第31話 蜘蛛の糸を手繰り寄せる
研一は雪を見つめた。
「雪、思い出したよ。ナイトメアのラスト」
「ほんと? どうやってその女性は隔離病院から抜け出したの?」
研一は呼吸を落ち着かせてから少しずつ話し始めた。
「何度も屋上の金網を乗り越えようとしたその女性は、気づいたんだ。どうせこのスタッフは機械的なプログラムに過ぎないって」
雪は死神の鎌に首元を捉われながらも、身を乗り出すように研一の声に耳を傾けた。
「そこで、手元にあった、ペンチを持ち出すんだ」
「ペンチ?」
ゆっくり頷く研一。
そして横の、かろうじて手が届きそうな鉄格子の一つに目をやった。
「そのペンチを持って、屋上に向かった。つまり……」
研一がその鉄格子に何かを見つけた。
「つまり?」
「つまり、ペンチで屋上のフェンスである金網、それを大きく丸く切り取るんだ」
雪は口を「へ」の字にし、思いっきり眉をひそめると、はぁ〜? と気の抜けた音を発してから全身で脱力した。
「それが答え? そんな目立つ事をした方がより一層見つかるわ」
「そう、普通ならね。ただ、そこは仮想現実の世界。スタッフのプログラムは金網を乗り越えるものは強制退去させるようにプログラミングされていたが、まさか金網をペンチで開けて抜け出そうとする者がいるとは思わない。結局何時間かけて金網をペンチで一つずつあけて、大きな穴をあけるまで、全くスタッフのプログラムは寄ってこなかったってわけだ」
研一はその鉄格子に見つけた一つのサビのような傷を確認しながら、首にかけてある「刀」の形をしたアクセサリーを取り外した。
「そうやってその女性はまんまと仮想現実の隔離状態から抜け出したってわけ」
雪は、ふーん、と唸ると、納得したようなしなかったような表情を浮かべたまま口を「へ」の字にした。
「それはわかった。でもさ、今回はペンチもないし、それがこの状態とどういう関係があるっていうの?」
研一は既に首にネックレスとしてかけていた小さなアクセサリーである、
「ねえ、何やってるの?」
研一は、その鉄格子にあった一筋の「傷跡」にアクセサリーの刃を当てた。そしてゴシゴシとこすり始める。
「まさか、そんな小さい刃で鉄格子を壊そうっていうんじゃないでしょうね」
研一の手にしっかりと握られていたのは
「その通りだ」
「ねえ、ちょっと。本気なの? そんな事したって……」
雪におかまいなく、研一はその刃で、鉄格子の一筋の傷跡を
「そんな小さいのじゃ無理だって。他の方法を考えよう? ねえ、聞いてるの?」
ただただ、研一は
もちろん何か起きる訳ではなく、状況は全く変わらなかった。
いずれ、声をかけ続けていた雪も諦め、ただただその光景を見つめるしかなかった。
——はずれ、か……
何十分経っただろうか。あるところで、研一は一つの変化に気づいた。
その鉄格子の傷の一部が少し光っている。
それを見て、研一はこする速度を上げた。
するとみるみるうちに鉄格子の傷跡の中の光が強くなってきた。
——ほら、ビンゴだ。
そう思った瞬間、その一筋の傷跡は目を塞ぎたくなるほどの眩い光を放つと、まるで塞き止められた大量の水が流れ込むように、研一を取り囲む空間一杯に雪崩れ込んだ。
そのままその光は一つの大型スクリーンサイズの画面へと姿を変えた。
そしてそれは、まだまだ
一体これから何がおこるのだろうか、自分の選択は正しかったのか。
徐々にその光は落ち着き、画面が見えるようになってきた。
そしてそこに現れた一つの顔の方がまず先に、研一に声をかけたのだった。
「お久しぶりです、ケンイチ。やっと会えましたね」
そこには金色に輝くブロンドの髪の、まだ幼さの残る少年が映し出された。
それを見て、研一は先ほどまでの張りつめていた肩の力が思わず抜けた。
そしてにっこりと笑顔を返す。
雪だけがその空間で状況をつかめず、大型スクリーンと研一の両者を目で行ったり来たりさせていた。
「何? 研一君はこの人のこと知ってるの?」
研一は微笑み、そして画面を見つめながら応えた。
「雪、紹介する。彼が『J』だ」
突如現れた「J」。
手繰り寄せた蜘蛛の糸の先にあったものは、この「J」の存在だった。
果たして、この「J」の目的とは一体何なのだろうか。
彼の発する言葉に一同は衝撃を受ける事となる。
残り時間は14時間に迫ろうとしていた。
14:08:11
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