第8話 オルタナという名の魔法

「あのな、竜也。一つ言っていい?」

「ん?」

「俺、こいつに絶対オルタナ無理だと思う」


 招かれたのは竜也の部屋。

 父親がとある有名ホテル会社の社長である竜也は、これでもかというほどの裕福な暮らしを享受していた。その一つと言えるのがこの部屋。

 学校の教室ほどの広さと、手に余る「金のかかった」家具。

 今は猟が禁止されているライオンの剥製、おそらく有名な画家が書いた素人には幼稚園生が書いたようにしか見えない抽象画、サンタクロースも難なく入って来れそうな暖炉。

 車が何台か買えてしまいそうなソファなど、どれ一つとっても簡単には手に入らないものばかりだった。


 その「数台の車買える」ソファーで、一人の女子高生が一生懸命ゲームのコントローラーをいじっていた。

 赤のチェックのスカートに、紺のブレザー。胸元に赤いリボンといった、星城学園の制服を身に纏ったその女子高生は、竜也のその豪華な部屋に引けを取らない、美貌を兼ね備えていた。

 スカートの下から覗くすらっとした白い脚、撫でればさらさらと音がしそうな黒のロングヘア。パッチリとした黒目の端は少し垂れており、男心をくすぐる。

 ただ一つ残念なのは、今の彼女は画面に向かって顎を突き出し、脇はバスケットボールが入りそうなくらい開けている。眉を全力でひそめるスタイルは、それだけでその美貌をぶち壊せる位のインパクトがあった。

 彼女が見つめるその先は小さな映画館のようなスクリーン、そこに浮かび上がるキャラクターを見つめ、えいっ、とか、あぁ〜とか独り言を言っていた。


 竜也が思わず素っ頓狂な声をあげる。

「は? 無理って……何でだよ、彼女が機械オンチだからか? そんな人も受け入れてくれるのが、オルタナの魅力だろ? 頼むよ研一、何とか教えてやってくれよ」


 ——あっ、今度は花がでちゃった、あ、そうじゃなくて……っとっとっと、


 そう言いながら彼女はコントローラーを持ちながら体を大きく傾けた。そして眉にしわを寄せ、口を尖らせる。


「あーあ、また1面で死んじゃった。やっぱり私こういうの向いてないんだよね」


 すかさず竜也は彼女の横に接近、さりげなく肩を抱く。


「雪ちゃん、大丈夫だって。オルタナではね、もっと楽しい世界が待ってるんだよ。今からこの研一兄さんがやさし〜く、教えてくれるから。な?」


 そう言って、羨望のまなざしを向けてくる竜也をみて、研一は一つため息をついた。


 何が、楽しい世界だ。


 研一は知っている。

 竜也という男は、複数の彼女と履歴を残さないようにしながら、オルタナの仮想現実の世界で何股もかけている事実を。


 研一はうんざりしたように視線を落とし、首を小さく横に振った。それからぼそっとこう呟いた。


「竜也、お湯の入ったポット持ってきて」


 それを聞くと、達也はまるで魔法の合言葉を聞いたかの様に表情を明るくさせた。


「はいは〜い、了解です! いつものね」


 そう言うとキッチンへ駆け出して行った。

 取り残された女子高生、加藤 雪だけが、状況をつかめず眉にシワを寄せていた。


「ポット? 今から紅茶でも淹れるの?」

「いや……」


 研一は目を合わせなかった。


「今から簡単な実験をする。魔法を見せてやる」


 それを聞いて、思わず彼女は目を大きく見開いた。


99:99:99

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