第45話 N.C.E. その深みに潜入

「どうした? 何か問題でも?」


 Jは声のトーンを落とすことなく、滑らかに答えた。


「いえ、そうではありません。ただ残り最後のプログラム、カオスを起動させるための心臓部位とも言える.exeファイルを隠しておいた場所なんですが」


 Jはワンテンポおいてから続きを口にした。


「.exeファイルの隠し場所、それはN.C.E.社です」


 研一の肌から血の気が引いた。

 辺りの空間が一気に凍りついた気がした。思わず手足が痺れる感覚すら襲ってきそうだった。


「何で……嘘だろ?」

「本当です」


 研一はその場にうなだれた。そして天を仰ぐと大きくため息をついた。


「あの……一応確認しとく。ちなみに階層は?」

「もちろん最深層です」


 そうだよな、そう呟いてから再び青い顔をした。

 その青い顔をみて、雪もことの重要性に気づき始めた。

「『エヌシーイー』? 聞いたことはあるわ。確か日本のIT企業だったよね?」

「あぁ。世界でもトップクラスのセキュリティーを誇る会社だ。おいJ」

「はい?」

「俺はお前をアホだと思ったことは今までなかった。だが今回だけは違う、お前なんてとこにプログラム隠しやがった」

「ええ、あそこなら誰にも見つからないと思って」


 そりゃそうだけど……そのつぶやきは空気にかき消された。


「ねえ、ねえ。J君はN.C.E.社と関係があるの? そこに大事なプログラムを隠してもいいですか、って言って隠してもらえる間柄??」


 研一は大きくかぶりを振る。


「いや、違うよ。勝手に忍び込んで、大事なプログラムを隠す。そんで必要になったら勝手にハッキングして引き出す、そんだけだ。N.C.E.社には気づかれないようにな」


 人ん家の金庫を拝借しているようなもんだよ、と研一は付け足した。

 ふーん、と雪は上唇を鼻につけ口を尖らせる。


「そんでさ、研一君とかJ君の力をもってしてもその『N.C.E.』にハッキングするのって難しいの?」

「はい、参考までにお伝えしますが、N.C.E.の最深層は年に一度しかアクセスが出来ません。それだけ頻繁にはアクセスしないような重大な機密事項のみが保管されているといいます」

「年に一度? そんな、都合よく今日開くの?」


 研一はその空気を壊さんばかりに大きく首を振った。


「いや、開かない、開くはずがない。元々一年に一度しか開くことを想定していない領域に、こんな部外者が今アクセスしようとしているんだ、どれだけ無茶な事をやろうとしてるかって分かるだろ?」


 確かに。そんな雪の声が漏れた。


「できるの?」

「時間があれば。ただ、この短時間であそこの最深部に潜り込めるのは『G××』くらいの名の知れたハッカーくらいだ」

「それか、僕とケンイチの最強タッグか。さあ、時間がありません、早速潜入ハック開始しますよ」


 はいはい、そう言うと研一は頭を一つぽりぽりと掻いてから背筋を正した。


「ご存知の通りN.C.E.社のセキュリティは3層になっています。1層目から順に潜っていきます。その都度セキュリティプログラムが作動しますので、それを僕がわかりやすいようにビジュアル化します」


 するとあたりのワンルームほどの牢屋のスペースは、突如茶色のレンガで構成された洞窟へと変貌を遂げた。それはまるで昔の迷宮ゲームを連想させた。前を見れば吸い込まれる様な闇へ続いており、後ろを見ても同様、一本の道だった。Jのスクリーンと、雪だけが、その洞窟の中に変わらず残された。


「あれ? 何これ……場所が変わった。あ! 研一君、その姿……」


 気づくと研一はその場に立ち上がり、長髪は後ろで束ねられ、モスグリーンの上着に、漆黒の袴と帯刀。いつもの「壱」の姿に変わっていた。


「今僕が作り上げたフィールドでは、一時的にケンイチを壱として動ける様に設定しました。また侵入者を拒むセキュリティプログラムが、敵としてビジュアル化されます。『壱』にはセキュリティプログラムの攻撃を回避してもらいながら、僕が探し出したフォーム、通常はID、パスワードを入力するためのものですが、そこにケンイチの天叢雲剣あめのむらくもを一突きしてもらいます。そうすれば、セキュリティーは解除されます。準備はいいですか?」


 壱の前髪が、さらさら、と揺れた。


「あぁ、いいよ。いつでも来い」


 こうして、N.C.E.社、第1階層への潜入ハッキングが始まった。


03:47:50

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