第44話 クラッシュ後にしたいこと

 Jはスクリーンの中で、微塵も無駄のない動きで世界中に散りばめた「カオス」の断片を集めていた。


「ねえ、研一君?」

「ん?」

「私たち、助かるのよね? これで」


 きっとその質問には答えを要求されてはいなかった。何気なく浴びせられたその言葉に、研一はただ遠くを見つめていた。雪もまた別の遠くを見つめると、生き生きとした瞳を浮かべる。


「私ね、まだやりたいこと沢山あるんだ。南の島へ行って、ホエールウォッチングとか、オーロラみたりとか。あ、あと南極にも行ってみたい!」


 研一はただうなずいていた。


「でも南極って寒いんだよね、体鍛えないと、きっと風邪ひいちゃうね」

「大丈夫だよ」


 研一はぼそっと答えた。


「そう? 私すぐ風邪ひいちゃうんだよ?」


 研一は首を横に振ると、


「いや、そうじゃなくて、南極は寒すぎて風邪の原因になるウイルスも生きていけないんだ、だから風邪ひく事はない」


 雪は目を大きく見開いた。


「本当に? 良かった、これで一つ心配が無くなったよ、ありがとう!」


 雪の瞳から満面の笑みがこぼれた。


 クラッシュから抜け出したら。

 その仮定にどれだけ意味があるのだろうか。最後の方法、「カオス」の起動だって今まで一度も動かしたことのないプログラムだ、本当に動くかわからない。しかもそれが動いたからといって、このクラッシュが本当にリセットされる保証はない。強制ログアウトの状態になって、即死する可能性も十分ある。

 ただ、今はそんなことを考えている余裕はない。この最後の方法に望みをかけるしかない、そう研一は自分に言い聞かせていた。


 ふと、ぼそっと呟く研一の声がした。


「あの、雪さ」

「ん?」

「俺もこのクラッシュから抜け出したら、したい事がある」


 研一は白い汚れたTシャツに短パン。首を鎌でかけられながらも、足をもじもじさせた。


「うん、何?」

「あの……もし良かったら、俺と……いや、何でもない」

「え? なに、ちょっと。気になるじゃん」

「いや、いいんだ。気にしないで」

「そこまで言っておいて何? そこで止めるってどういうこと? ちょっとそれひどくない??」

 

「あの……お取り込み中失礼しますが、大事なお知らせがあります」


 突如割って入ったJの声にここぞとばかりに、研一は飛びついた。 

「おう、何だ。どうした?」


 あ! ずるーい、逃げた! そう呟く雪の声を研一は聞こえないふりをした。


「お待たせしました。カオスを起動させるためのプログラムもほぼ集まり、残すは後一つとなりました。ですがこの一つが……」


 リミットはもう既に残り4時間まで迫っていた。


04:08:12

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