第52話 最深層:決着

 再び壱が目を開けた時、目の前1センチメートルのところにBenkei:零の仮面があった。壱の頬から冷や汗がぽたりと垂れる。破壊の鉄拳は壱の鼻のすぐ前まで来ていた。壱は思わず挨拶をした。


「こ、こんにちは」


 それに対する答えはなかった。

 代わりに、仮面がまずひび割れ、その隙間から青白い光が解き放たれた。それは連鎖するように胴体、四肢へと広がっていった。そのままその塊は空中分解し、すうっと消えた。

 ふと見上げると、壱の先ほど投げた天叢雲剣あめのむらくもが天井に突き刺さったままだった。


「お見事。最深層、クリアです。まさかあんなところにフォームを隠すとは。例えるなら、家に侵入されないように入口を庭のマンホールに作ったようなものです」


 壱は、脱力し、その場に倒れこんだ。

 それから一つ目を閉じ、深いため息を吐く。


——助かった——


 大の字になり地面に身を任せたまま、顔を横に向ける。その先に、ぼんやりと遠くに一つの景色が見えた。

 壱はすっと立ち上がると、視線を落としたまま、右手を挙げる。

 するとそれを待っていたかの様に、天井に突き刺さっていた天叢雲剣あめのむらくもが嬉しそうに宙を回転しながら、その壱の手のひらに柄がぱしっと収まった。そしてそれを滑らかに鞘に収める。それからちらっと雪をみた。雪もこちらを見ていた。

 その視線に導かれ、壱はゆっくりと距離を縮めていった。そして死神にとらわれ、座り込む雪の前にしゃがみこむ。雪はしっかりと壱の瞳を見つめていた。


「ありがと、研一。かっこ良かったよ」


 ありがと。

 さっきとは違うその暖かさを壱ははっきりと感じた。今回は遠くではない、今まさに自分の胸の奥にその言葉は届いた。

 雪が無意識に手を差し出す。

 壱も感じるままにその手を取った。そしてゆっくりとその表情を近づけていった。見つめ合う壱と雪。それは満天の星空に浮かぶ太陽と月のように惹かれあい、今まさに重なろうとしていた。その時、


「みなさん、お疲れ様でした。プログラムも無事でした」


 その言葉で、一瞬にして、壱は元居た場所の研一に戻った。

 汚れた白いTシャツと、青い短パン。首元には鎌、そして後ろの死神。手の届きそうで届かない、雪との微妙な距離。

 Jの作っていたフィールドが解除されたのだ。


「これで全てのプログラムが揃いました。あとは最終仕上げなのですが……どうしたんですか? 二人とも」


 雪は顔を真っ赤にして、うつむいていた。研一も同様だった。


——ちょっとは空気読めよな……

 

 そんな研一のセリフは声に出さないでおくことにした。


「最終仕上げですが……これはケンイチにはちょっと胸が痛い話かもしれません。心して聞いてください」


 そう前置きしてから、Jはちらっと研一の表情を伺った。


00:54:51

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