第18話 ディズニー・ワンダーランド

「あぁ、楽しかった! やっぱオルタナってすごいね」


 ディズニー・ワンダーランドの一番の絶叫アトラクション、スペースサンダー・マウンテンに乗ることが出来て雪はご満悦だった。一方研一は裏アプリを全力で駆使して、体感スピードを通常の5分の1まで制限したにもかかわらず、酔っていた。


 そんな研一を横目に、雪は興奮して喋り続ける。

「あの、雲の中に飛び込んだり、空から落下したりとかすごいね。山の上からレールが外れた時はどうなるかと思った! こんなの現実の世界じゃ体験できないね!」


 研一は深呼吸してから、やっと声を絞り出した。


「そ、そうだな」


 そして今一度、世の中に何故絶叫マシンというものが存在するのか、理解できないでいた。


「研一君、大丈夫? 顔色悪いよ? 何か心配事でもあるの?」

「いや、大丈夫だ。ちょっとあそこ座ろうか」


 雪が研一の指差した方角に目をやると、そこはシンデレラ城前の休憩スペースだった。そこに置いてあるテーブルとセットになった椅子、雪はそれを引いて研一が座れるようにした。


「何か飲みものでも買ってこようか?」


 研一はさっと手のひらを見せ、大きく首を横に振った。


「いやいやいやいや、いい。俺が買って来るから。ちょっと待って」


 そう言ってから、ゆっくりと深呼吸をする。そのまま売店へ向かおうと立ち上がった勢いで、おえっと吐き気がこみ上げた。


(こんな所までリアルに再現しなくてもいいのに)


 研一はそのオルタナの精密な再現性を恨んだ。


 数分後、研一が持ってきた物を見て、雪は歓声を上げた。


「何これ、すごい……」


 研一が、とん、と机の上に置いたのは「ピュア・サンデー」。女子高生の中で今一番人気のあるスイーツだった。高貴な、まるでガラスの靴を思わせるカップに、団子サイズのミッキー、ドナルドを始め、あらゆるディズニーのキャラクターが何種類も詰まっていて、最上部には花が咲いていた。そして数秒に一度、小さな花火がグラスの上で打ち上がる。その度に、ミントの香りが充満した。


「ところでさ、何で研一君と一緒だと、ディズニー・ワンダーランドのアトラクション、早く乗れるの? 私、大体1時間待ちって聞いてたけど、まだ2時間なのに、もう6個位乗ったよね。結構みんな並んでそうなのに」


 ディズニーランドのオルタナ版、ディズニー・ワンダーランド。仮想現実のアトラクションと言えどもサーバーへの負担などを考えると、一度に楽しめるユーザーの数は限られる。そのため待ち時間という運命はやはり付きまとうものだ。しかし研一が持っている「脱獄」アプリ、『ゴールドパス』があれば、待ち時間を「改ざん」できる。各々のアトラクションを管理しているサーバーにアクセスし、待ち時間をいじればほとんど待たずにアトラクションを楽しめることができる。

 また、今研一が持ってきたピュアサンデーも通常なら、個数限定で本日はとっくに売り切れていたのだが、オルタナ上のほぼ全てのプログラムを意のままに操れる研一からすれば、手に入れるのは簡単だった。


「今日が平日だからじゃないか。あまり混んでないんだよ」

「そう? 結構並んでたよ?」


 そう言って、雪がピュアサンデーの蓋を開けようとすると、何かが引っかかって開かない。


「あれ? 研一君。これなんか鍵がかかってるみたいで開かないよ?」


 研一はそれを見て、あっ、と声をあげた。


「そうか、お前はまだ『脱獄』してないから、開けられないのか。ちょっとコマンダー貸して」


 よく分からないまま、雪はコマンダーを研一に渡した。それを受け取ると、研一は慣れた手つきで操作を始める。様々なサイトへアクセスし、ダウンロード、そして展開。それらいくつかの作業が終わった後、画面には筆で書かれた様な中国語がゆっくり浮かび上がった。それをしばらく研一は見つめると、やがてそれらはすっと消えた。そして見たことの無い「バー」が画面下に現れる。そのバーが全て満たされると、complete、完了の文字が表示された。


「今日限定で『脱獄』させた、これで今までできなかった色々な事が出来る様になる。一応明日には自動的に戻るようにしておいた、これでピュアサンデーを食べられるぞ」


 雪は顔をしかめたままコマンダーを受け取ると、ピュアサンデーを開けてみた。


「あ、開いた! ありがと、研一君。いっただきま〜す」


 スプーンで一つの白い白玉程の大きさのミッキーをすくうと、口に入れた。


「うわ、すごい。口の中でとろける!」


 口に入れた瞬間、その丸はまるで宇宙へと広がる様に弾けると、そのままふわっと消えていった。そしてほんのり甘いストロベリーの香りだけが残る。次々とそれらを雪は頬張る。食べるほど、ガラスのカップが徐々に小さくなり、食べやすく変形していった。


「ところでさ、お前さ」

「雪でいいよ」

「そっか、じゃあ、雪。お前さ、彼氏とかいないの?」

「ほぇ?」

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