立てあげたのか。
「まあ、そういうことなので私のことはすっぱりきっぱりあきらめてください」
とすると、これってもしかして水野さんが女の子を好きになったのとも関係があったりするのかな。その辺りは本人にだってわからないんだろうけど。
でも確かに、これがある限りいくら男の俺がアプローチしても不快な思いをさせるだけだってことだな。そうなるとなかなか厳しい気がしてきたぞ……。
「仁くんが水野さんのこと好きだとしても、私はあきらめないよ」
「え?」
あ、そうだった。柑奈の告白に応えてる途中だったな。
「男の人が苦手だって聞いただけで悩んじゃうくらいなら、振り向かせるのもそんなに大変じゃなさそうだしね」
そんなことを言っていたずらっぽく笑う柑奈。
「な、何を言うか。俺だってそう簡単にはあきらめないぞ。悩んでたのはこの先どう対処していくかだ」
そうだよ。恋ってやつは障害がある方が燃えるものだ。より恋らしい恋をしたいなら、困難な方がいいくらいじゃないか。何を弱気になっているんだ。
俺としたことが、柑奈に発破をかけられるなんて。
「辺見さんは、どうしてそんなに強気でいられるんですか?」
俺達のやりとりを聞いていた水野さんが、真剣な面持ちで尋ねる。
「だって私にとって仁くんはかけがえのない人だから。仁くんと一緒にいるときが何よりも楽しくて幸せなんだもん」
なんか面と向かって言われる分にはそんなに恥ずかしくないのに、他人に対してそういう話をしているのを端から見ていると、なんだかむずむずするな。
「ねえ、あの話しちゃってもいいかな?」
柑奈がこちらを向いて首を傾ける。
「あの話っていじめの? 別にいいけど」
「いじめですか?」
水野さんが眉間にしわを寄せて尋ねてくる。柑奈はこくりと頷いて話し始めた。
「実は仁くんがヘンジンって呼ばれるようになったのは、私のせいなんだ。私、小学校の頃いじめられてたことがあってね。いじめっていっても小学生のやることだからたかが知れてるんだけどさ」
「上履き隠されたりな。芸がないけど、やられる方も小学生だからそういう単純なのでもわりと傷つくもんだ。実際柑奈は大泣きしてたし」
「大泣きなんてしてないよ。ちょっと涙目になっただけだもん。でもそれで仁くんが、いじめっ子に話をつけに行ってくれたんだよね。なんでもしてやるから私をいじめるのをやめろ、って」
「我ながら青かったな。もっと他に方法はあったんだろうけど、その当時じゃせいぜいドラマの真似してかっこつけるくらいが精一杯だった」
今だったらどうするかな。やっぱりあんまり変わんないかもしれないな。
「それでいじめっ子たちが出した要求は、裸で校庭十周走ること。仁くんはそれを本当にやってのけちゃって、それ以来ヘンジンって呼ばれるようになったの。いじめの対象は私から仁くんに移って、でも仁くんは何をされても平然としてたからいじめは自然消滅。実際変なのは本当だから、ヘンジンっていうあだ名だけが残ったわけだね」
「俺へのいじめが始まったとき、柑奈もなんでもするから俺をいじめるのやめろっていじめっ子に言いに行こうとしたんだよな。それじゃあ俺が裸になった意味がなくなるから全力で止めたけど」
当時はそこまで考えてなかったけど、女の子が男に向かってなんでもするなんて言ったらとんでもないことだよな。
「だから私はそのとき、代わりに仁くんのためになんでもするって決めたの。仁くんを幸せにするためならなんでもするって。単に仁くんと一緒にいるのが楽しいっていうのもあるし、そういう決意もある。だから仁くんのことはそうそうあきらめられないんだよね」
「でも、血がつながってることを思うと気が引けちゃったりしませんか?」
「今まではそうだったよ。どうしようかずっと悩んでた。でも仁くんは気にしないって言ってくれたから。それなら頑張ってもいいのかなって」
照れ笑いを浮かべる柑奈。それを見た水野さんは、意を決したように息をついた。
「辺見さんは……本当に同性に好かれても気持ち悪いと思いませんか?」
「うん、もちろん」
柑奈が大きく頷くと、水野さんの表情がふっと緩んだ。
「それなら、私もあきらめません」
さっきまでの自嘲が嘘のような、清々しい笑顔だった。強い意志のこもった瞳が美しくて思わず見とれてしまう。俺の気持ちもますます熱く高ぶってきた。
しかしなるほど。俺の妹は俺のことが好きで、俺の好きな人は俺の妹が好き。言葉にするとなかなか混沌としているけど、これってある意味では三角関係の究極形なのかもしれない。
いわゆる三角関係っていうのは大抵友情か何かと愛と愛でできてるわけで、つまり二等辺三角形なわけだ。愛と友情の区別はよくわからないけど、大抵の当事者たちはそれを区別しているだろうからそう言っていいんだと思う。
それが俺達の場合は愛と愛と愛でできた三角関係。するとそれは正三角関係とでも呼ぶべきものなんじゃないだろうか。
うん、いかにも世の中的には間違ってるのに正とかついちゃうのがいかしてるな。
かくして、誰かが相手を振り向かせるまで永遠に終わらない、正三角関係のラブサバイバルが始まることになったのである。
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