第10話 飲めない提案

「という訳だから、ヨロシク!」


 そういって、竜也は踵を返し、その場を立ち去ろうとした。


「おい、待てって」


 すかさず研一は竜也の鞄をつかみ、力強く引き寄せた。その力に少しよろける竜也。


 今日の学園は午前授業。

 授業直後にも関わらず午前中の喧噪が嘘のように、教室は閑散としている。

 人気ひとけの無い学園の廊下で、竜也はゆっくりと振り返り、一瞬研一に目をやると、そのまま視線を落とした。そして、廊下の窓から外を眺めると、流れてきた風に、ウェーブのかかった茶色い髪が美しく揺れた。


「俺さ、もう雪ちゃんのこと飽きちゃったんだよね、一度逃げちゃった小鳥は追いかけないタチだから」

「んなこと言ったって、最初にオルタナ誘ったのはお前だろうが」


 そんな研一の問いかけに対し竜也は、廊下の窓から遠くの空を見つめていた。そして少し視線を落とすと、ゆっくりと口を開いた。


「確かにさ、最初はちょっと可愛いと思ったよ。最近テレビで流行りのエリカちゃんに似てるとかって、男子の中でもちょっと話題になっただろ? だから俺も最初は興味があったんだけどさ」


 常に自信にありふれている竜也が珍しく、弱々しかった。


「もういいんだ、俺あの子に興味ないし。今更『やっぱりオルタナ教えて欲しい』なんて言われたって、もう遅いし。あの子にはここ——」


 そう言って、とあるインターネットカフェならぬ「オルタナカフェ」の名が書いてあるカードを指差した。


「ここに14時って言ってあるから、お前が行って教えてやってな、んじゃ!」

 そう言い放つと、竜也は敬礼、の合図と口笛を、ひゅー、と吹いてから、研一に背を向けた。そのまま廊下の角を曲がって消えゆくところだった。

「おい、待てって!」

 その姿に向かって、研一は近くにあった、廊下に転がるサッカーボールを竜也めがけて、蹴飛ばした。当たりどころがよかったのか、勢いよく研一の足から放たれたサッカーボールは竜也めがけて一直線に飛び出した。


 しかし、寸分の差で廊下の角を曲がった竜也にはそのボールは届かず、代わりに壁にぶつかった反動で、目にも止まらぬ速さで研一のもとに、返って来た。

 瞬きする間もなく、サッカーボールは研一の急所を直撃。


「痛っ!」


 全身に電流が流れたような感覚に陥る。

 これはあたかもオルタナ上の『壱』がオルタナクレスト、決勝戦でドイツ代表のギースの急所を貫いた場面を彷彿させた。残念なのが、今回急所を打たれたのは国家代表ではなく、ただの冴えない「一学生」だったということだ。


 全身の痺れと痛みをこらえながら、うずくまると、研一の胸に怒りがこみ上げた。

 

 ——こんな強引なやり方で、頼まれたって……俺、絶対行かねえからな。


 股間を押さえながらうずくまる研一。その視界にふと一枚の、床にへばりついた紙切れが目に入った。それは先ほど竜也が置いていったメモ書きだった。


「カフェギルドに14時」


 ちょうど学園は午前終了の合図の鐘が鳴っていた。


99:99:99

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