第19話
「ダメって…どうして」
糸島の声は震えている。携帯を持つ手には汗が浮かんでいる。
「今の話は、一方的な博樹たちの意見だ。どちらの意見も聞かないと真実を理解できない」
父は昔からクール男子だった。物事に対して客観的な視点を持ち、感情が物事の判断に入ることは少ない。
「愛も含めて話し合いをすべきだ」
「…でも唯香はもう会いたくないと言っている」
唯香の方を見る。すると肯定するように頷く唯香。
「じゃあ、3人でもいい。話し合いをすべきだ。博樹はいつ空いているんだ?」
特に母に対して嫌悪感などはない。男好きで夜遊び好きなのは、糸島が物心ついたころから知っていること。それに、父と離婚する際にも夜遊びが原因であることは知っていた。父が愛想を尽かし、出て行った。それを理解できたのは父の部屋から荷物が消え、本来帰ってくる月1の休みの日に帰ってこなくなったからであったが。
「放課後であれば、明日でも」
今回の面倒な案件をどうにか早く処理したい。グダグダと続いたら仕事にも学校生活にも影響が出るかもしれない。
「わかった。予定調整は俺がする。予定が決定し次第連絡する。博樹の携帯番号を教えてくれないか」
3人で話し合いする場面を想像する。母がヒステリックに言葉を吐き散らし、それをスルーする糸島と、客観的に分析していき、人間の感情を考えない父。話し合いは終わらず翌日に持ち越し…。実際に離婚の話し合いがこのような感じであった。
携帯番号を伝えると父は電話を切った。脱力する糸島。
「なんにせよ、圭介さんに話がいってよかった。これでことが進むなぁ」
おじが、自分の関与しないところで問題が解決しそうで安堵している。しかし、糸島はそう簡単におじを蚊帳の外へと逃がしたりはしない。
「すみません。父さんの仕事の関係上、会うのは遠方になるかもしれません。なので、母さんと自分の送迎をお願いしても?」
送迎が目的ではない。実際に話し合いに参加させるのが目的。糸島は家庭の外部から1人話し合いに入れることで、先ほど考えた最悪の状況、永遠と無駄な話し合いが続くことを回避する。
「え、う、うーん」
自分はもう蚊帳の外だと思ったのだろうか。
「ば、場所次第かな」
これは押せばどうにか参加させれそうだ。糸島の右の口角がほんの少しだけ上がった。
当日。雨。朝からしつこく降り注いでいる。時刻は19時。
県庁所在地にある、ファミリー向けではあるが他のファミレスより高価と言われているファミレスにきた。席には4人が座っている。
「どうして私まで…」
おじの言葉だ。どうせここら辺でいつ終わるか分からない、ならば一応ことの成り行きを知っておくためにも参加したら?という糸島の提案に首を横に振れなかった。
「すみません、駿さん」
「あ、いえ、圭介さんが悪いわけではないんですから、謝らなくても」
「で、何?ここに呼び出された訳」
と母の言葉。今回の原因である彼女が事態を把握できていないのだろうか、と糸島は思った。
「唯香は?」
「唯香は、あなたに会いたくないんだと」
あえて、母さんという言い方を避けた糸島。これで事態を理解してくれなければ、母親を見限ることになる、と糸島は考えていた。
「…そんなに怒ることかなぁ」
母から、いや母のような姿形をしたものの口から出てきた言葉はそれだった。糸島は落胆した。今回の事態を母もどきは把握できていない。
「愛、結論から言う。保護者失格だ」
父が淡々と言葉を発する。
「娘を男に貢ごうなど、母としてあってはならない行動。唯香の心にどれほど傷が付くか想像したのか」
父が唯香の心配をしている。珍しい。離婚前には自分の子供に対し、興味を示さず、帰宅後はただ筋トレか報告書作成をしていた人物とは思えない発言。
「男のあんたに女の何が分かるってのよ。最近の若い子は処女が恥ずかしいって流れがあるわけ。で、母親のあたしが一肌脱いでやろうってわけよ」
糸島は男性だ。だから、今の発言は理解できないのだろうか。全く同意できるものではなかった。流行だから、といって軽く処女を捨てるのだろうか。
「唯香に聞いたのか?処女は恥ずかしい、だから捨てる機会を作ろうか?と」
「唯香はまだその流行知らなかったみたい。ちょうどいいと思ってー」
「仮に、愛の言う通りだったとしよう。では、100パーセント唯香のために、唯香のことを思っての行動だったんだな?」
そんなわけない。糸島は思わず吹き出しそうになった。唯香の話云々は建前だろう。本心は男に好かれるために、男の要求を呑んだ、もしくは親子丼を提案した、のだろう。唯香の話からもそう想像できる。
「…100パーセントじゃないわ、でもそう考えていたのはー」
「じゃあ、100パーセントではないのならば、少しは愛自身のために唯香の体を利用しようという考えが入っていた、ということだな?」
むしろ本音はそちらだろう。
「…そうよ。仕方ないじゃない。彼からお願いされちゃ、断れないじゃない」
おじが頭を抱えて机に伏せる。糸島は天井を見上げ、ふぅと息を吐いた。父はやっぱりか、と肩を落とす。
「好かれたかったのか」
「そうよ。イケメンだし、年取っててもいいって言ってくれたし、そんな相手なかなか出会えないのよ」
「そうか」
父は短く揃っている頭を掻いた。
「今回、仮に児童相談所に話が行けばどうなるか理解できるか?」
