第18話

今回の現況である母親が、帰って来る可能性のある自宅にかえるわけには行かない。

とりあえず、近くの公園に移動した糸島と唯香。唯香が豪快に泣いたせいで、まわりに白い目で見られ、居辛くなったための移動。唯香の靴代わりに、安く売られていたサンダルを履かせてある。

「どうするの?どうしたらいいの?兄貴」

唯香は捨てられそうになった子犬のような顔をして、糸島の様子を疑っている。そうだ。これからどうしたらよいのか。まだ大人でない、責任を持つことはできない糸島にとって保護者がいなくなることは良くない。そして、

「ん?なにか考えついたの?」

この今まであまり仲良くなかった妹を、今まで何の協力をしてこなかった妹を救ってやる義理はない。血は繋がっている、また、今回、何故か体が動いて助けにきてしまったが、よく考えると、今回の行動は糸島にとってマイナスでしかない。

「兄貴…?」

どちらにせよ、唯香の逃走劇に手を貸しているため、もう後戻りはできない。では、


妹を仕事の道具にすることができれば、母以上の価値を持つことができる。


「唯香」

「なに?兄貴」

「唯香は母さんの元に帰りたいか?」

「…」

俯く唯香。すぐに嫌と言わないのは、他に頼るものもいないという今の状況をよく理解しているからだろう、と糸島は考えた。だから、質問をかえる。

「お金とかは何とかなるとしたら、母さんの元から離れたいか?」

そう糸島が発言すると、唯香はふっと顔を上げた。そんなこと可能なのか?と不思議そうな顔をしている。

「できるならそうしたいよ」

「一応、離れたい理由を聞きたい。言葉にしてはっきりしておいてくれ。決意が薄れる前に」

この発言は酷だろう。先程母にされたことを思い返せば、どんなに心ないものでも唯香の精神状況はなんとなく理解できることだろう。母に売られそうになった娘。

「…」

「嫌か」

「い、いやなんかじゃない」

焦りながら唯香が応答する。兄に捨てられるとでも思ったのだろうか。

「あの人と一緒にいたら、体が汚くなっちゃう…から…」

処女を散らし、好きでもない男を受け入れないといけない。それが仕事ならいいだろう。割り切ることもできる。しかし、唯香の得はなく、ただ母親の得になるだけ。今回のようにいつ男への貢物になるかもしれない。

