第20話

1学期が終わった。

今日7月22日。明日から授業がなく、学校に来る義務はなくなる日。博多の目に映る生徒達ははしゃいでおり、皆楽しげだ。

松葉杖で体育館から本校舎に続く渡り廊下をゆっくり進む博多。その目には生気が宿っていないように映る。

「何?どうしたん?博多くん。まだ痛むん?」

博多より少し先に歩いている八幡が声をかけてくる。振り返った顔を見るに心配をしているようだ。眉がハの字になっている。

「ん?いや、なんでもないよ」

気丈に答える博多。気分が下がっているが、彼らの所為ではない。八つ当たりはしてはいけない。

「大樹、無理してるでしょ。やっぱり」

博多の後ろから声を発しているのは宇美。彼女の目線は左足に向けられている。

先の決勝戦で負傷した左足は骨折していた。今はギブスにて固定をしている。

博多は自身の左足を見る。骨折してからというもの、トイレにいくのも一苦労だ。今回骨折したのは脚の外の骨。1ヶ月から2ヶ月で骨がくっつくとのこと。特に博多は治りが早いそうだ。CTという画像をとった先生が言っていた。

「美奈子、そりゃ、骨折してるんだもん。博多くん無理してるよ」

遠賀が宇美に諭すように言う。遠賀は宇美に寄り添うように歩いている。

「いや、大丈夫だからって。エレベーター使うし、先に行ってていいよ」

無理やり笑顔を作る博多。

「そ、そう?」「無理すんなよ、ゆっくりくればいいし」「じゃ、じゃあ」

何かを悟ったのか、歩くペースを上げ、博多の視界から消えていった。

博多は廊下の端に寄り、脚を止める。

本来、全国大会に駒を進め、なかったはずの夏休み。部活に戻れるまで博多はリハビリを続けるので、休みなんてないのかもしれないが。


結局勝てなかった。


どんなに今後勝ち続けても、どんなに得点を重ねても、もうあのチームではプレイできない。

チームは新体制に移っていると聞く。キャプテンは直方に決まったらしい。2年でレギュラーであり、尚且つ人がいい。文句をつけるつもりはない。

博多が今1番懸念しているのは

「チームの雰囲気変わっているのに、いきなり入って溶けこめるかなぁ」

1年から試合に出ていた博多は2年に良く思われていないらしい。だとするなら、もしかしたら虐めに合うかもしれない。決勝戦で途中で抜けてチームに迷惑をかけたので、怒っているかもしれない。博多の頭の中には負の感情が渦巻いていた。

「お、博多か」

聞き覚えのある声が後ろから聞こえ、博多は振り向く。

「よ、脚は大丈夫…じゃねぇな」

直方先輩だ。怒る、叱る、嫌うといった負の感情は直方の顔からは感じることができない。

「お、お疲れ様です」

「おうお疲れ」

「新チームはどうですか?」

博多の右頭部が少し痛む。頭痛だろうか。しかし、博多は痛みを表情に出さない。

「まぁ、まだ1週間しか経ってないからな。3年がいないだけであんまり前と変わらないよ」

直方はお人好しだ。性格も良い。だからもしかしたら彼の知らないところでチームが変化している可能性はある。そう博多は思った。少なくとも表面上はあまり変わっていないのにホッとしつつ、

「ウィンターカップの予選にはどうにか間に合わせます」

次の大きな大会に万全の状態で臨めるよう、努力する意思をキャプテンに見せとかなくては、と考えていた。

「おう。まぁ、無理すんな?お前はあと2年あるんだから」

その言葉を聞いた博多は胸が苦しくなった。そうじゃない。あのチームで勝ちたかった。先輩とともに全国に行きたかった。

「うっす…」

本心を隠し、なんとか返答する博多。

2年ある、それは言い訳。博多をあやすための優しい嘘。直方には、博多を慰めようとする意思があるのは、外から見て取れる。しかし、その言葉は、博多を憤り、強い後悔に導くことはあるにせよ、癒すことはなかった。


17時。

授業が終わる。

本来ならば、ここから部活に行く時間。生徒会があるため、すぐには向かえないが、体を精一杯動かす。しかし、今の博多にはそれができない。

授業は2週間進んでいる。博多の退院を待ってくれているわけではない。特に数学に関してはちんぷんかんぷんだ。

学校に併設しているエレベーターに向かいながら、博多は思う。自分は遅れている。勉強も、バスケも。何もかも。怪我した左足を見る博多。その目の瞳孔は開いていた。

「あ、博多さん。足は大丈夫なんですか?」

階段に差し掛かったところで、箱崎副会長に出くわした。

「大丈夫ではないですが…」

「まぁ、そうですよね、でなきゃ、松葉杖ついていないですよね」

何を当たり前のことを。博多は少しムッとした。明らかに社交辞令のような会話。以前の博多ならすぐには会話の意図を理解できそうであるが、今の博多にはできなかったようだ。

「先に上がってます。ゆっくり来ていいですからね」

そう言うと、颯爽と階段を上っていく箱崎。博多はあまり箱崎とは話したことはなかった。

はいはい、ゆっくり行かせてもらいますよ。そう口に出さずに返答すると、博多は舌打ちをする。今は生徒会なんてどうでもいい。

松葉杖で歩行し、どうにかエレベーターの前まで来た。エレベーターのボタンを押す。この学校のエレベーターはなかなか動くのが遅い。普通の人であれば、階段で行く方が速い。

中々上ってこないエレベーターが1階にいることを示す表示をみていると、誰かから横から話しかけられた。横を向くと、見知った顔。

「今日は生徒会なんですね」

小倉。バスケ部のマネージャー。同学年。

「…どちらにせよ、今の俺は練習もできないからね」

そう答えると、悔しい気分になる博多。

「見学ならできるじゃないですか。もしくは、マネージャーの手伝いでもー」

「何しにここに来た?」

1階にいたエレベーターがやっと動き出す。

「んー、強いていえば…」

この女、容姿は良く、この1学期で何人も男を乗り換えている、という噂が立っている。バスケ部の先輩、先生、大学生。事実は知らないが、そう言われるということは、周りから恋多き女とみられているのだろう。悪い言い方をすれば、ビ○チということ。

「デートのお誘いを」

いい終わるとニコッと笑う小倉。デート?俺と?

「だから、生徒会終わったら帰らないでくださいね?1階の入り口で待っていてください」

エレベーターの扉が開く。

博多は小倉の顔を見ず、エレベーターの中に入っていく。そして、振り返らずにこういった。

「嫌だね」

エレベーターの扉は閉まる。

その言葉を聞いた小倉は、

「そんなこと言いながら、待っててくれるの、知ってるんですから」

そう呟いた。



生徒会室に着く。メンバーは皆揃っていた。残りは博多のみ。

博多の姿を見た瞬間、声が上がる。ガヤガヤとする。

「すみません、遅れました」

「大丈夫です。事情は知っています。席へ」

会長の言葉。言われるまでもなく、自分の席に移動し、腰を下ろす。

席に着くと、会長が声を張り上げ、

「それでは、生徒会を始めます」

と宣言した。貰った資料を確認する。どうやら、今回の話は夏休み中の生徒会の活動について、という話らしい。

「では、手持ちの資料を確認してください。今回は、夏休み中の生徒会の動きについてです」

内容としては、他校との交流会、定期会、そして体育祭準備。役割がすでに割り振られており、口を出すところがない。さすがは会長。仕事が早い。博多は羨望の眼差しを会長に向ける。

「日程を確認してください。もしも出れないところがあれば、今言ってください」

自分の割り振りを確認する博多。どうやら、体育祭準備の会で中心となる役割の様だ。定例会でも名前が1回しかなく、それも8月後半の1回のみ。

「はい、いいですか」

「どうぞ、博多副会長」

「私が8月初旬、7月後半に仕事が割り振られていないのですが」

「それは、」

会長が一瞬視線を外す。会長は糸島の方を見た気がした。

「副会長がいるバスケ部が、今年は全国に行くと思って、先に開けておいたのですが、ちょうど副会長が怪我をされているとのことだったので、8月初旬は空けて、休養を取ってもらう様に日程調整しました」

「しかし、体が万全になったら部活の方にも顔を出したいので、8月初旬も予定を入れてもらいたいのですが。後半に予定が入りすぎていて、中々ー」

「足が治らないと、周りに迷惑をかけるのでは?」

ニコッと笑顔で博多へ返答する会長。箱崎がそれに対し

「言い過ぎです。彼もそうなりたくてなったわけじゃない。訂正してください」

と答えた。ピクッと会長の肩が動き、一瞬、ほんの一瞬であるが顔が曇ったように見えた。しかし、すぐに笑顔に戻る。

「訂正します。博多さんは足を治すことに集中してください。以上」

発言し終えると、すぐに会長は椅子に座った。

俺、この人の横に立ちたい、そう思ったんだよな…。そう思い返す博多。

胸が重くなり、顔を下げながら博多は席に座った。

「他に何かー」

会長が喋っている。しかし、頭が発言内容を認識していない。

今の俺は役立たず、なのか。その思いが博多の頭の中でグルグルと回る。


会はいつの間にか終わっていた。

箱崎と柳川書記が博多の目前に来ている。博多は顔を上げる。

「博多くん、会長も悪気があったわけじゃないと思うんだ。ああやって言葉がキツイ時もあるけどさ。ね、やなぎ」

「ぼ、僕もそう思うよ」

箱崎は申し訳なさそうに、柳川は目を細めてそういった。

「…事実ですから」

どうしても、けが人がいるとそちらに合わせようとして、移動時間、手段など、時間や手間がかかりすぎてしまう可能性がある。会長の言っていることは正しいのかもしれない。

「そ、そうかい?どちらにせよ、ごめんね。じゃあ」

2人は去っていった。教室には博多だけが残っている。

怪我はこういうところにも影響してくるのか。そう思い、左足を見る博多。どうしてあのとき、あの試合中あの選択をしたのか、どうして学校に今日来ようと思ったのか。

博多は立ち上がると、ゆっくり部屋のドアに向かった。

エレベーターを使って1階に降り、外を見る。18時半。まだ外は明るい。

そう言えば…。博多は生徒会に行く途中のこと、小倉のことを思い出す。

体を、足を怪我してから、誰からも必要とされていない気がしていた。バスケ部には戻れない。友人、いや、カーストの連中もそそくさと先に行ってしまった。生徒会でも腫れ物扱い。しかし、

「小倉だけ、今の俺を…」

必要としてくれるのだろうか。してくれているのだろうか。博多は青い空を見上げながらそう思った。1回だけ、誘いに乗ってみよう。

そう思い、1階にある入り口近くの階段に腰を下ろした。

バスケ部は今日は早く終わるはずだ。それでも19時半以降になるだろう。30分以上も待つことになる。

それでも、博多は待つことにした。


博多が待ち始めてから10分経ったころ、後ろから声が聞こえた。

「ほら、待っててくれるんじゃないですか」

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