第15話

城野から博多へパスが来る。貰ってから、博多はゴールとディフェンスの位置を確認しようと顔を向けた。すると先ほどまでの光景とは異なる部分があった。ディフェンスが6番八代に変わっている。

「今度からはこちらでも勝負だ。チビ」

目線を城野に向ける。しかし、こちらを向いていない。ディフェンス全体をみる。これは…ボックスワン(相手につくのではなく、自分の陣地を守るようにするゾーンディフェンスを4人が行い、残り1人が相手にぴったりとつくワンツーマンディフェンスを行う)というディフェンス陣形。そして、八代で博多を封じる、という作戦であろう。確かに先ほどまで連続で3Pシュートを決めており、北紫西にとっては今1番厄介なのは博多であろう。

本当ならば、城野にボールを返して一度体制を立て直すのがベストであるが、博多は本能が勝負しろ、と囁いてきていた。勝負。勝ちたい。ただそれだけ。

シュートモーションに入ろうとする。しかし、やはりさすがは注目選手八代。咄嗟に反応し、距離を詰めてきた。そこからドリブルに切り替える。右方向へ足の先まである筋肉全部使って加速する。しかし、八代はそれでも反応し、ついてきた。だめだ。俺には抜けない。

「パァス!」

目の前には、走りこもうとしている枝光が見えた。

ーここでパスしたら、逃げたのと同じだー

本能が囁く。戦え、まだ負けてない、勝てる、と。


そこで思い出した。第3クォーター中で直方と土井のダブルチームをかわすために、八代はドライブできりこむようにみせ、そこから後ろに飛び、フェイダウェイを連発していた。


即座に右手から左手にドリブルを切り替え、ドライブで抜こうとする。流石は八代。反応して重心が左にあったのを即座に右に変え、ドライブを止めにかかる。

しかし、それはフェイクだ。

生きた教科書を10分間ずっと見続けた成果をここに示してやる。博多は心がうずうずしていた。

ドライブをしようとするために、前方に移行していた重心を一瞬で後ろに、背中、腰、尻に移し、シュート体制をとりながら後ろに飛んだ。

八代は目を大きく開けている。しかし、反応はできていない。フェイダウェイをするなんて想像もつかなかったのだろう。

博多の手から放たれたボールは、綺麗に放物線を描き、リングに吸い込まれた。

これだ。俺にもできる。博多はガッツポーズをして吠えた。

「よっしゃぁぁぁ」

歓声が湧き、応援団の声も大きくなる。勝てる。



残り時間は4分。8点差までに縮められ、堪らずタイムアウトをとった北紫西。

勝てるかもしれない、そんな考えが皆の頭の中で出てきたのだろうか、先ほどまでの空気と一転して、ベンチの雰囲気はよかった。

「あと、4分ちょっとで8点差だ。第4クォーターの6分だけで10点縮めたんだ、あと8点ぐらいいける。お前ら、全国の切符掴んでこい!」

監督が檄を飛ばす。博多を除く4人は大きな声で「はいっ」と答えた。一方博多にはそんな余裕がなかった。ベンチに座り、ブツブツと独り言を話している。この状況は集中がつづいているという肯定的側面と、他のことをかんがえる余裕がないという否定的側面がある。


ブザーがなり、選手がコートに出てきた。しかし、そこに博多の姿がない。

「おい、博多、何してんだ」

先ほど直方と交代した枝光が博多の肩を叩く。叩かれて始めて博多は顔を上にあげた。

「は、はい、どうしたんすか?」

「どうしたんすか、じゃねぇよ、試合再開するぞ。タイムアウトの時間終わったぞ。ぼけてんのか?」

「え、あ、ほんとっすね。すみません」

枝光は博多の顔を見た。まるで獲物を見つけた肉食獣のような目をしていた。すごい集中力。

枝光はゾクっとした。試合に出て、運動したあとにくる火照りが一気に引き、寒気すら感じた。

博多は駆け足でコートに出て行った。その後ろ姿を見て、頼もしさと怖さ、そして才能の違いを感じた。

「博多は」

監督がチラッと枝光の方を向き、すぐにコートに視線を戻して話し始めた。

「八代の劣化版のようだ、と昨日思っていた。最終的には、まぁ1年後になるか、それとも2年後になるのかわからないが、身長が伸び、八代のプレイスタイルに近い選手になるのだろう、と」

確かに、博多は初速はチーム1に速い。それにドリブルも速度という観点ならチームでもトップを争う。ドリブルは少し荒い部分はあるが。

「だけども、そうではないようだ。いずれ、という私の予想を超えて、今日、チームのエース格まで成長しようとしている」

枝光の目線は一度監督の方に向けられたが、すぐに博多の方に向けられた。3Pシュートを決め、ガッツポーズしている博多を見て、腹の底に黒い炎があるかように沸々と負の感情が湧いてきた。これを妬みというのだろうか。

枝光は、小学校からバスケをやっている。中学校では何でもそつなくこなすプレイスタイルから、同級生からはエース、と呼ばれ、また小学校でも中学校でもキャプテンを務めてきた。バスケに関しては自信があった。チームはなかなか勝ち進めず、そのせいでスカウトが来ないのだと思っていた。高校では中堅と言われるチームに入り、自分の力で全国に行き、日本中に自分の名を轟かせる、そう思っていた。


現実は甘くなかった。


自分より上手い選手はたくさんいた。上級生だから仕方ない。そう考えたこともある。居残り練習、休日に練習をした。それでもベンチにすら入れなかった。

それまで中心だった3年が引退し、チーム力が落ちたおかげで春先にやっとレギュラーになれた。チームに少なかったスコアラーとしてフィットするようにプレイスタイルを変え、結果も出始めていた。しかし、自分よりあとから入ってきた後輩博多は、自分ができなかった1年にしてベンチ入りを達成し、それどころか、レギュラーを脅かす存在になった。それでも、スタメンでは自分が使ってもらっていたので、博多よりチームに必要とされている、と感じていた。それだけが拠り所であった。

ところが、チームが勝ち上がっていくにつれ、博多の出場時間が増え、自分の出場時間が減っていく。危機感を覚えた。練習も必死にした。だが、チームが数年ぶりに全国へいく切符をかけて臨む大切な決勝では遂にレギュラーを奪われた。

悔しい、憎い、そんな言葉では表せない感情。ずっと自分を支配していたのはそれだった。

しかし、博多の今のプレイを見れば、納得する。自分がコートに立てない理由。スタメンを外された理由。頭は理解した、納得した。しかし、心が否定したがっている。

だけど、チームが勝てるなら、スーパーサブでも何でもやってやる。悔しいし、泣きたいほど、博多をボコボコにしたいほど敵意が溢れてくるが、チームがそれで勝てるならそれは仕方ない。

だから負けんな。


残り時間2分にして6点差。

北紫西は、八代のワンマンプレーを捨て、連携を使って得点をし始めた。これは逃げではない。確かに、2回ほど八代は博多に止められ、1回勝負を逃げているが、それでもチームで連携を使うことで八代にボールが渡ったとしても連携の一環であり、他の奴がシュートをするように仕向けている、という選択肢を増やし、守りにくくする、ということがある。これで、守る側には一瞬の迷いが出るので、八代のオフェンスが成功する可能性を上げているのである。

一方で、日国大付属は5割は博多を囮とした連携。残り半分は博多に任せる、といった攻撃。博多は疲労してパフォーマンスが下がっているとはいえ、八代相手に一歩も引かない。互角の勝負をしている。


「はぁ、はぁ」

思考が鈍る。足が鉛のように重い。右腕と肩には筋肉痛が出てきている。でも勝つ。負けない。負けてたまるものか。

博多は外から見ても疲労困憊なのはわかった。しかし、パフォーマンスは落ちない。技のキレもスピードも。

「…本当に1年かよ」

相手4番が呟く。苦笑いを浮かべている。

「すまんな、謙生。次は止める」

6番八代が4番に話しかける。八代は笑っている。フル出場しており、体は限界であるだろう。それなのに、どこか楽しそうである。

「おまえ、笑ってんじゃねえぞ。さっさと試合を決めてこいよ、エースさんよ」

4番が八代の背中を思いっきりバシバシ叩いた。

「ああ、約束だ」


ボールを城野が相手コートに運んでくる。

点数差が先ほどから縮まらない。しかも、一時は4点差までいったのに、中道のエアボール(シュートがリングにすら当たらないシュート失敗のこと)で6点差。そこから一向に縮まらない。出場メンバー全員すでにスタミナ切れもいいところである。気力で何とか走って、プレイしているような印象を受ける。その中、唯一パフォーマンスが変わらない博多にどうしても頼ってしまう。

