第50話 告白に対する雪の返事

「ねえ、ちょっといい!?」


 雪の叫ぶ声が、かろうじて壱の耳に届いた。


「後でも……いいか……な? 今ちょっと手が……放せ……なくて」

「でも、今がいいと思う」


 力を緩めたら、ただちに壱の鼻筋を破壊するだろう拳を、目の前で天叢雲剣あめのむらくもで耐えながら、壱は答えた。 


「あの、私……」


 ほとんどその言葉は壱には届いていないように見えた。


「私ね、今まで告られて、考えておいてあげるって言ったとき。断ったこと一度もないから!」


 へ?


 壱が一瞬だけ、雪の方に目をやったその時、Benkei:ゼロの右拳は振り上げられ、壱の左頬を叩打するところだった。


「ケンイチ、危ない!」


 突如、壱の頬とその拳の間に虹色のプレートが現れた。その平面に拳が破壊的な威力で叩きつけられた。

 その際に流れたビリビリという電流に、思わずおののくBenkei:ゼロ

 虹色のプレートはJの送り込んだ、マルウエアだった。

 突如現れたプレートに痺れ、しばらく固まっていたBenkei:ゼロ。その憎しみの表情はゆっくりとJのスクリーンに向けられた。それはまるでその視線の先を睨み殺す様な凄みがあった。おもむろに右手を挙げ、スクリーンを指差す。次の瞬間、Jのスクリーンが真っ暗になった。


「J!? 大丈夫か?」

「はい、僕は問題ありませんが、これでこのフィールドへアクセス出来なくなりました。あとは一人で頑張ってもらうしかありません。ケンイチ、お願いですから集中してくださいね」

「……集中してくださいね、だと? そもそもこんなことになったのも、お前がこんなところに大事なファイル隠すからだろうが! ちゃんと再侵入しやすいようにバックドア(裏口)つけとけ!」

「そんなことしたら、他の誰かにアクセスしやすくなるじゃないですか。隠す意味がなくなります」


 そんな会話が終わる頃に、Benkei:ゼロは、きっ、とその視線を壱に戻した。首をくねらせ、両手を胸の前で握るとぽきぽき言わせた。肩を上げたり下げたりと全身をリラックスさせ始めた。さあ、もうそろそろ決着をつけようか、そんな声が聞こえてきそうだった。


「J、まだ見つからないのか?」 

「はい。解錠設定日を今の時刻に合わせるところまでは完了しています。後はフォーム見つけるだけなのですが、不思議なことにそれが、全く見当たりません」


01:42:10

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