第21話
小倉は坂道も平坦な道同様に並んでゆっくりくだってくれた。
それだけで、この女にとって博多が見えている、考えてくれていると感じ、博多は少し心が動いた。そして、そう感じる自分に嫌気がした。この考えはただの子供やかまってちゃんと変わらない。しかし、居心地がいいのは確かだ。今の博多を見てくれる、邪魔に思わないでいてくれる人は受傷後いなかった。母もタクシー代だけ博多に渡してあとは放置。他の家族も自分のことで精一杯。
「何難しい顔してるんですか?」
横から小倉に声をかけられ、少しびっくりする博多。まるで自分の考えていることを読まれたかと焦った。
「そういや、どこに行くんだ?そもそも行き先なんか知らないんだけど」
少し遅れてそう返す。
その返答を聞いた小倉はニコッと笑う。
「きっと喜んでくれますよ」
自信たっぷりな発言。それを聞いて「はぁ」と息を出す博多。
「じゃあ、楽しませてくれよ」
横断歩道を渡り、最寄りの駅に着く。駅までは無言で歩く2人。ICカードをタッチして駅の構内に入る。
近くの都市までは駅から5駅。約30分程度で着く。その電車が来るまで約15分。
「そっちの電車には乗らないよ」
てっきり都会の方に行くと思っていた博多は
「え、遊ぶならこっちじゃねぇのか?」
「デートだけど、そっちじゃないですよ」
「???」
ではどこに行くのだろう。
「あ、電車きたから早くしてくださいよー」
催促されるがまま、電車に乗り込む。
「本当にどこ行くのかだけ知らせてくれよ。親に連絡のしようがない」
「えー」
「じゃなきゃ、次の駅で降りて帰る」
今精一杯の脅しのつもりで博多は言い放った。しかし、そこではいそうですか、と見切られたなら今の博多の心にダメージが残るかもしれなかった。
「いいですよ、どうせ次の駅で降りますし」
次の駅といっても、周りは閑静な住宅街が広がる地域である。何をしに行くのだろうか。もしや家なんかじゃないか…。男子特有の変な先読みを発動させた博多は、少しドキドキしていた。
「もしかして、家…か?」
「そんなわけないじゃないですか。確かに家の近くですけど」
「じゃあ、何しに」
「まぁ、ついてきてくださいって」
言われるがまま、次の駅で降りる。
閑静な住宅街とは反対方向。海に向かって歩き出す小倉。
「少し歩きますけど大丈夫ですか?」
「まぁ、5分程度なら」
その言葉を聞いて、む…、と考え始める小倉。
「いいよ、結構歩くのか?」
正直長時間歩くのはやめてほしい、と博多は思う。
「…いや、ちょっと待っててください。チャリとってきますから」
と、小倉は住宅街の方に走り出した。
「おいおい、俺はここで置いてけぼりかよ…」
苦笑する博多。今まで何度かデート、というものはしたことがある。中学時代少しだがキャーキャー言われていた。博多は自身で今客観的に見ると、バスケが地区の中でも飛び抜けてうまかったからだろう。県大会こそいけなかったが、いいところまでチームを引っ張った自覚はある。
そう言えば、と博多は思う。
自分を客観的に見て、何が凡人より優れているのだろう、自分の長所はなんだろうと考える。
…
…
バスケしかなさそうだ。
「すみません、時間かかりました。…何考えているんですか?」
「いや、何でもないよ。速かったね」
「まぁ、家近いですし」
自転車に乗っている小倉の額は汗が滲んでいる。急いできてくれたのだろうか。
「で、俺はこげないんだけど」
「だから、私が漕ぎます」
女子の自転車の後ろに男子が乗る。見ていて男がかなりカッコ悪い。
「本気かよ」
「本気です。乗ってください」
目が本気だ。仕方なく乗り込むことにした。足を畳み、何とか荷台に乗る。
「おい、そういや松葉杖どうすんだよ」
「…」
「考えてなかったのかよ」
「…うちに置いてきましょう」
結局、小倉の家に行くことになるのか、と博多は笑った。
小倉の家に着き、松葉杖を玄関先に置いた小倉は、来た道を戻る。その間、後ろに座っていた博多は何だかむず痒いような感覚に襲われていた。
「で、どこに行くんだよ」
「あと5分、いや3分待ってください」
仕方ないから待つことにする。結構小倉は強情だ。そんな印象を受ける。
駅を通り越し、海の近くまで来た。ここら一帯は大きな公園になっている。