中道の方を見る。ディフェンスを振り切れておらず、パスできない。筑後を見る。後半戦フルで出ている筑後も中道同様、パスを出しても最終的には相手に取られそうである。直方も同様である。こうして消去法により、やはりパスできる人自体博多しかいない。

博多にパスを出す。博多は受け取り、低い姿勢で八代と対峙している。他のメンバーがどうにか博多に決めてほしい、どうにかしてほしい、と感じているようであった。

博多はシュートフェイクを挟み、右側にドリブルした。しかし、八代はしっかりと反応している。ここで博多は先ほど同様にドライブで抜こうとして、前に重心を移し、すぐに後ろに戻し、フェイダウェイのモーションに入った。

「何度も同じ手は効かねぇよ」

今度はしっかりと八代は反応し、体を前に倒れかかりながらシュートを防ごうと手を伸ばした。



八代は疲労のあまり、体を止めることができなくなっていた。

シュートされたボールに手の先を当てることは出来た。しかし、そのまま博多に倒れかかる。

博多も呆気に取られ、受身ができなかった。


ドスン


低い音が響く。

八代が上に被さった状態で博多が床に落ちた音だ。

シュートされたボールはリングにあたり、コートの外にはじき出された。

審判が笛を吹く。ファールである。しかし、そんなことはどうでもいい。

「大丈夫かぁぁ!!」

枝光がベンチから飛び出すように出てくる。それに続いて中道、城野が駆け寄ってくる。

上に被さった八代が起き上がった。どうやら無事のようだ。相手4番と会話できている。審判が大丈夫かどうか確認すると頷く。

しかし、博多の方が起きてこない。やっと目を開けたかと思うと、右手をついて体を起こそうとする。しかし、立ち上がれない。

「9番を医務室へ。係のもの早く来なさい」

「ま、まだやれます!!少し待ってください」

必死に立ち上がろうとする。左足を動かそうとする。しかし、左足が動こうとしない。少し博多が顔を顰めた。痛みがあるのかもしれない。

「ダメだ。医務室へ行きなさい」

審判の口調が強くなる。

「まだ、まだやれる、やれるんだよ。こんなところで、こんな結末、許さない。いやだぁ!」

中道が長座体前屈のように座っている博多の両肩をつかむ。

「大丈夫だ、おまえの分は俺らが戦ってやる。だから、下がれ。医務室で待ってろ。全国に連れて行ってやんよ」

「…ぐっ、ぐすっ」

博多の視界がぼやけてきた。それは気を失いかけているためなのか、それとも涙のせいか、それはわからない。担架がコート外からやってきた。係の2人が担架にのせる。




こんな終わり方なのか

博多は体育館から出る、という時にそう呟いた。

目が覚めた。いつの間にか眠ってしまったようだ。

知らない天井だ。白い無機質なパネルが淡々と続いている。

目を擦りながら上体を起こそうとする。しかし、左足だけ感触が、力の入れた具合が違う。

下半身を見てみる。すると、左足に包帯がしてあり、宙に浮かされている。

まるで骨折でもしたようだな。博多は他人事のようにそう思った。


そして受傷時のことを思い出す。

「試合、試合はどうなったんだ」

「やっと起きた」

少し顔を声の聞こえた方に向けてみる。兄がいた。ベッドの隣に置いてある椅子に座っている。膝には本が置いてあった。どうやら参考書のようだ。

「兄貴、試合はどうなった?決勝戦は!」

「…負けたそうだ」

負けた?だって、勝つって、そう言ってくれたじゃないか。嘘だ。

「そ、そんなわけないでしょ」

「本当よ」

奥から出てきたのは、博多母。

「さっき、結果が来たわ。71ー81だって。残念だったわね」

「まぁ、来年あるし、今回は残念だった、ということでー」

「そんなので納得できるわけないだろぉぉぉ!!」

博多は叫んでしまった。目の前が霞む。

進学校である日国大付属高校は、冬の大きな大会であるウィンターカップには3年生は出場させない、という伝統がある。つまり、インターハイに出場できなかったため、3年生は引退ということを意味する。2度と公式戦で3年生とともに戦うことはできなくなった。

「くそぉぉぉ」

涙は止まらない。俺がフェイダウェイ以外の選択肢を選んでいたら、いや、フェイクのキレがもっとよかったら、こんなことにはならなかっただろうか。後悔の念ばかり浮かんでくる。



病室の側まで来ていた影は、その声を聞いたのか、中に入ってくることはなく、去っていった。

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