1つ目の方法

第34話 1つ目の方法

「まず1つ目の方法です。オルタナから脱出するには最低でも30 Ted必要なのは知ってますよね?」


 あぁ、もちろん。そう言って流そうとする研一に雪はいたたまれず話を遮った。


「何? 何? ティーイーディーって?」


 Jと研一は思わず目を合わせる。それからJが肩をすくめ、仕方ない、という素ぶりを見せた。


「ユキ、僕が説明しましょう。例えば、あなたが海外に行ったとします。何があるか分からないから、余分にお金を持つでしょう。Tedはそのお金と思ってください」

「う、うん」

「あなた達は最初は100 Ted(Tera electron degree)、つまり100万円持っていたとします。これなら何かあってもきっと飛行機で帰れますね」

「まあ、そうね」

「せめて30万円あればきっと帰れるんです。ところが今のあなたたちはお金をひったくられて、海外に独りぼっちにされている状態なんです。だからコマンダーはもう使えないでしょう」


 雪は人差し指を口の前に立て、何回か頷いていた。眉にはしわが寄っている。


「今のあなたたちの持ち金はたったの1Ted、つまり1万円しかないわけです。これではどうやったって日本に帰れない、そうでしょう?」

「そ、そうね。とても帰れそうにないわ」


 Jは一つうなずいた。


「だから帰れないんです」


 ユキも頷いた。

 しかし、その直後、目を大きく見開き、そのまま口も大きく開いた。


「えーーーーっ? っていうかまさかそれで終わり、じゃないでしょうね? 何か良い案があるんでしょ?」

「まあ、落ち着いてください。それはそうなんですが、僕のプログラムと特別に権限を与えられたキーを使えば、脱出までに30 Tedは必要ない。2.8 Tedあればぎりぎり足りるんです」


 その言葉が終わるや否や、鋭い言葉を突きつけたのは研一だった。


「でも待て、J。俺らは1Tedしかないはずだろ? 2.8Tedには足りないぜ?」


 Jはゆっくり頷くと口元を緩め、まるでこれから悪巧みでもしようとする少年のような笑顔を浮かべた。


「そこなんです。今までのクラッシュなら、きっと為す術は無かったでしょう。何故なら犠牲者が『1人』だったからです。しかし今回は……」


 研一の目が鋭く光った。

「……そうか」

「そうです。今回のクラッシュではケンイチを捉える時に偶然にも一緒にいたユキとこのウルフも同時に連れてきてしまった。そのお陰で、今この空間には3Tedあるんです」


 研一は胸が高まるのを抑えられなかった。


「ということは?」

「3人のTedを合わせれば、脱出が可能です。実際何度もテストしましたが、2.8Tedで行ける事はほぼ間違いありません」

「本当だな?」

「はい」


 思わず研一はその場にだらりと倒れ込んだ。


 ——やった、これで助かる。


 今まで張りつめていた緊張の糸が一気にほどけた。


「何? 何? よくわからないけど、私たち助かるの?」


 研一は頷いた。


「そうだ、助かる」

 良かった〜、ありがとうJ君、そう言って雪も思わず後ろの死神にもたれかかった。


「おい、ウルフ」

 オオカミは面倒くさそうに目を開け、研一を睨み返した。

「普通ならボコボコにしてやるところだが、今回だけは許してやるぜ。ただ、ここから出たらどうなるか、覚悟しておけ、分かったな?」


 ウルフは、罰が悪そうに目線をそらした。


「それでは詳しい方法ですが……」

 そう説明を始めてから、Jはその脱出プログラムをセッティングすべく、準備を始めた。キー認証やら、プログラムのダウンロード、そのセッティングなどに1時間程度かかるとのことだった。


 にわかに灰色の空間には光が射し、良い意味で騒がしくなってきた。


 しかしまだ皆は気づいていなかった。

 この空間の中の一人のその思考に。


……今に見てろ、助かるのは俺だけだ。ざまあみろ……


 リミットの時計はちょうど12時間を切るところだった。


12:03:59

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