潮風を感じる。19時過ぎているのに、まだ太陽は沈みきっていない。
ここには一度、来たことがある。博多は昔のことを思い出した。
何年前のことだろうか。父が珍しく子供たちの相手をし、珍しく外出した先が確かここだったはずだ。その時なにをしたのだっけ。
「着きました」
そう言われて公園の方向を見る。
バスケットコートだ。コートは2つあり、小学生用とそれ以上用に分かれている。小さい方のコートで小さい子がバスケットボールをつきながら、少し大きな子供に向かって1対1で勝負している。
「肩貸します。ベンチに行きましょう」
「すまない」
ベンチにどうにか座る博多。思い出した。父とバスケットをしたのだった。兄は運動は苦手ですぐに息が上がってしまい、父とバスケットをした。確か、1本だけゴールを決めたのだ。嬉しかったのを思い出した。
「ここに来ると誰かやっているんですよ。1対1、3対3、5対5。小学生行く前の子供から、大人まで」
「俺にこれを見せたかった、と?部活を辞めるな、と?」
そう、小倉の意図がわからない。なにを求めてここに博多を連れてきたのだろうか。
「…最近はあの子、あの小さな子。大きな子に毎日挑んでいるみたいなんですよ」
毎日ここにきているのだろうか。どこまでもバスケットが好きな人なのだろうか。
「そんなにバスケット好きならやればいのに」
考えていることがダイレクトに脳から口に伝わって出てきてしまった。
「好きですけど、うまくないんです」
「練習しても?血反吐を吐いても?」
練習した過去を思い出す。誰よりも上手くなりたくて、止められたくなくて、自分をコートで表現したくて。何度もボールをダメにした。今家にあるのは5つ目だったか。
「中学までバスケしてたんですけど、ベンチにすら入れなくて」
そういう人たちの気持ちがわからないのが博多である。練習量が足りないのじゃないか。2倍、3倍の練習はしたのか。しかし、今度は口に出さなかった。何とか喉で言葉を止めた。
「博多くんは才能あるの。私がわかりますよ。他のみんなもわかってるはずなんです。決勝戦。最後あそこまで優勝候補にいい試合できたのは貴方のおかげだって」
やめてくれ。
怪我をした瞬間を思い出す。あそこで別の選択をしていれば、病室で泣いているのは自分じゃなかったはずだ。
「でも負けた」
この一言が全て。負けてはどうしようもない。先輩たちの夏を終わらせてしまった。それは事実。「…私思うのです」
博多は小倉を見た。そういった小倉の顔は真剣そのもの。
「博多くんは高校に入って、生徒会に入って、バスケに100%じゃなかった。じゃあ、仮に100%だったら?」
…もっと、あの決戦の試合までに準備できていたかもしれない、ということだろうか。
「…」「…」
沈黙が続く。
小さい子のシュートが大きい子に阻まれる。小さい子は汗だくで肩で息をしている。
大きい子が何か言っている。それに反応し、小さい子は大きく首を振る。言っている言葉はわかる。「もう諦めろよ。今日は帰ろうぜ」「いやだ、もう一回」
ほら、また再開した。
「あの小さいの、どうして負けたのにあんなにイキイキとした顔をしているんだ?」
また思っていることを口に出してしまう。
「…貴方も、博多くんもあの試合、同じような顔をしていました」
そう小倉が呟く。
「…楽しかったんではないですか?」
確かに体は高揚していた。しかし楽しかったのだろうか。夢中になりすぎていたのだろう。その時の感情を思い出すことができない。
「…分からない」
小さい子が、大きい子をフェイクでかわし、ゴールを決める。見たことある、博多が知っている動きのようだ。既視感がある。勝った小さい方はすごく嬉しそうだ。何か叫んでいる。大きい子は対照的に悔しがっている。が、終わるようだ。負けて悔しくないのだろうか。
そこで博多の携帯が鳴る。横目で小倉を確認する。
「出ていいですよ」
「すまない」
通話のボタンを押す。母親だ。
「大樹、今どこにいるの。そろそろ20時よ」
確かに辺りが暗くなった。街灯に明かりが付く。
「ああ、22時には帰るよ」
「足怪我しているんだから、遊び行くのは控えないと」
「わかってる。じゃあね」
先ほど1対1をしていた子供のうち、小さい方がこっちに歩いてきている。
「姉ちゃん、遅くなっちゃった」
姉ちゃん?
