第13話

決勝戦。

ベンチに向かって、会場に入ると耳が痛くなるような歓声が聞こえた。

博多はビクッと首を引っ込め、思わず立ち止まってしまう。

「おいおい、ビビったのか?」

中道が左肩を軽く叩く。

「観客が増えようが、スカウトがこようが俺らは俺らの試合をやるだけだ。そうだろ?」

そのとおり。その言葉を聞いて博多は少し安心した。

「そうっすね」

ベンチに荷物を置くと、博多を除くスタメン全員がジャージを脱いだ。博多も慌ててジャージを脱ぐ。そうだ。今日はスタメンなんだ。

「よし、今日勝てばインターハイだ。お前らならきっと勝てる。俺はそう信じてる」

「「はい」」


試合開始のベルがなる。

ジャンプボールは筑後が勝ち、見事城野へとボールが渡った。

敵チーム北紫西は昨年のウィンターカップ代表校。下馬評通り周りを圧倒し、軽々と決勝戦にコマを進めてきた。一方、日大付属はダークホースの一角。この試合自体、北紫西が勝つ、とファンや同県の高校は予想している。

つまり、実力差は歴然、というわけである。では、勝つためにはどうしたらいいのか。

『奇襲でアドバンテージを取れ!!』

もらった瞬間、城野はまるでドッヂボールのように片手で投げた。

相手は筑後。

すんなりとボールが通る。しかし、さすがは優勝候補。相手8番がすぐに対応し、シュートをさせまいと覆い被さってくる。その8番に背を向け、ボールを取られまいとする筑後。

「舐めるな」

相手5番がボールを筑後から奪おうと近づいてきた。

「そりゃ、こっちのセリフだよ」

目は相手8番に向けたまま、筑後は外にパスを出してそういった。パスの先には中道が走り込んでいた。

「日大付属、舐めてんじゃねぇぞ!」

そう言い、シュートを放つ。ボールは高い弾道を描きながら、ゴールリングに吸い込まれていった。


おおおおお


歓声が湧く。

先取点は日大付属。3ー0。


北紫西のメンバーの目の色が変わる。

相手4番が6番に何かを話している。


ミーティングの時を思い出す。

「このチームのスコアラーは6番。初速の速さと正確なドリブル。そしてフェイダウェイ(少し後ろに飛びながら相手ディフェンスを躱し、シュートする方法のこと)を得意とする選手だ。順当にいけば6番には博多がマークにはいるが…」

「俺がやりますよ」

監督の話に割って入ったのは中道。

「大丈夫か?圭。彼は全国でも名前が出てくるほどの選手だぞ?なんならマークは俺が…」

「いや、俺やってもいいですよ?ディフェンスなら結構自信ありますし」

声をあげたのは、城野と直方。

「いや、優ちゃんはあの4番の相手しないといけないでしょ?パスうまいし、ゲームメイクは全国でも通用するって話だぞ?それに直方の相手は結構でかいだろ。お前以外どうやってマークつくんだよ。力負けするじゃねぇか」

城野と直方は2人とも下を向いた。

「仕方ねーよ。俺がこのワンちゃんみたいな顔しやがっている6番の相手してやんよ」


4番がボールを持ち、こちらの陣に相手がやってきた。城野がマークにつく。

相手4番が少し笑ったような気がした。

シュート体制に入らずに、ボールをゴールに向かってほおった。あまりに突調子のない行動であったために、城野は一歩も動けなかった。

博多はゴールの方をみる。すると、相手6番がゴールに向かって走って行っているのが見えた。中道は反応しきれていない。

ゴールの前で高く飛び、6番はボールを片手でキャッチ。そのままリングに叩き込んだ。いわゆるアリウープというやつである。6番が両手で持っているリングが大きく揺れ、ギィギィと音を鳴らす。

思い出した。相手6番、名前は八代。

高校バスケの特集を組んでいたある雑誌で注目選手の1人として取り上げられていた選手だ。身長185cm。複数の大学から声がかかっている、またはプロチームからもスカウトが来ている、と書かれていた気がする。

