第5話 カラクリ
突如フィールド上に現れた大画面に、壱がコマンダーのボタンを押そうとしているシーンが映し出された。
直後、力強くボタンを押した壱は空高く舞い上がったように見えた。
これはコマンダーによる機能が、壱がギブアップをしたと認識、外部からのおよそ5000Ted程度の容量を使って、一瞬にしてフィールド外の安全な場所へ連れ去り、ログアウトさせようとする現象。ここまでは予想の範囲内だった。
そして実際にフィールドから外に出るまでの時間は通常たったの1秒。普通のプレイヤーにとって、一瞬の出来事のはずだった。
しかし……
「ここです、よく見てください」
ちょうどその0.5秒後、舞い上がった『壱』は、一つの岩山に向かって、体を思いっきりぶつけた。そしてその反動のエネルギーを利用して真逆の方向へと向きを変えた。その行く先は、ギースの背中の中心。そこをめがけて、持っていた刀を一直線に向けた。
その時0.76秒、次の瞬間、壱の刀はギースの急所である背中の中心を、目にも止まらぬ速さで貫いた。
0.87秒、一瞬にして急所を貫かれたギースのプログラムは粉々にちぎれた。
0.96秒、クレストの勝者判定プログラムは壱を勝者と認識、その直後1.0秒、壱はフィールドから弾かれた。
こうして残されたのはプログラムをちぎられたギースであるねずみと、「WINNER 壱」の文字だった。
通常ならこんな現象は起こり得ない。
500Ted以上の容量を使用していれば、動きが鈍くなる。そのため、このような機敏な動きは絶対にできない。容量を210Tedと信じられないほど少なく抑えたが故にできた離れ業だった。
『おい、こんなの反則だろ! ギブアップしたやつは負けだ、そうだろ!』
審査委員長のキルは一つ咳払いをしてから続けた。
「審査員で検討をしました。壱はコマンダーを利用するという、妙な戦略をとりました。己の力ではないプログラムです」
そうだそうだ、とギースとギース陣営の者たちが声をあげる。
「しかし、オルタナクレストに反則はありません。勝者判定プログラムが認めたものを勝者とします。よって、勝者『壱』!」
一気に世界中から、わあああああ、という歓声が上がった。
緑の球体のハンがその三つの目をまるでお手玉のようにぐるぐる回転させながら、声だけは穏やかにハスキーボイスを発した。
「なんと、これはすごいことが起きました。クレスト史上初の出来事です。フィールドにいないものが優勝者! 壱、おめでとう、まさに零型戦闘機、ゼロ戦のごとく機敏な動きで、あの伝説の猛獣、ギースを打ち破った壱! カミカゼです、アジア勢で初のクレスト優勝者がここに誕生しました!」
中には壱の行動を、チートだと見下すものもいないわけではなかった。
しかし大方の者が、その予想だにしない戦略と勝利に酔いしれた。
わずか210Tedという小さい容量が、6480Tedという重量に、あっと驚く方法で打ち勝った。
そもそも、コマンダーを利用したとしても、その反動を利用し、一直線にギースの急所を貫くこと自体、空を飛びながら針穴に糸を通すくらい難しいことだった。
その事自体に、皆が震え、感動していた。
——やったな、壱。君は日本の誇りだ——
——感動をありがとう——
さまざまなメッセージを残して、多くの観客は「ログアウト」し、仮想現実の世界から現実世界へと戻っていった。
オルタナ界の格闘技ナンバーワンを決める大会「オルタナクレスト」はこうして幕を閉じた。
その一番の主役であるはずの『壱』本人は一足先にログアウトしてしまっていたのだが。
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