「いいの海斗。さっき来たところだから。それで、勝ったの?」
小倉(弟)だったようだ。しかし、さっきまるで知らない子のように発言していたのはなぜだろうか。
「1回だけね」
弟は少し勝ち誇ったような、悔しいような顔をしていた。
「勝ったのね、やるじゃない」
「…うん。そっちの人は?」
褒めてもらったというのに嬉しくなさそうだ。よほど負け続いていたのだろう。博多にも同じような経験があるのでその心境は理解できる。
「このあいだの人だよ」
このあいだの人?
「どういうことだ?」
小倉の方をみる博多。
「そうなの?あの決勝戦で大きい人倒した人?」
「…試合、見に来ていたのか」
既視感の正体は、俺の決勝戦の動きに近かったからか。精度は良くないとはいえ、よく見たものをそのまま体で表現できるな。博多は感心した。
「そう!最後までやってたら、姉ちゃんのチーム勝ってたよ」
あの時のことをまた思い出させるのか。
「私、松葉杖取ってくるから、話ししてて」
と小倉はいい、自転車で来た道を戻っていった。
「お、おい。弟は送らなくて…。行っちゃったよ。結局歩くことになるのか」
博多はがっくりきた。駅までおよそ10分。いい筋トレだ。
親に最寄りの駅に迎えに来てくれないかアプリでメッセージを入れる。
「お兄さん、はあの背の高い人抜いた時、楽しくなかったの?」
弟から話しかけられた。携帯をしまい、博多はそちらを向く。
「…夢中だったからな。わからないな」
「夢中?でも楽しそうだったのに」
「海斗くん、だっけ?姉ちゃんも同じこと言ってたよ。そう見えたのかなぁ。そういえば海斗くんはいつからバスケ始めたの?」
「ん?その決勝戦?の時からだよ」
ふんっとドヤ顔をする海斗。対照的に博多はかなり驚いた顔をしている。僅か1ヶ月弱であの動き。この子才能あるのじゃないか…。
「毎日してるのか?バスケ」
少し海斗のことを博多は知りたくなった。
「うん。バスケしたことある人と何人かでバスケをしてるの。毎日はできないけど、ここに来れば誰かいるから」
まるで昔の自分を見ているかのようだ。始めた頃は部活や試合関係なく、ただバスケが楽しかった。
「…そっか」
「お兄さんはバスケ楽しくないの?」
「…」
言葉に詰まった。なぜか、「楽しいよ」と言えなかった。
怪我した時のこと、枝光の言葉、中学の最後の試合。
色々な光景が頭に浮かぶ。
「お兄さんが、足治ったら」
沈黙を保っていた博多をよそに、海斗が話を始める。
「バスケしようよ」
3人で駅に向かっている。話疲れて、海斗は小倉が来るのを待てずに疲れて眠りこけてしまった。小倉がおんぶしている。自転車は公園に置いて帰るとのこと。
「どうです?童心を思い出しました?」
「…感じるものはあるよ」
「私は」
海斗をおんぶしがら、小倉は博多の方に向く。
「私は全国の舞台を見てみたいです」
「そりゃそうだろうよ、誰だって」
今回掴み損ねた全国への切符。誰もが欲しくて練習しているだろう。
「それが得られるなら、何でもするつもりです」
小倉が足を止める。真剣な表情で博多を見つめる。どういうことだろう。発言の真意が掴めない。
「その全国にいくチームの中心になるのは博多くん、あなたです」
「…」
しかし、感じてしまった。先輩たちは博多が戻ることにそんなにいい感情を持っていない。レギュラー争いのライバルが1人増えるということと同義。
「あなたが必要不可欠なのです」
「…でも」
「生徒会副会長なのも知ってます。忙しい身なのでしょう。でも」
大きく息継ぎをする小倉。
「バスケのことだけに集中できませんか?そのためなら…」
「…」
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