第62話 研一の告白2

「痛ってえな、お前さ。当てるなら筆箱がない部分にしろ」


 陽気な声で研一の頭にカバンをぶつけた竜也は相変わらずだった。

 大きく変わったことといえば……


「竜也くん」

「何? 雪ちゃん」

「その頭、似合ってるよ〜」


 竜也はまん丸くなった坊主頭をぽりぽりと掻いた。


「そ、そう? 最近ハリウッドでもさ、結構流行ってるらしいよ、このストリートアッシュボウズなんかは結構気に入ってるんだよね」


 その後雪は、くすくす、とこらえきれず笑い出した。


「何? 雪ちゃん、ひょっとして俺のことおちょくった?」

「んーん、全然!」

 そう言いながら、やがて腹を抱えて笑い出した。

「おい、研一もなんとか言えよ、お前の彼女だろ!?」


 竜也が坊主頭になったのはファッションからではなく、ある意味ペナルティだった。竜也ファンクラブ「タッツー」はしばらく順調に勢力を伸ばしていたが、ある時竜也がメンバーの一人に「手を出した」のがばれたのだ。この「手を出した」というのがどこまでなのかは公開されていないが、これによりある程度平等に愛してくれるということでバランスを維持していたファンクラブ「タッツー」は一気に崩壊。名称を「タッツー被害者の会」に変え、今では竜也の命を隙あらば奪おうとする集団と変貌と遂げていた。おかげで竜也は太陽の下を堂々と歩けない生活を送っている。

 坊主にしたのはとある会員の一人に、背後からお気に入りのロングヘアをばっさりとナイフで切られたため、謝罪の意味も含め思い切って坊主にしたのだった。しかも狙いは髪では無かったというから尚更タチが悪い。


 ふと竜也の視線の先、けやき並木の陰に誰かが半身で見えた。

 その目は鋭く、背後からは負のオーラが漂っていた。


「あ……まずい」


 竜也は思わずそう漏らすと、おびえながら後ずさりを始めた。

 次の瞬間、木の陰から女子高生3人組がものすごい剣幕で、竜也を追いかけ始めた。バッグの中にはきらりと鈍く光るものを隠しながら。


 ごめん、許してーーー! そんな声が、人混みの中に消えて行った。

 その直後、3人組が負のオーラを撒き散らしながら、研一と雪の横を竜也の方向目掛けて走り去った。


「これで竜也君も少しは懲りてくれるといいね」

 研一もその光景を微笑ましい表情で眺めた。

「そうだな」


 竜也の後ろ姿が完全に消えてから、研一は横に並ぶ雪を見つめた


「あのさ」

「ん?」


 そう言って振り返る雪の黒髪に、今でもなお研一は胸の鼓動が高鳴るのを感じていた。きらきらと、まるで真昼の星がこぼれおちそうだった。


「大事な話がある」


 珍しくキリっとしたその研一の表情に雪はにこやかだったその表情の色を落とし、首をかしげると研一の瞳を覗き込んだ。


「大事な話? まさか結婚してください、とか?」


 研一はなかなか口に出せないでいた。


「あの、え、と。もういち…」

「何? 良く聞こえない?」


 研一ははっきり言った。

「もう一年。高校生やることになった」


 想像していた内容とかけ離れたそのセリフに、雪は地面にうなだれた。


「えーっ? また留年? もう私待てないよ? 私が先に大学行って、イケメンに告白されたら、そっちになびいちゃっても知らないからね! ばいばーい!」


 そう言って走り出す雪を研一は必死で追いかけた。


「おい、ちょっと待てって、おい!」


 春の風はいつまでも優しく、暖かく、二人を包んでいた。

 いつまでも、いつまでも。


 ふと研一が何かの気配に気づき、振り返った。

 そこには気の早い桜が一つ花びらをひらひらと散らしていた。

 そして、それを見て一つ笑みをこぼすと踵を返し、また走り出した。



 時々研一は思い出す事がある。あの時のセリフはあながち嘘ではなかったと。


 ずっと前はオルタナなんてなくても過ごせていた。

 でも時代が変われば、やがてほとんどの人がオルタナ無しでは暮らせなくなる。

 そして俺らはこの仮想現実社会を利用しているようで、実はただこれに飲み込まれているだけなんだ。お金、恋愛、政治……そして命までも。

 例え、今後クラッシュの防御プログラムを何度構築したって、それを上回るプログラムはいくらでも出てくるだろう。その度に大事な命が奪われ、悲しむ人が出てくるのだろう。


 でも、俺らは生まれる時代は選べない。ただ与えられた時代を嘆き、喜んでいくしかないのだ。

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