第40話 決断の時

「お前の言う2つ目の方法ってのは以上か?」


 その凄まじい剣幕を突きつける研一にも、Jは全く微動だにしなかった。視線を逸らすどころか、それを上回る迫力で研一の視線を押し返す。2人の眼光は今にも火花を散らしそうだった。


「ケンイチ。ここから話す事を冷静に聞いてください。決してその場の感情に流されてはいけません」


 気づけば研一の表情は、まるで怒りと憎しみを含み、大切な物を奪った相手に見せる表情へと変わっていた。


「ケンイチ、このクラッシュの生存率は知ってますよね? 0%、世界最悪のパズルなんです。しかもクラッシュの犠牲者は死後、全ての履歴が削除されるため、今もその解明がほとんど進んでいません。しかし、もしここでケンイチが1人でも脱出することが出来れば、ここまでの履歴が残る。そうすればクラッシュの解明は一気に進むかもしれない。そしてその後起こりうる沢山の悲劇は救えるかもしれない。

 もしここでケンイチが判断を誤り、みんなクラッシュにやられることがあればそれこそ今回もここまでの履歴は闇に葬られ、悲劇はまだまだ繰り返される。ユキにはかわいそうですが、ここは決断が必要な時なんです」


 研一はやっとのことで、少し雪の方を見る事が出来た。

 まさかこんな話をされているとも知らない雪は今もそのヒーリングミュージックに浸っている。


 俺が雪を「脱獄」させてしまったばかりに……

 何も関係のなかった雪を巻き添えにしておきながら、挙げ句の果てに自分だけ助かり、ユキを犠牲にしろと? 研一の拳が震えていた。


「僕が調べたところ、ユキは母子家庭です。悲しむ人もきっと少ない、だから……」

「もういい」


 Jは最初その声がよく聞き取れなかった。


「何ですか?」

「もういいって言ってんだよ」


 明らかに研一の声がうわずっていた。


「あのな、J。命ってもんは、そう簡単に比べられねえんだよ。お前の言いたい事は分かる、間違ってはないだろうよ。だけどな、時には周りから見て明らかに間違ったように思える選択肢でも選ばないと行けないときもあるんだよ」


 Jはただただ、研一をみつめていた。


「ただ確実な方法は、これだけなんです、ケンイチ。ひょっとしてあなたは恥をかきたくないだけではないですか? 自分のせいでこの事態を引き起こしてしまったのに、自分だけ生きて、挙げ句の果てにユキを見殺しにした。そう思われたくないだけなのでは?」


 Jはあらゆる考え方を、理論的に客観的に述べるのに長けていた。


「もしあなたが、今の自分の犯した失態を取り戻したいのなら、そして今の自分を納得させたいなら、あなたのすべきことは名誉の死を選ぶのではなく、生きて下さい。生きて、何か人のためになる選択をしてください、ユキの死を無駄にしないためにもあなたは生きて、これから同じように起こりうるその悲劇を食い止める必要がある、違いますか?」


 研一は一つ深呼吸をした。

 自分の選択に、複数の人々の命がかかっている。

 その選択の重みを十二分にも噛み締めて、心を落ち着かせていた。


 どれだけ時間が経っただろうか、研一は心に決めた事が一つあった。


「分かった、J。決断をするよ」


 その瞳は一欠片の曇りも無く、透き通っていた。


08:18:16

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