第51話 最深層:絶体絶命

「無いってことはないだろうよ、どんな金庫にだって鍵穴はどこかにある」


 直後、飛び込んできたBenkei:ゼロから繰り出される左アッパーを防ごうとした瞬間、壱の持っていた天叢雲剣あめのむらくもが思わず手元から離れた。それはまるでスローモーションのように、くるくると回転しながら、宙を舞う。きらきらと輝きながら弧を描くその刀は、そのまま少し離れた地面に、からん、と音をしながら落ちた。

 すかさずそれを取りに走る壱。しかし、あと一歩のところでその動きが止まる。


……なんで? 動けない?……

 

 振り返ると、不死身の怪物が壱の袴の裾を足で踏んづけていた。

 そのため先に進めなかったのだ。バランスを崩した壱は、天叢雲剣あめのむらくもの横に仰向けになって倒れた。

 武器はない、そして仰向けという無防備。意味するところは絶体絶命だった。


 怒り、憎しみ……まるでこの世の全ての黒い感情を纏ったような最深層のその番人は、壱に対して全く情けをかける様子もなく、そのまま上に馬乗りになった。そして振り上げられた右手の拳。猛々しい面が恐ろしく浮かび上がる。


……ここまでか……


 そう思った次の瞬間、フィールドに変化が起きた。


「やめてーーーーーー!!!」


 その声はフィールドを揺さぶるような雪の叫び声だった。

 もちろん振り上げられた拳はそんな声に耳を傾けるはずもなく、狙った獲物を仕留めるべく拳に力を入れた。そしてそれを振りかざそうとしたまさのその時だった。

 

 壱の視野に違和感が走った。


 怒りの仮面の少し右、白い袈裟の左肩越し、天井の一部。そのとある一部分が先ほどの揺れに反応せず、同じ景色を保っていた。

 壱は反射的に横に落ちていた天叢雲剣あめのむらくもを右手で握ると、それを天井のその部分目掛けて放り投げた。 


 目の前に迫る白い袈裟、憎しみの仮面、そして迫り来る拳に壱は全力で目を瞑った。


01:28:51

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