第32話 助かる方法は3つある

「お久しぶりです、ケンイチ」


 そんなJに研一も一つ笑顔を返す。


「相変わらずだな、J。まさかこんな形で再会するとはな」


 Jは目尻を細めると、その可愛らしい小さな顔に一つ苦笑いを浮かべる。


「そうですね、ただケンイチ、今はゆっくりと感傷に浸っている時間はありません。早速、脱出方法の説明に入ります」

「ちょっと待って」


 突如、空間に冷たく、刺すような声が響き渡った。口を一文字に結び、頬を膨らます雪。そして今にもプンプン、という声が出てきそうな顔で研一を睨んだ。


「どういうこと? 研一君。このJ君って一体何者? どうしてこんな少年が脱出方法を知ってるわけ?」


 Jと研一は目を合わせた。

 その後Jはスクリーンの画面の中で一つ肩をすくめると、仕方ない、という表情を浮かべた。


「そうですね、ユキ。まずは僕の立場を説明しないといけません」

 そのくらいの時間はあるでしょう、そう付け加えるとJはここ、「クラッシュ」へ侵入するまでの経緯を語り始めた。


 僕はクラッシュの解明チームの一員に選ばれたんです。もちろん極秘ですが。

 度重なるオルタナクラッシュの原因解明には表向きのプログラマーだけでは手が足りず、時に優秀であればハッカーでさえ重要な任務に採用される事があります。

 僕は偶然、このクラッシュの現象を探っているところを、アプリコット社の管理する解明チームから声がかかったんです。

 そして、今日もクラッシュの糸口は無いかとオルタナ上を巡回していたんです。

 すると、僕が持っていた不思議なプログラムのアラートが鳴ったんです。何だろうと思って見てみると、それはケンイチ、あなたの「NOROSHI」でした。


 研一は、あっ、と思い出した表情をした。それからははは、と思わず笑い声が漏れ出た。


「そう言えば、あったな、そんなの」


 Jも笑顔で何度も頷いた。

 面白くないのは雪だった。

「ねえねえ、ちょっと。何がそんなに楽しいの? 何、のろし、って?」


 研一は、ごめんごめん、こっちだけで盛り上がって、と断りを入れてから説明を始めた。

「オルタナ上で、何か同じチームで仕事をしているとき、時にはヤバい領域に入り込むことも度々あるんだ。潰そうとしているブラックハッカーのチームに逆に入り込まれてアカウントを抹消されそうになったり、大事に作り上げられたプログラムを壊滅させられたり。もしチームのメンバーが何か緊急事態に陥った、もしくは陥りそうな時、それを教えてくれるプログラム、それが『NOROSHI』だ。チームが解散すれば通常解除するんだけどな。そういえばまだ繋いだままだったかもしれない」

「はい、繋いだままでした。あれからずっと僕のプログラムの容量を食い続けてたんです。ただこれが今回は幸いしました」


 そういってJは続けた。


 『NOROSHI』プログラムは作動している。しかし、チームが解散したのはだいぶ前の話。しかも確認するとケンイチ自身のプログラムは全く問題なく動いているじゃありませんか。僕はただの誤作動だと思うところでした。


 しかし、どこか違和感がありました。

 普通の人は気づきませんが、オルタナのプログラムをいじったことがある人ならすぐ分かる。

 あなたたちのオルタナでの行動は、そのプログラムを数値化し、乱数表に当てはめて表現された、つまり人工的な行動パターンだったんです。

 ケンイチの「NOROSHI」、人工的な行動プログラム、度重なるオルタナクラッシュ。何か嫌な予感がしました。

 クラッシュの今までの傾向として、クラッシュに陥ったユーザーのプログラムに他人が触れると、一瞬にしてそのユーザーはオルタナから消去され、もう二度とコンタクトすることが出来なくなることがわかっています。

 もしそのあなたたちのプログラムが今まさにクラッシュの最中だとしたら、これが最後のチャンスかもしれない、そう思ったんです。

 そこで、試しにケンイチに「オフラインメール」を送ってみたんです。


「研一、オフラインメールって何?」

「オフラインメールは、通常見られたくない極秘な内容を個人同士でやりとり出来る、最も安全なメールのやり方だ」


 その説明を聞いてから、Jは続けた。


 内容も悩みました。

 もし核心をついた内容ではクラッシュのプログラムに削除されてしまうかもしれない。そうすればあなたたちの命が危なくなる。侵入方法も、あからさまには出来ませんので、苦肉の策がこのやり方だったんです。


「なるほどね。そしてそのオフラインメールにマイクロファイルをおもて上見えないように添付したわけだ」

 Jはゆっくりうなずいた。研一はゆっくりと思い出すように鉄格子へと視線を変えた。

「このメールが届いた時、一瞬だけこの鉄格子が歪んで見えたんだ。もしかしたら何かの細工があるかもしれない、それは分かってたんだ」

「はい、そしてケンイチならを手放す訳がない。があれば僕のマイクロファイルは展開し、膨大な容量のプログラムがここぞとばかりに暴れ出すことができるはずだと踏んだ訳です」


 研一は首にかけてあったネックレス、その先に垂れる天叢雲剣あめのむらくものレプリカをもう一度手に取った。それを見て、Jは鳩が豆鉄砲食らったような顔をすると、今にもスクリーンから飛び出しそうに、その光景に食い入った。


「あぁ、何ていう事ですか、ケンイチ。クラッシュに捕らわれてしまうと名刀天叢雲剣あめのむらくももそんなちっちゃなプログラムに圧縮されてしまうんですか」

「そのようだ。でも十分仕事は果たしてくれたよ。これのおかげで鉄格子に挟まったJのプログラムが思う存分展開し、暴れ出してくれたからね」


 研一はその手のひらサイズの天叢雲剣あめのむらくもを見つめ、一つ口付けをした。それから肩の力を抜き、あきれた表情で後ろの死神にもたれかかった。


「それにしても相変わらず頭のキレるやつだよ、お前は。もし俺がそのメッセージの意図に気づかなかったらどうするつもりだったんだ?」

「ケンイチ。あなたが気づかないはずはありません。そこだけは自信がありました」


 一年という時の流れは一気にすっとばされて、研一とJの距離は縮まった。

 初めてお互いの存在を知り合った頃、そのよそよそしかったやり取り。お互いタッグを組んで、腕試しに日本の防衛省ホームページの省の目の字を6秒間だけ日の字に改ざんしてみたこと。

 またとある会社のセキュリティの深層部に潜り込んだ時、研一はJに窮地を救ってもらった事もある。巡回していたセキュリティプログラムに見つかり、危うくオルタナを永久追放されそうなったそのときも、Jが驚くほど短期間で作ってくれた偽造IDのお陰で難を逃れたり。数々の苦難や思い出が、鮮やかに二人の間に流れていた。


「それではそろそろ、脱出方法の話に移ってもいいですか?」

 雪と研一はお互い目を合わせてから頷いた。


「それでは始めます。まず始めに、脱出方法は3つあります」


 その言葉に一同思わず息を飲んだ。

 これで助かるのだろうか?

 全ては解決するのだろうか?

 2人はとりあえず、Jから発せられるだろうその先の言葉を待つ事にした。


13:32:32

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