第13話 オルタナポリス
「まずは簡単なところから行くぞ」
まず研一が最初に案内したのはトラブルで困ったら助けてくれる、オルタナポリスだった。
ポリスボックスと書かれた建物に入ると、カウンターの上には先ほどと同様のサッカーボール程の大きさの、白い球体が浮かんでいた。
「初めまして、雪さん。オルタナの世界はどうですか?」
「は、はい、どうも。どうって言われても……ねえ、研一君。これロボットなの?」
困惑の表情で伺う雪に、研一は口元を緩めた。
「大丈夫。見た目はそう見えるかもしれないが、実際は生身の人間だ。安心して喋ればいい」
雪は力無く頷いた。
「いいよ、すごく。どんなことが始まるのか楽しみ」
白い球体はにっこり微笑んだ。
「それは良かったです。何か困った事がありましたら、遠慮なくご相談ください」
それを聞いて研一の表情を確認すると、雪も思わずほっと安堵の表情が滲み出た。
その直後、雪は部屋の奥の、その隅に浮かぶ黒い球体が目に入った。
「研一君。あの黒いのは何?」
研一の目が一気に鋭くなった。そして小さく、低い声で呟いた。
「あれはブラックポリス。オルタナ界で唯一バイオレンスプログラムが
雪は首を傾げた。
「ばいおれんす? ぷろぐらむ?」
研一は体勢をさっと雪の方へ向けると突然、腕を振り上げ殴りかかった。
「つまりこういうことだ」
きゃっ、そういって雪が目をつむった。そしてしばらくして、恐る恐るその目を開けると、研一の腕がまるでスローモーションのように雪の頬にゆっくりと辿り着く映像が目に入った。
そしてその直後、どこからともなく機械音のアナウンスが響いた。
——警告、警告。バイオレンスを感知しました——
それを聞いて雪は眉をひそめた。
「どういうこと?」
研一は止まっていた腕を元に戻すと、一つ身だしなみを整えた。
「オルタナ上の、ここみたいなノーマルフィールドでは暴力行為や窃盗行為が出来ないようになっているんだ。もしそのような行動をしようとすると、自動的にその行為が出来ないようにリミット、つまり封じられるようプログラムされているんだ、だから犯罪は起きない。ただ中には違法プログラム、通称『脱獄』をすることによって、そのリミットを解除する奴もいるんだ。そんなユーザーを取り締まるのがあのブラックポリスだ」
へえ、そう言いながら再び黒い球体に目をやろうとした雪のこめかみを、研一ぐっと掴んだ。そして力づくでさっと、視線をそらさせる。
「あまりじろじろ見ない方がいい。時にはじっと見ていただけで、容疑をかけられてプログラムが拘束され、壊されることもあるんだ。あんなちっちゃい球体だが、一つで体育館ほどのプログラムを一気に破壊できるポテンシャルを持っている。1人の人間なんて一瞬で粉々だ」
雪はそれを聞いて、さっとブラックポリスに背を向けた。そして背筋をピンとさせた。
「はーい、わっかりましたー!」
そう言って敬礼の合図をした。
ブラックポリスがギーという音とともに、研一も見つめた気がした。
その心の奥を覗かれたような錯覚に陥った研一は、思わず視線を落とし、唾を一つ飲み込んだ。
「さ、行こうか」
そう言って、2人はポリスボックスを去って行った。
その次に案内したのは、公共料金などを支払う窓口や、あらゆるショッピングストアやレストランににつながっているエントランス・モールだった。
それぞれ歩いて移動もできるが、オルタナでは一瞬で移動する事も出来る。コマンダーと呼ばれる、全ての特殊機能を扱うためのスマホに似た端末を利用するのだった。コマンダーのムーブボタンを押す事で、行きたい場所へ一瞬で移動出来た。
「いやー、オルタナってすごいね。そして研一君ってよく知ってるね、オルタナの事」
「まあな、よく使ってるからな」
「ただね、まだ一番大事なとこ教えてもらってないんだけど」
「一番大事なとこ?」
雪はうんうん、と2回頷いた。
「大事なとこは全部教えたと思うけど……」
「まだ気がつかないの? ほら、あれだよ、あれ」
研一が指さされた方を見ると、そこには遠くにそびえ立つ、一つの建物があった。そこはオルタナ界で観客動員数1位を誇るアミューズメントパーク、ディズニー・ワンダーランドのシンボル、シンデレラ城だった。
「私、あれずっと行ってみたかったんだよね。オルタナって聞いただけで食わず嫌いしてたんだけど、なんか今なら行けそうな気がする。今度やり方教えてね〜」
研一はそのシンデレラ城をぼーっと眺めていた。青から赤、白からピンクと目まぐるしく変わる色、形、そしてそれを取り巻く小さなコウモリや鳥その他ディズニーのキャラクター。時折その上空に魔女の恐ろしい表情が浮かび上がったと思うと、ニタニタと気持ちの悪い笑顔を浮かばせてから消えて行った。それらを見つめながら、研一はまるで他人の話を聞いている様な気持ちになった。
自分がこの加藤雪と一緒にあそこに行くことはきっとない。
オルタナでの大事なポイントはもう教えた。後の遊び関係は、友達とか彼氏とかと行けばいい。
そもそも自分なんかとこうやって一緒にいること自体が通常なら有りえない状況なのだ、このままだと彼女にもきっと変な噂が立って迷惑をかけるだろう、早く終わりにした方がいい、そんなことを研一は考えていた。
一通りの案内が終わり、二人はちょうど繁華街を離れ、店もまばらになっている場所を歩いていた。
すると遠くに1匹の大熊が見えた。その頭の毛は赤と黄色と金が入り混じり、目は鋭く口元は野蛮な牙をちらつかせ、一匹のウサギ男を睨んでいた。
ウサギ男は首から上はウサギだが、それより下は二足歩行の、まるで人のようだった。そしてその足は蛇に睨まれたカエルのようにびくびくと震えていた。
「さっさとよこせばいいんだよ」
「そんな……!」
大熊はウサギ男を睨みつけると、そのまま大きな力で突き飛ばした。先程のバイオレンスリミットの警告は鳴らなかった。
その直後、ウサギ男の胸元から光る延べ棒がこぼれ落ちた。
キャッシュバー。
オルタナ上で様々なことを行うために必要となる通貨にあたるものだった。それを大熊はさっと奪い取ると、再びウサギ男を蔑むように見下ろした。
「あばよ、ウサちゃん」
そう言って、去っていった。
研一はその行為を遠くから見つめていた。
——あいつ……
明らかな暴力行為と、窃盗。まったく警告が鳴らないところをみると、その大熊のユーザーが「脱獄」していることは間違いなかった。
一連の経過を見ていた雪は、たまらず頭をぷんぷんとさせた。
「ひどいわ。オルタナでもあんなことが許されると思うの? ねえ、研一君どう思う?」
雪が横を向いたとき、そこにいるであろう研一のスペースはぽっかりと空いていた。
「あれ? 研一君? どこ?」
99:99:99
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