第43話 幻のプログラム「カオス」

「その昔オルタナを荒らしまくってた1人のハッカーがいた。一流企業の機密情報をリークしたり、政府の極秘資料を面白半分でオルタナ上にばらまいたり。それはひどいやつだった。

 そいつのハンドルネームは69ロック。その69ロックがある時、一大発表をしたんだ」

「発表?」

「そう、このオルタナを一気にぶっ壊すプログラムを開発したってな。使われたくなけりゃこれだけの金を払えって」


 そう言って研一はジェスチャーでその金額を雪に伝えた。

 それを見て雪は目玉が飛び出しそうになった。


「そんな、国家予算にあたる額じゃない!」

「そうだ、だが、もしそのプログラムが本物だったら、被害総額はこんなもんじゃ収まらない。アプリコット社は後一歩でその額を支払う準備をしていたんだ、だが……」

「それで?」

「——それを境に69ロックは消えた」


 食いついていた雪の表情が白くなり、口をぽかんとあけた。


「消えた?」

「あぁ、まったく表舞台に姿を現さなくなったんだ。派手好きだったやつのパフォーマンスは一切オルタナ上から消滅した」


 Jも一つ大きくうなずいた。


「真実はよくわからない。実在の人物を特定されて消されたという説もあれば、実は既に金を受け取って、このオルタナの世界から足を洗ったとも言われている。だがそれから年月が経つと、ある一つの疑問が湧き上がった。

 そもそも、本当にそんなオルタナをぶち壊すようなプログラムがこの世に存在したのか? だ」


 雪は一つ唾をごくりと飲み込んだ。


「それで? 見つかったの?」

「そのプログラムは『カオス』と名付けられ、その後沢山の名立たるプログラマーが名声を得るために、このカオスを開発した、と名乗り出た。だが結局どれも偽物だった。オルタナを一瞬でぶちこわせるプログラムなど作り上げられるものもいなかったし、結局存在すらしなかった。

 いずれこの『カオス』というプログラム自体本当は存在しなかったのではないかと囁かれるようになった。

 そして今、そのプログラムはある意味都市伝説のように、実在したかもわからない幻のプログラムとしてオルタナユーザーの中に知れ渡っている」


 クラッシュの灰色の牢獄の空間に、忘れかけていたどこかの店のBGMが虚しく響き渡る。


「そんなプログラムをJ君が開発出来たってこと?」


 Jは大きくうなずいた。

「まだセミファイナルテストをクリアしただけで、ファイナルテストはこれからだったんです。ただ、セミファイナルテストをクリアしたのは、歴史上で僕だけです」

「ちょっと待って」


 雪は鋭い眼差しをJに向けた。


「何でこのJ君がそんな乱暴なプログラムを持ってるわけ? J君は本当は悪者なんじゃないの? まさか……」


 一呼吸おいてから、雪は、


「まさか、J君がクラッシュの犯人だったりして! じゃないとこんなこと出来ないよ、きっと!」


 Jと研一は目を合わせたあと一つ大きくため息をついた。


「ユキ。僕はホワイトハッカーなんです。違法なプログラムを先に開発し、それに対する防御策を先手を打って作っておく事によって、本当の悪のハッカーからオルタナを守る。そのために開発をしていました。

 今回のクラッシュの解明チームに選ばれたのも、この『カオス』のプログラムのセミファイナルをクリアしたからなんです」


 なーんだ、そういうことか、そういうと雪は肩をなで下ろした。

 その様子を確認してから、Jは続けた。


「このプログラムはあくまで研究用、万が一誰かに使われそうになった時に、その対応をするための参考プログラムとして開発したのですが、まさか本当に実行する日が来るとは思ってもみませんでした。ただ、今日を除いていつ使う機会があるでしょうか」


 研一と雪は一度お互い目を合わせてから、再びJを見る。そして大きく頷いた。


「分かった。早速始めてくれ」

「はい、ただ、時間がかかります。世界中に散りばめたプログラムの断片を収集し、連結。そして起動させるまで……えー、必要な時間は、6時間と2分です」


 咄嗟に研一は時計を見た。


「何だって? もう一度言ってくれ」

「所要時間は6時間と2分です」


 研一の視線はリミットの時計に鋭く引っ掛かったままだ。そしてまじまじとその数字を確認する。研一が確認したリミットまでの時間、それは6時間と3分だった。


「待てJ、余分な時間は1分しかないぞ?」


 Jは首を横に振った。


「違いますケンイチ。1分もあるんです。この方法に賭けるしかありません。さあ始めますよ」


 そういってJはオルタナ上に分散させたオルタナ崩壊プログラム「カオス」の断片を集め始めた。


06:01:23

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