第4話 決勝戦、開始。
先に動いたのはギースだった。
驚くべきスピードでその大木の幹のような左腕を『壱』の上から振りかざす。
『壱』は軽くさっと左によける、そもそもギースの一撃は『壱』の中心を外れており、避けるのは容易だった。
しかし、そのギースの叩きつけた地面が悲鳴をあげた。
一瞬のうちに地割れをおこし、まるでクレバスのように地面が割れた。その間を落ちて行った無数の小石たちのたどり着いた音はまだ聞こえない。
間髪入れずに、今度はギースの右腕が振り上げられる。
しかしこれも『壱』の左側に大きく逸れた。『壱』に命中する様子はない。
『壱』が、さっと右に避けたその時、ゴォォォォ、という音とともに地面が再び悲鳴をあげた。
『壱』の左側も地面が割れたのである。
これで『壱』は両側の地面が割れたことになる。
背後は岩山、前にはギース。
両方を地割れで挟まれた『壱』は、すでに孤立していた。
本来なら空を飛ぶなり、高くジャンプするなりのプログラムを持つプレイヤーもいたかもしれない。ただ、いまの壱の容量ではとても無理だ。
「チェックメイトだ、猿サムライ。お前はもう逃げられない」
ギースは両方の腕を高くあげ、とびきり大きな雄叫びをあげた。
再び世界の空気が揺れた。
壱は左手で、さっと胸元から直方体の塊を取り出した。
そしてそれを見ないで、ボタンを押すべく、顔の近くまで持ってくる。それを見てギースは笑い声をあげた。
「これは傑作だ、コマンダーを持ってくるとはな!」
その直方体の塊はコマンダーと呼ばれ、緊急脱出用のボタンがついていた。
このオルタナクレストの戦いは、例え仮想現実の世界ではあるものの、プログラムの作成には皆かなりの額の金が注ぎ込まれていた。負け戦でプログラムが壊されるくらいなら、さっとギブアップしてログアウトし、脱出を図りたい、そんなプレイヤーのために用意されている手段だった。いま壱はそのボタンを押そうとしている。
「猿サムライよ、結局お前は何もできずにギブアップするんだ、だがなそう簡単にギブアップなんかさせねーよ、お前のそのちっちゃなプログラムをぶっつぶしてやる、死ね!」
振り上げたギースの両腕は、地球を破滅させる規模の隕石のように壱の元へ振りかざされた。
次の瞬間、眩しい光があたりを包んだ。
その果てしない白のせいで、視界が一瞬完全に遮られた。その中で残ったのは、壱らしき影が空高く舞い上がった残像。その後、何が起きたのか皆よくわからないまま、5秒程度時間が過ぎた。
直後、彼らの戦うフィールドに大きく、こんな文字が現れた。
——WINNNER(勝者)! 『壱』 Congratulation!!——
嵐がやみ、空は明るさを取り戻した。それはゲームの終了を意味していた。
通常なら、これは決勝戦。この台詞のあとに、大歓声が湧き上がるはずだった。
しかし実際は違った。
異様なまでの静けさ。
そして残されたのは一匹のねずみ。
元々ギースがいた場所に、そのねずみは佇み、ただただチュウチュウと鳴いていた、壱の姿は見えない。
あまりの理解不能な状況に、実況の二人も仕事を忘れ、しばらく黙り込んでしまっていた。やがて、はっとしたミスター・ハンが3つの目をぱっちりと開いてから、言葉を発した。
「おっと、これはどうした? 勝者、『壱』となっていますが、彼の姿はどこにも見当たりません。一体何が起きたのでしょうか?」
ネズミとなったギースはチュウチュウ鳴いていた。
『おい、なんだよあれは。壱は緊急脱出したんだよ! ギブアップしたんだ、勝者になるはずがないだろ? 残った俺が優勝だ、早く表示を直せ!』
銀のメッキを反射させながら、マイクが何かを見つけ、アンドロイド風の高い声で呟いた。
「審査員が集まりましたね、審議をするようです」
集まってきた審査員は、鋭い耳と短足、口の周りのもじゃもじゃのヒゲは、まるでドワーフを思わせる小人だった。皆一様に白衣を着ているその生物が5、6人集まってきた。彼らは何やら話し合いを始め、そして一つの同じ画面を見ながら、何度もコマ送りにする。
そしてしばらくじっと固まったまま画面を見つめる。
ある時を境に、突然みな一斉に動き始めた。
あるものは肩をすくめ、あるものは首を振る。みな、表情が険しい。信じられない、今にもそう言いだしそうな素振りだった。
審査員の一人がマイクを通じて口を開いた。白衣を着たドワーフ、その頭には王冠のような豪華な被り物があった。どうやら審査員の中でも特別な存在のようだった。
「えー、大変お待たせしました。審査委員長のキル・ヴィレッジです。ただいまの現象を分析した結果、信じられない事実が判明しました。その映像を今からご覧にいれます」
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