第14話 覇王の片鱗
路地裏。
頭にギラギラした毛を生やした大熊は、不敵な笑みを浮かべていた。
「これでもうちっと遊べるぜ、ハハハハ」
そう言って先ほど奪ったキャッシュバーを眺めながら歩いていたその巨体は、薄暗い空間で何者かに正面からぶつかった。
「痛っ! おら、ちゃんと前見ろよ、誰だてめえは」
薄暗い路地では、その影が何なのかよく見えない。一人の男が立ちはだかり、静かに俯いていた。
「どけって言ってんのが聞こえねえのか! ぶっとばすぞ、オラ」
その男はうつむいたままボソッとつぶやいた。
「お前、さっき
「は? どの面下げてそんなこと言ってんだよ。殺されてえのか?」
泣く子も黙る鬼の形相のその大熊に対し、男は体格こそ大熊より一回り小柄だが、その脅しにも微動だにせずその場にピン、と立っていた。わずかしか光の届かない闇の中、男は静かに、だがしかし力強い声を響かせた。
「お前、わかってねえようだな」
そう言うと、うつむいていたその正面の前髪が、さらさらと一瞬揺れた。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーぞ! ぶっ殺してやる」
大熊は威嚇するように体を大きくし腕を振り上げると、その鋭い爪が、かちゃっと飛び出した。その爪は鋭く長い、人間の腕一本くらいはちぎることが出来る凶器だった。
しかしその爪が出てきたと同時に、男は背中に背負っていた筒に手をやると目にも留まらぬ速さで、それを目の前で振りかざした。
まるでカメラのフラッシュのように閃光が走ったかと思うと、一瞬にしてその大熊の爪がぼろ、っと地面にこぼれ落ちた。それを大熊が確認した直後、数回のフラッシュがその薄暗い路地裏に放たれた。
たった一つの息さえも出来ない、一瞬の出来事だった。
ボトボトボト。
大熊のプログラムはちぎれ、丸い灰色のスライムになった。
そしてその横に落ちる、きらきら輝くキャッシュバー。
灰色のスライムはびくびくと震えながら、うわごとのようにつぶやいた。
「ま、まさか……今の
男は持っていた刀を背中に収めると、そのキャッシュバーを拾い上げ、静かに路地裏を去って行った。
ほんの数秒後だった。
ウイーーン、という耳を塞ぎたくなる程の警報音を鳴らしながら、黒いサッカーボール程の球体、ブラックポリスが3体が目にも留まらぬ速さで現場にたどり着いた。
そして、状況を確認する。
一つのブラックポリスが言葉を発した。
「また、あいつの仕業ですか、部長」
部長と呼ばれた、一つの一際大きな黒い球体はどうやらため息をついたようだった。
「ああ、間違いない。違法ユーザーの持っていた、バイオレンスプログラムのつなぎめだけを綺麗に切り取っていやがる。それだけじゃない」
その大きな黒い球体は、灰色のスライムに近づき、何やら機械音を出しながら、分析をし始めた。プログラムをちぎられた、灰色のスライムは先程から、きゅう、きゅう、助けてきゅう、と泣いている。
「プログラムを一切傷つけず、つなぎめの『コネクソン』のみを綺麗に切り取っている。いわゆる『みね打ち』だ」
もう一つの黒い球体が、部長と呼ばれたそれに近づいた。
「みね打ち、ですか?」
「お前、みね打ちも知らないのか? 江戸時代の侍が刀の刃の逆側で相手を叩いて、殺さずに倒す方法だ。オルタナでは相手のプログラムを一切傷つけず、分解だけして動けなくする、これをしでかした犯人はすっかりヒーロー気取りだろうよ。こんな事やってのけるのは、
それを聞いた球体は周囲の分析を始めた。
「『壱』ですか? 先日クレストチャンプになった?」
問われた部長は答えなかった。
なおも球体は続ける。
「道理で。奴はここ辺りのフィールドに、痕跡すら全く残していません。わずかでもあれば追跡できるのですが。本当に見事としか言いようがありません」
「馬鹿者! 見事であっても『違法』は『違法』だ、何があっても見つけ出せ!」
はい! そう言うと、一つのブラックポリスは目にも留まらぬ速さで路地裏を抜けて行った。
気づけば次々と白い球体が集まり始め、ぷにょぷにょした灰色のスライムはそれに修理をされ始めていた。それを眺めながら部長と言われた一際大きな黒い球体は、その灰色のスライムとなったユーザーを「永久追放」する準備に取り掛かっていた。
ウサギ男はとぼとぼと歩いていた。
これからどうしたらいいんだろう、せっかく貯めたなけなしのキャッシュバーを奪われ、途方に暮れて歩いた。次の瞬間、後ろから誰かに肩をぽん、と叩かれた。
「あの、これ。落ちてましたよ」
ウサギ男が振り返ると、そこにはキャッシュバーがあった。途端にウサギ男の目は輝き始めた。
「え? これ一体どこに?」
そう言って声の主の方を見たとき、そこには誰もいなかった。
「研一くーん!」
雪がそう呼びながら辺りを見回すと、店の陰から研一がはあはあ言いながら飛び出した。
「研一君、どこ言ってたの?」
「すまん、ちょっと迷子になってた」
「しっかりしてよね、ふらっとしてちゃダメだよ?」
おう、そういいながら、はあはあと息を上がらせた。
もちろんオルタナでは実際に走らないので、息は上がらないのだが、高速で移動をする際ローディングが長めに必要になる。その時に息を上がらせることにより実際に走ってきたかのような印象を与える、いわゆる一つの演出だった。
ふと、横に先ほどのウサギ男が楽しそうに歩いていた。
「あっ、さっきのうさぎちゃん。盗られたもの戻ってきたんだね、よかった」
そうだな、そう呟くと研一はただただぼーっとその姿を見つめていた。
——またしばらくメンテナンスしないとな……
壱の持つ名刀
99:99:99
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます