第20話 反オルタナ・デモ

 研一にしがみつく雪を、数人のドクロはしばらく見つめてから、そのままゆっくりと去っていった。よく見ると、ドクロは何十人、いや何百人とその大通りを歩いていた。そして大声でこう叫ぶ。


「オルタナ反対!」

「今すぐ禁止!」


 その姿を、雪は研一にしがみつきながら見つめていた。


「何なの? この人たち」

「反オルタナ・デモ、オルタナに反対する人の集まりだ。たまにある」


 雪は眉にしわを寄せ、首をかしげた。


「なんでこの人たちはオルタナに反対しているの?」


 研一は深いため息をつき、うつむくと何か考えを巡らせているようだった。それはまるで、今までの様々な事件、歴史を思い出しているかの様だった。


「オルタナのおかげで、俺らは出来ることが沢山増えた。一方で、オルタナ依存症の人も沢山いるんだ。オルタナにはまりすぎて、現実世界で生きていけなくなるんだ。俺たちだってこうやって今普通に過ごしているような気がしているけれど、実際はオルタナギア被って横になってるだけ、体力だってどんどん落ちている。だから、あの人たちはオルタナは人間を奪った、今すぐやめて現実世界をもっと充実させるべきだ、と言ってるんだ」


 雪は神妙な面持ちでただただ、そのぞろぞろと流れる反オルタナ・デモのドクロたちを眺めた。それはあたかも黒いどろっとした川、とても気味の悪い流れだった。

 なおも研一は続ける。

「オルタナ依存症が原因で、社会不適合になった人間もいて、アメリカでは裁判で会社側が負けてるんだ。だからアプリコット社は、ログイン後24時間で自動的にログアウトされる『オルタナ規定』を作った。こうすることで、今までみたいな延々とオルタナにログインし続けるユーザーを無くそうとしたんだ」


 雪は目を丸くして研一を見つめた。


「よく知ってるね、研一君。でもそれで問題は解決したんじゃないの?」


 研一は視線を地面に落とし、ゆっくりと首を横に振った。


「そこが今問題になっている。あの『オルタナクラッシュ』だ」

「クラッシュ?」

「お前、あんなにニュースで話題になってるのに知らないのか? 24時間の怪死事件。もう3人も死んでるんだぜ」


 死。

 その響きに、雪は顔が一気に青くなった。


「それ、どういうこと?」

「『オルタナ規定』では24時間経つとユーザーは強制ログアウトされることになっている。だからログイン時間が24時間に迫ると、警告が出されるんだ。それでユーザーがログアウトすれば問題ない。ただ、もししなかった場合、現実世界にユーザーを強制的に戻すために電流が流れるんだ。通常は体に害の無い経路で流れる電流なんだが、オルタナクラッシュに陥ったユーザーはどういうわけかその大量の電流が脳の中に流れこみ、そしてそのまま死ぬ」

「死ぬ?」


 研一はうなずいた。

 雪はその言葉を反芻するようにうつむいてから、再び研一を見上げた。

「なんか怖い……それってどうもならないの?」

「どうもならない。今世界中の天才達が原因究明にあたっているが、全く手がかりすらつかめていないのが現状だ。反オルタナ・デモ隊達は『オルタナクラッシュ』のことを『神』だと呼んでいる。人類をオルタナから取り戻すための天罰なんだと」


 雪は口を「へ」の字にして、ぱっちりした黒眼を平たくさせた。それから、また大きく見開くと、何かを思い出したように口を開いた。

「アプリコット社はその事件のこと、何て言ってるの? 大元の会社なら、うまく対策出来るんじゃない?」


 研一は罰が悪そうに視線を落とした。そして小さく首を振った。


「被害に遭っている人はみんな違法プログラム、通称『脱獄』をしているんだ。アプリコット社の言い分としては、そのような違法行為をしているから、クラッシュのような不具合が起きた、つまり全て原因はユーザー側にある、その一点張りだ」

「そんなのひどい。実際に人が死んでるっていうのに……。でもその違法のプログラムは駄目っていうのも分かる」

「だがな、今時ほとんどのユーザーは『脱獄』してる。例えば今お前が食べたピュアサンデーも俺が一時的に『脱獄』させたから食べられたんだぜ」


 雪は持っていたピュアサンデーと研一を交互にみつめ、目を丸くした。


「えっ? 私ドロボウしてないよ? 捕まってもないし!」

「いや、『脱獄』ってのはドロボウとかそういうんじゃなくて、非公式のプログラムの制限を違法に解除する行為で、つまり……」

 

 雪はそんな話そっちのけで、背中にある小悪魔の羽をぴくぴく動かしながら、人差し指を口元にあてる。そしてしばらく考え込んでから、にこっと笑った。


「でも大丈夫! だって私には研一君がついてるから。ね、そうでしょ? どんなことがあっても守ってくれるでしょ?」


 研一は、はっと我に返って、顔を赤らめた。


「ま、まあな」

「約束だからね〜逃げたら許さないよ!」


 そういって口を膨らませる雪をみて、思わず研一はどぎまぎしていた。その時だった。


「あれ、カトユキじゃない? 何してんの?」

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