第7話 現実世界:星城学園

 けやき並木。

 新学期を迎えた高校生達が学園の入り口に向かって、ある者は笑顔を浮かべ、ある者は何かに急ぎながら、その空間をひしめきあっていた。


 春の風はやさしく、どこかから飛んできたさくらの花びらを、楽しそうに舞い散らす。そのまま、その他大勢の学生と同じように、研一の頬も暖かく撫でて、そのままどこかへ過ぎ去った。


 しかし、研一がどことなく浮かない顔しか出来ないのは、先日、担任の教師から伝えられた、あの宣告のせいだろう。


「だから、そんなに浮かない顔すんなって」


 1人の男が研一に向かってそう呟いた。その男は切れ長の目尻にまるで「I」の字のようなすらっとした長身。風が吹くたびにウエーブのかかった茶色のセミロングの髪の毛が、いい匂いのしそうな動きで揺れる。甘い口元には、微かな笑みを浮かばせていた。


 一方、小柄で垂れ目。そして丸顔の上に乗った刈り上げ頭の研一は、二人並んでいると、ただただ相手の男を引き立てるだけにしかならない程、地味だった。


 はあ、一つため息をつくと研一は嫌味たっぷりにこう吐き出した。

「あのな、スポーツも万能、成績優秀。竜也ファンクラブの『タッツー』も順調、そんな何でも簡単にやっちまうお前に励まされたって、嬉しくないわ」


 二人は歩みを進めながら、時折春風に運ばれる前髪を拭った。

 ファンクラブ『タッツー』の主役である藤野竜也は両手を頭の後ろに組みながら、今にでも口笛を吹きそうな表情でこう言った。

「もう1年頑張ればいいんじゃね? ほら、長い人生から考えれば1年なんて大したしたことねえし」


 そう言って、屈託のない笑顔で、はははは、と笑い声を上げた。

 

「軽々しく言いやがって。だったらお前の一年、俺によこせ。大したこと無いんだろ?」

 

 竜也は肩に掛けていた鞄を、ぶん、と振る。すると丁度肩の高さにあった研一の頭に、ごつん、とその塊は直撃した。そして、ばかかお前は、とツッこんだ。


「ところでさ、研一」

「あ?」

「暇になったところで、一つ頼みたいことがあるんだけど」


 暇になったところで? それがにかける言葉か?

 研一は今すぐ殴りかかりたい衝動を必死に抑えるため、右の拳にぐっと力を入れた。


「一人、オルタナ初体験の女子がいてさ、その子にオルタナを教えてあげて欲しいんだけど」

「そんなのお前だって教えられるだろ? 俺はお前のポイントアップにつきあってあげられるほど暇じゃねえんだ」


 竜也は研一の前に立ちはだかると、上から伺う瞳で研一を見つめた。そのなだめるような瞳で見つめられれば、大体の女子はコロンと落ちる、そんな表情だった。


「4組のさ、加藤 雪ちゃん。去年のベスト・オブ・クイーン星城で、1位になったあの子。お前も名前くらい知ってるだろ? 今回はマジなんだって。なんか、本気で好きになりそうなんだよね……」


 ——今回はマジだって? じゃあ今までの何十人のコイツにふられた女の子達は何だったって言うんだ?——


 そんな研一の気持ちもつゆ知らず、竜也は続ける。


「そんでさ、お前も一見ぱっとしないけどさ、オルタナ界ではちょっとした有名人だろ? そんな人がオルタナ教えてくれるって約束しちゃってさ……」

「は? お前まさか、俺のオルタナでのばらしてないだろうな? あれだけは誰にも言うなって……」

「いやいや、それは大丈夫。細かいことはまだ何も言ってないからさ、そんで……」


 ほっとした表情で、研一は肩に入った力を抜いた。それから一つ首をかしげると、

「はいはい、じゃあ今すぐそいつに連絡するんだな、『この前の約束は無かったことに』って。んじゃ、俺忙しいから!」


 そういって研一は走り出すと、学園の入り口に集まる人ごみに吸い込まれていった。


「おい、ちょっと待てって!」


 すかさず、竜也もその人ごみに潜り込んでいく。


 春の風が優しくけやき並木を揺らす。

 陽の光は暖かく学生たちを照らしていた。

 しかし気のせいだろうか、その遠くに見える空模様は、少しずつ陰りを落としているようにも見えたのは。


「雪」と「研一」の出会いはすぐそこまで迫っていた。


99:99:99

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