死のカウントダウンが始まった

第25話 死の宣告@クラッシュ

 どれだけ時間が経っただろうか。

 激しい頭痛で、研一は目が覚めた。

 ぼんやりとしたその視界の中、ゆっくりと辺りを見回してみる。


 ——ここは……?


 ワンルーム程の広さだろうか。

 灰色の鉛に四方を囲まれた四角いスペースが目に入ってきた。

 一側面は鉄格子で遮られ、それ以外の側面はただの灰色の壁。一言で表現するなら「牢屋」という響きが一番近い。


 しかし、その鉄格子より何より、研一に許しがたい映像が目に入ってきた。

 自分と向かい合う形で、一つうなだれる人間。

 ぼろぼろになったそのうさぎ耳に、ひらひらのピンクのスカート。その下からのぞくすらっとした白い脚はまるで事故に逢った後のように、所々が泥で汚れていた。

 まるで生気を失ったかのような「雪」の姿に、研一は思わず声をかけた。


「おい、雪。分かるか?」


 その声に反応するように、雪は一つ唸り声を上げると、少しずつ首を持ち上げた。そして目蓋にぴくぴくと力を入れ、細々と声を絞り出した。


「ここは……どこ?」


 ぼんやりとした意識の中、雪は辺りを見回した。焦点が定まらない様子でしばらくあちこちに目をやった後、まっすぐ正面にいる研一を確認した。


「……研一君?」


 研一はその吹けば飛んでしまいそうな、雪の存在をしっかりと見つめ、大きく頷いた。

 しかし、その何よりも先ほどから目に入っている、その雪を取り巻く映像に、研一の体全身に戦慄が走っていた。


 諦め半分で自分の喉元を見てみる。


「……」


 分かってはいたが、改めてその現実を見せつけられると、全身に立つ鳥肌は抑えられなかった。


 そこには「鎌」があった。

 その冷たく、鈍く光る鎌が研一の喉元にかけられていた。

 そしてゆっくり振り返ると、


 ——!?


 死神。

 黒いヴェールに包まれた闇の中に浮かぶ二つの光。その下には不気味なドクロの笑みを浮かべた口元。そんなおぞましい表情が、自分を上から見下ろしていた。そしてそれは、先ほど見た、雪を取り巻く状況と全く同じだった。

 雪の喉元にも大きな鎌が、そしてその背後には研一同様、黒のヴェールに包まれた死神が背後に寄り添う。


 あ、研一はそう漏らすと、何かを思い出したように胸に手を入れた。コマンダーを取り出すためだ。


 ——コマンダーさえあれば。


 オルタナ界のあらゆる離れ業を、意のままに操れる研一の知識をもってすれば、出来ない事などは事実上ほとんどなかった。

 しかし、そのコマンダーを操作しようとした研一の手が突如、ぴたりと止まる。

 手に取ったコマンダーを見つめ、研一は言葉を失った。


「ボタンが、無くなっている」


 様々な機能を果たすためのボタンは全て無くなり、コマンダーはつるつるの四角い鉄の塊となっていた。

 その鉄の塊をいくつか操作しようと試みた後、研一は今自分の置かれている状況を噛み締め、そして飲み込んだ。


「……研一君、これ、どういうこと?」


 ぼんやりとそう呟く雪を、研一は力強くしっかりと見つめる。

 言わなければならないことがある、研一は意を決した。


「雪、今から大事な事を言う。しっかり聞いて欲しい」

 そのただならぬ雰囲気に、雪は一つ大きくうなずいた。


「俺たちは、『オルタナクラッシュ』につかまった。信じたくはないが、ほぼそれは間違いない」


 雪は目を大きく見開いた。


「オルタナ……クラッシュ? それって、さっき言ってたやつ?」


 研一は小さく頷くと、視線を落としこわばった表情を見せた。

 あたりを埋め尽くす、その生命感の無い灰色な空間とは裏腹に、どこかの陽気な店内BGMがかすかに聞こえてくる。

 それをしばらく聞き流してから、研一は重い口を開いた。


「俺らはあと24時間以内に死ぬ」


 どの空間とも分からない。

 時間の流れさえつかめない、そんなオルタナ上の異空間で、雪と研一の死へのカウントダウンが始まった。


 この時はまだ正直、研一自身も半信半疑だった。

 何かの間違いであってくれるのではないかという期待もあった。

 しかしそんなかすかな期待が一瞬にして、崩れ去るにはそう大した時間は要らなかった。


18:57:34

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