第39話 生き残れるのは1人だけ
「それでは2つ目の方法をお話しします」
研一は一つ鼻から息を吹き飛ばした。ふん、と何かを馬鹿にするようにも見えた。
「2つ目ね、聞かせてもらおうじゃない。雪を騙して気を反らし、かつ俺にしか聞こえないこんなコレクトボイスを使ってまで言わなきゃならないその方法っていうのを」
Jは笑わなかった。その無表情が痛いほど研一の目の中に突き刺さった。
「ケンイチ。落ち着いてよく聞いてください。先ほど僕は脱出には2.8Ted必要と言いました。しかし、これは3人まとめて脱出するのに必要なTedです。実際のところ、必要なTedは1.8なんです」
「すると、俺と雪の1Tedずつを合わせて2Tedになるから、ぎりぎり足りる」
Jは無言のまま、そうだと言わんばかりに首を縦に振った。
「なのに全然嬉しそうじゃないのは一体何故なんだ? J」
Jはしばらく色のない顔で研一を見つめ、動かなかった。今までも、時々Jはこのような表情をすることがあった。やろうと思えば世界を恐怖のどん底に陥れることも可能なその
そんなJがゆっくりと、その音声を届け始めた。
「1.8Tedで助かるのは『1人』だけです。また、必然的に不測の事態にも動ける必要があるため、その1人とはケンイチ、あなたになります」
研一の体中に戦慄が走った。それはまるで全身が毛羽立つような、自分を流れる全ての血液が一瞬にして凍りつくような、そんな感覚に陥った。
「それで?」
「それで、あなたは助かります。このクラッシュから抜け出す事が出来ます」
カウントダウンのリミットは、1秒ごとにその表示を変える。サイコメーターのハートもあたかも何も知らなかったかのように鼓動を続ける。しかしJと研一の2人はその視線を1ミリもずらすことなく、お互いぶつけ続けたまま。そのまま数秒の時が流れた、まるで永遠のように。
研一は一番大事なことを確認することにした。
「それでどうなるんだ? 雪は」
Jはちらっと雪に目をやった。この会話が雪に聞こえていないことを確認するためだ。何も知らない彼女は時折ノルウェーコーヒーを口に運びながら、リズムに乗って目を閉じている。
「おそらく……助かりません」
「助からない? 何かあるだろう、脱出してからクラッシュを止めて救出とか」
研一はその鋭い目つきのまま、唸った。容姿こそ白いTシャツ、青い短パン姿ではあったが、その迫力は、獅子ですら対峙できそうなくらい、凄みがあった。
「申し訳ない、ケンイチ。僕も色々シミュレーションしてみましたが、どうやらあなた1人を救うのが手一杯です。一度ここを抜け出したら、再びこのクラッシュにアクセスする事はほぼ不可能です。出来たとしてもそれにはとても時間がかかり、強制ログアウトのリミットには間に合いません、その頃にはもうユキは死んでしまっている」
雪の死——?
あのとびきり明るい加藤雪が?
母子家庭で、生活は決して楽ではないはずなのにそれでも前向きに精一杯やりくりしようとしているその彼女が?
相手のことも考えず、ただただ素直に正しいと思った方向に突っ走る、あのひまわりのような笑顔が?
こんな駄目で周りから相手にもされない、地味な俺を面と向かって褒めてくれたあの輝きが消える……?
さっきのウルフのように電流が流され、そのまま灰色の塊になって、動かなくなるとでもいうのか……。
その現実が研一の体の中に潜り込み、全身を駆け巡った後、頭の中でぐるぐると回り始めた。今にもめまいで倒れそうな錯覚に陥っていた。気づけば研一の唇が微かに震え始めた。
「お前の言う、2つ目の方法ってのは以上か?」
Jは研一を見つめ返す。
それから、ゆっくりと、そして大きくうなずく。
答えはイエスだった。
08:41:01
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