「そんな理由じゃ…ダメ…かな」

弱々しく話す唯香。以前までの唯香なら「いいでしょ、これしか考えられなかったのだもの」ぐらい言うだろう。

「いいよ。それができるようなんとかしてみよう」

そういえば、母には面倒見のいい叔父がいたはずだ。まずは話を入れてみることにしよう。

「本当に?兄貴を頼っていいんだね?」

唯香の目に涙が見える。心が揺れている。ここで、条件を突きつけていくのがよいだろう、と糸島は直感した。

「ただ、唯香が俺のサポートをしてくれるなら、という条件付きだよ」

「さ、ぽーと?」


「助手さんってことだね」





午後10時。駅前のファミレスにおじは現れた。急ぎ足でスーツ姿だ。仕事の帰りだろうか。


席に着き次第、おじは子供2人に深々と頭をさげる。

「申し訳ない。愛の男遊びのせいで迷惑をかけた」

「駿おじさん、あなたのせいじゃないですよ」

唯香はこうべを垂れている。なので、一応長男である糸島が駿おじさんと話をする。

「いや、あやまらせてください。女であるまえに母である、親であるという自覚がなかったのだろう」

おじは上げた頭を深々と下げながら言った。すると、頭をずっと下げていた唯香がおじの顔を見据え、ぶっきらぼうにいった。

「謝罪なんていらない」

「唯香」

慌てて、糸島が手で制止するジェスチャーをする。

「被害者は私よ。文句言う権利はあるでしょ」

「そうだね」

おじは顔を伏せたまま考える。

「…なにが望みなんだい」

「母さんから離れる」

すぐに母から離れたい意志を示した唯香。糸島の口角がくっとあがった。

この言葉の真意は、もう一緒には暮らせない、ということ。さすがにおじも理解したのか、顔を伏せ、頭を掻く。

「愛に、母さんにもう一度チャンスは上げれないかな?」

筋違いの返答がやってきた。おじは日本語が理解できないのか、それとも確認か。

「…冗談でしょう?」

「唯香!!」

呆れた顔をして言った唯香を、制止する形でかぶせて発言する糸島。

「いいんだ、博樹くん。愛はそれだけのことをしたのだから」

「あ、いえ…、すみません。暴言の数々」

「いいよ、怒ってない」

「でも、これからどうするか、ですよね…。一介の高校生の僕と中学生の唯香だけではこれから生きていくことはできません…」

「ん…、わかってる。でもねぇ…」

でもねぇ、とはなんだろうか。糸島は純粋に疑問に思う。

「おじさんの家にいくのはダメなの?」

唯香の発言である。この発言は計画通りであり、糸島もやっとこの発言を出せた、と安堵している。


ーおじさん到着数分前

「で、私はどうすればいいの?」

唯香はドリンクバーから注いできたオレンジジュースを飲み終わり、そう言った。

「まず、唯香は被害者を常に演じ続ける。遠慮することなく発言し、こちらの要求が通りやすいように被害者の声を出し続けろ」

「わかった」

「結果として、おじさんの被扶養者になれれば1番いい」

「被扶養者?」

あぁ、と糸島は思う。唯香は勉強は大の苦手である。それは別に良いのだが、このように一般的に使われる用語も知らないとなると、1から説明しなければならない。簡単にいえば

「養ってもらう、まぁ、お金を出してもらう、ってことだよ」

「…そっか、お金ないと何もできないもんね」

うんうんと頷く唯香。本当に理解しているのだろうか。

「でも、おじさんのとこにも家族いるよ?難しいんじゃない?」

その通り。扶養に入るのは中々至難の技だ。だから、その条件を囮として使いー


「難しい…よ。うちも子供いるしねぇ」

「じゃあ、代わりと言っては何ですが、元父の携帯番号とか知らないですか?」

ーそう、父を頼ること。現在連絡手段がなく、頼ろうにも頼れない父。連絡手段をどうにかおじに作ってもらい、橋渡しをしてもらう。これが今回の主目的。

「そうか、圭介さんがいたな。…たしか…あった。番号を変えていなければ繋がるよ」

携帯画面を操作し、番号を見つけ、嬉しそうに話すおじ。

「掛けてもいいですか?」

電話できるところまで辿り着いた。しかし、ここからが正念場だ。住むためのお金、住処を確保しないと。

「いいけど、でるかなぁ」

携帯を渡しながら、おじは呟く。携帯をもらい、通話のボタンを押す糸島。


プルルルル…


プルルルル…


出てくれ。貴方さえどうにか説得できれば、大人になるまでの人生設計を立てることができる。母なしで生活できる。


プルルルル…


プルルルル…


唯香が不安そうにこちらをみている。おじは「やっぱ出ないかぁ」とつぶやいている。

出ないのか。そうか、仕事大変だものな。また今度かけなおsー


「はい、圭介です。駿さん。何か用事ですか?」

身震いした。待ちに待った瞬間が訪れた。糸島の両手震えている。喉が乾く。これは緊張している、ということなのだろうか。それすら糸島にはわからなかった。

糸島の顔色が変わったことで、唯香の表情が驚きを帯びたものに変わる。



「…………父さん」

「博樹か、どうした。駿さんじゃないのか」

「聞いて欲しい話があるんだ」

「聞こう」

「ありがとう。父さん、母さんが」

「愛が?」

「唯香の体を男に売ろうとした」

少しの間、沈黙が流れる。おじは申し訳なさそうな顔に変わる。

「そうか、やりかねないな」

「そこで、俺ら子供は母さんを見限った」

「それで俺のところに電話が来たのか。愛も変わらないな。まぁ、人間そんな変わるものでもないか」

「父さんに頼りたい。まだ、生活できるだけの能力は俺らにはない」

「まぁ、そうだな」

「どう?」





「ダメだ」

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