父が無知の子供に教育を施すかのように、ゆっくり喋る。母親もどきは予想だにしなかったワードを聞き、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「これから行政の目が愛を監視するかもしれない。余計な手間が増え、遊びに行く時間が減る。最悪親権剥奪だ。そのような事態が起これば愛の職場にも知れ渡る可能性もある」
そうなれば、居た堪れないだろう。法律がどのようになっているかは知らない。解雇や懲戒処分すらできないかもしれない。しかし、先の事件を引き起こした人物が病院にいるとなると、病院のイメージが悪くなるだろう。そのような事態は避けたいはず。
「じゃあ、どうすればいいのよ」
「唯香は…」
糸島はここで口を挟んだ。他の3人とも視線を糸島に向ける。
「唯香は、今母親と暮らしたくない、といっている」
「そうか、実の親に体を売られそうになったんだからな、仕方ないだろう。身の危険を感じているのかもしれない」
こんなに喋る人だったか?父に対して懐疑的な目を向ける糸島。
「そんな…」
「冷却期間を設ける、でどうだろうか」
「冷却期間?」
「そうだ。いずれ男には分からないものを唯香も愛と同じように感じ、愛を許す時が来るかもしれない。その時を待つ、ということ」
案が具体的でない。父にしては珍しい。もしかしたら、父の皮を被った別人なのではないだろうか。
「つ、つまり?」
おじの発言。
「…俊さん、俊さんの家で唯香を引き取っていただくことは難しいのですよね?」
「そうだね、うちにも子供がいるし」
「じゃあ、一人暮らしをさせるしかない」
その父の言葉を聞いて、糸島は考える。唯香を利用でき、かつ、バックにお金が付いている。そのような状況は糸島にとって1番都合がいい。母親もどきはお金を家に入れてくれ、家にいないので邪魔にはならないが、糸島にとっては今までの状況となんら変わりがない。
「唯香の一人暮らし、できると思う?まだ一応中学生だよ」
糸島は、「一人暮らし」は困難なのではないか、と話題を振る。
「未成年女子の一人暮らしより、俺もいて2人暮らしのほうが良いんじゃない?」
「博樹!」
母親もどきが激昂する。
「あたしは何もしてないじゃない」
だからどうだというのか。一緒に暮らせというのか。殆ど家族らしいこともしていないというのに。
「愛、落ち着け」「愛!」
大人2人に諭され、黙る母親もどき。最後に追い打ちをかけよう。
「家に帰ったら知らない男がいた、なんて俺も耐えられないし、何より唯香が心配だ」
と言っておけば、父はともかく、おじはこちらの味方になってくれるだろう。
「そうだね、今回、博樹くんにも少しは堪えているようだ。圭介さん、2人暮らしにしよう。2人が許せば、家に帰ってくる。それでいいのじゃないかい」
案の定、糸島にとって最高の言葉を引き出すことができた。これを反論する理由が父にもない。
「そうですね。こいつに子供2人を任せてしまった私の責任もあります。家は手配しましょう」
「…あたしは?また1人の生活になるの?」
「それは知らない。好きにするがいい」
そう言われ、肩を落とす母親もどき。母である前に女である、と言い切った母親もどきにとっても家から子供が消えるので、男を連れ込み放題だろう。どうしてここまで落ち込んでいるのか。先日の件で失敗したため、男と別れたのだろうか。糸島には母親もどきの心が理解できない。
「生活費は、きっちり愛に払ってもらう。俺も今回の事態になる一因を担った。責任を感じている。だから、少しは出そう」
おじはふぅ、と息を吐き、安堵の表情を浮かべる。
どうやら事態は収拾したようだ。
時刻は22時になろうとしていた。
こうして、唯香と2人暮らしが始まった。
「あにき、なんでぼーっとしてんの?」
唯香に話しかけられ、ハッと現実に戻される糸島。机には料理が並んでいる。糸島は部屋の入り口から一歩も動いていなかった。
「すまない、色々なことを考えていてな」
「やっぱり、女でしょ」
「はいはい、そうかもな」
「またそうやってあしらって」
不機嫌になる唯香。放置しておくと、後の勉強および仕事時間に影響がでる。
「悪かった。女じゃなくて仕事だ」
ぶっきらぼうに答える糸島。唯香は糸島の顔を睨みつけている。
唯香に出した条件。サポートする内容。それは
家事の一任
帰宅が糸島より早く、掃除や洗濯にあてることのできる時間が多いのは唯香である。家に帰るとご飯があり、風呂が沸いており、洗濯が済んでいる。今まで自分の分は自分でやってきていた糸島にとって、その状況は最高だ。自宅での無駄な時間を省くことができる。
唯香には「母親と同じ道を行かないように」といって、説き伏せた。元々サポートすることを条件に糸島に協力を依頼していたのは唯香だ。嫌な顔はしたものの、要求を拒否することはなかった。
事件から2週間が経過している。はじめはたべれるものを作るのがやっとの唯香だったが、今では普通に夕食を作ることができる。今後も問題はなさそうだ。
それよりも、
今、糸島にとって目下最大の案件は岩国だ。なぜこんな写真を持っているのだろうか。
もらった写真を見てみる。
日国大の学生服を着た女学生が中年男性と手を繋いで建物の中に入っている。建物には、休憩、宿泊など料金表が貼られている。いわゆるラブホテルという建物だ。
「つまりこれは、
援交…?」
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