第46話 N.C.E.  第1階層

「早速お出ましです、もう僕らを嗅ぎつけたようです」


 洞窟の奥、暗闇の中。何者かの息遣いが聞こえる。

 それと同時に、よだれをすするような、ずるっ、という声も紛れていた。

 壱は反射的に持っていた天叢雲剣あめのむらくもを耳の横に立てる。


 ガルルルルルー。


 闇の中から、ぬぅっと現れたのは、ピンクサーベルタイガーと呼ばれる、人間より一回り大きいピンク色のトラだった。2本の白い牙はその顎に収まらず、その洗練された全身の筋肉は引き締まり、今まさに壱を捕獲し、噛み砕く為だけに存在していた。その猛獣が体勢を低く構え、その飛びかかる時を今か今かと伺う。口元から、どろっとしたよだれが垂れた。


「何これ……研一君、大丈夫なの?」

「あぁ、おそらく……な」


 Jはせわしなくキーボードを打つ手の動きをしながら、口だけ研一に向けた。

「ケンイチ、一つ確認しますが、最初に言った通りクラッシュに陥ったユーザーは外部からのコンタクトを受けた瞬間、プログラムが消去されます。それはこのフィールドでも同じです。すると必然的にセキュリティプログラムにいかなるコンタクトもされてはいけません。相手から触れられた瞬間、ゲームオーバーです。いいですね?」


 壱は一つ息を吐くと、少し腰を落とした。その無駄の無い構えはそのフィールド全ての空気を察知しているようだった。

 まばたきする間もなく、サーベルタイガーは壱をキッ、と睨んでから飛びかかった。

 それをまるで知っていたかのようなタイミングで壱は、敵に背を向けたかと思うと、バック転をするように宙を舞うとサーベルタイガーの背中の中心に、天叢雲剣あめのむらくもを一突きした。


 ぴた、っとピンクサーベルタイガーの動きが止まる。


 その後、その巨大な獣の体一つ一つの細胞がまるでひび割れるように崩れ始め、その隙間からまばゆいばかりの青白い光が放たれた。

 そのまま、サーベルタイガーの体は空中分解したかと思うと、その中から鍵穴が現れた。そしてそれはみるみるうちに大きくなり、その空間を飲み込み始める。


「第1階層クリア。お見事です、壱」

「研一君、すごい!」

 雪は全力で、手をパチパチさせた。

 壱は慣れた手つきで、天叢雲剣あめのむらくもを鞘に戻した。 


「天下のN.C.E.も第1階層は可愛いもんなのにな」

「次行きますよ、第2階層です」


 そのJの言葉を聞き流しながら、壱は袴についたほこりをはたいた。


03:31:37

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