第26話 助かる方法は一つもない
「どういうこと? 24時間以内に死ぬって。冗談でしょ、研一君」
研一は雪に視線を合わせられないでいた。地面の一点をみつめ、口を結ぶと独り言のように呟いた。
「俺もそう願いたい。この訳のわからない状況が、何かの間違いであって欲しい、そう思ってる。だけど、あらゆる事実が俺らがクラッシュに巻き込まれたことを指し示している」
研一は手に持ったコマンダーを、雪に見えるように前にかざした。
「例えばこのコマンダー、スイッチが無くなり、ただの鉄の塊になっている。こんなことは通常あり得ない。しかも」
そう言って、1つ残ったコマンダーのボタンを見せた。
「しかも、たった1つだけボタンを残していやがる。ほら」
そう言ってコマンダーの横にある赤い、ドクロマークがついたボタンを見せた。
「この、強制ログアウトボタン、これだけ」
雪も疑問の表情で研一を見つめ返した。雪がその首をかしげた時に、肩口から雪の黒髪がさらさらとこぼれ落ちた。
「強制ログアウト? ログアウト出来るってこと?」
研一は大きく首をふる。
「通常ならそれは可能だ。だが、オルタナクラッシュに巻き込まれたユーザーはどういうわけか、このボタンを押すと、強制ログアウトに使われる5000 Tedほどの大量の電流が脳に流れ込む」
それだけじゃない、さらにそう付け加えると、
「あれを見ろ」
研一は鉄格子の向かい側にある壁を指差した。そこには「三つ」、両手で抱えられるくらいの赤いハートの模型が飾ってあった。そしてそれは研一達の鼓動に合わせて拍動していた。
「あれは何?」
「あれはサイコメーター。俺たちの恐怖や、興奮。悲しみなどを感じ取って、それに反応し、このハートの色が変わる仕組みになっている」
雪はその大きなハート達をみつめ、口をぽかんとさせた。そしてその大きな瞳を丸くさせる。
「何でこんなものがここに?」
「おそらくこのクラッシュを作った犯人は、ここでこうやって恐れおののいて、苦しんでいく姿を見て楽しみたいんだろう」
何て、悪趣味なやつだ、そう研一は付け加えた。
雪はそのハート達の下にある物体が目に入った。
「あのハートの下の時計は何?」
ハートの下には、壁掛けテレビサイズのデジタル時計が貼りついていた。そしてその数字が、時間、分、秒でカウントダウンをしていた。
「あれは、オルタナ規定による強制ログアウトまでの時間、つまりカウントダウンだ」
研一はそれらをちらっと見やってから、大きく息を吸うと、そのままその集められた空気の塊は大きなため息となって、吐き出された。そして1つ心を落ち着かせると、雪をまっすぐに見つめる。
「死神、サイコメーター、そしてカウントダウン。これらは全て今までのクラッシュと全く同じ現象が今ここに起こっている。そしてあのカウントダウン、あれが0になったとき——」
研一は一つ、雪の表情を伺った。
これから伝える事実を雪がしっかり聞ける状態かを確認したのだった。
「0になったとき、強制ログアウトが実行される。すると」
雪の表情がみるみるうちに青ざめていった。しかし研一はやめなかった。
「すると原因は分からないが、その強制ログアウトの際に使用される大量の電流が脳に流れ込み、そのまま……」
雪は目を閉じた。
「俺らは死ぬ」
「もうやめて!」
雪の叫び声が一帯に響いた。
「冗談でしょ、研一君。ねえそう言ってよ。それにほら、今こんなことになってたら、きっとオルタナを巡回しているオルタナポリスの人たちが気づいて、何とかしてくれるはずよ」
ね、そうでしょ? そう叫ぶ雪にも研一はゆっくり首を振った。
「そこがクラッシュの厄介な点の一つだ」
研一はひるみもせず続けた。
「今でもオルタナでは、俺らはあたかも普通に過ごしているようにしか見えない。きっと雪はショッピングを楽しんでいて、俺はそれを追いかけるか、楽しそうに話しているようにしか見えないんだ。もし皆がそのことに気づく事があったら、その時は」
「その時は?」
「それ時は俺らが死んだ時だ」
雪はへなへなと肩を落とした。目は死んだ魚のように輝きを失っていた。そしてそのまま地面の一点を遠く見つめる。言葉を失い、息をするのもやっとだった。
「嘘でしょ。何か方法があるはずよ、誰かに気づいてもらうための合図とか、緊急信号を送るとか」
雪は鉄格子の向こう向かって叫び始めた。
誰か! 誰か助けてー! 私たちここに捕まってるの!
その声も虚しく、どこかの店のBGMは淡々と小さなボリュームで流れ続ける。
タイムリミットはちょうど18時間を切るところだった。
18:01:27
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