歓声が湧く。スコアは3ー2。

「やるじゃんかよ…」

中道が声を漏らす。

悔しそうに八代を見ていた中道。そこに城野が寄っていく。

「いけるか?圭」

城野の言葉に対し、くっと口角を上げて笑う中道。

「いけるか?だと。そうじゃねぇ、やるしかない、だろ?キャプテンさんよ」

城野もそれを聞いてふっ、と笑う。

「そうだな、頼むぞ圭」



それからというもの、第1クォーターは中道と八代のシュートの打ち合いであった。

第1クォーターも残り30秒。スコアは12ー16の4点ビハインド。中道に対して、相手6番の八代にマークが変わってからというもの、中道は3Pシュートを決めれていない。マークがきつくなり、なかなかフリー(相手ディフェンスが近くにいなくて、シュートを打ちやすい状況)になかなかさせてくれない。

しかも、嫌なことに八代は中道を振り切り、次々とシュートを決めていく。

さらには最悪なことに、中道の顔、頭からは大量の汗が吹き出ている。肩で息をしているのが外から見てもわかる。スタミナが切れかけているサインなのではないだろうか。

これは攻撃の核を変えないと追いつけなくなる。そう考えた博多は、城野の顔をみる。

博多からの目線に気がついた城野は博多の顔をみると、目線を筑後に向けた。

筑後には8番がずっとべったりとマークが付いている。なかなかパスが通りそうな状況ではない。

そこに直方が相手8番にスクリーン(相手ディフェンスの通行を邪魔し、味方のディフェンスを外す。パスを通りやすくする戦略)をかけようと、動いた。筑後はそれに反応し、フリーになる。

城野はそこに速いパスを通した。

「させっかよ」

相手7番が筑後に素早く反応した。筑後と相手7番が向かい合っている。これでは簡単にシュートを打たせてはくれないだろう。

ふっ、と筑後が微笑む。7番は怪訝な顔をした。

その様子をみた博多はやっと、さきほどの城野の目線の意味に気づく。

相手5番のディフェンスを振り切り、パスを受け取る体制を作る。

「パスっ!!」

大きな声で叫ぶ博多。さきほどの目線は、筑後からパスを貰え、ということだったのか。わかりにくいですよ、キャプテン。

そこに正確に筑後からパスがきた。受け取った博多はすぐにシュート体制に入る。5番が慌てて距離を詰めてくる。

しかし、遅すぎた。流れる様なフォームから繰り出されたシュートは見事リングの間を通り抜けていった。

14ー16。

シュートを決めたのち、城野が博多の元に駆け寄ってきた。

「次から、中道と一緒に6番につけ。2人で6番を止めてこい」

バシッと博多の肩を叩く。


点数は入った。しかし、周知の通り、相手オフェンスを止めないことには点数差は縮まらない。

相手4番はゆっくりと敵陣に入ってきた。そして何のためらいもなく八代にパスを通す。

そこに中道が反応する。しかし、疲れが出ているのか、第1クォーターの序盤より反応速度が遅い。八代はいきなり加速し、いとも簡単に中道を抜いていった。

だが、その先には

「行かせるかっ」

「…っ」

博多が待っていた。一瞬、八代の動きが止まる。

そこに八代の後ろから、中道がボールに手を伸ばした。

「なんども簡単に抜かれてたまるかってんだよぉぉぉぉぉ」

中道の手がボールを弾いた。





第2クォーターが終わり、メンバー全員がロッカールームに戻っていた。

しかし、ロッカールームの雰囲気は重く、スタメンで出ていたメンバーは博多を

含め、下を向いている。

監督がロッカールームに入ってきた。

「なんとかくらいつけている。差は8点。合格点だ」

合格点?負けているのに?第2クォーターで差が広がったのに?


第2クォーターでは開始直後から、ディフェンスでは中道&博多で八代を抑え、オフェンスでは筑後を起点に直方と城野で得点を稼ぐ、という作戦に変わった。確かに八代は全くボールに触れなくなった。が、他の相手選手の能力も高く、2点差まで詰め寄っていた差は8点に広がっていた。


「後半は、中道、博多に変わって土井、枝光を出す。そして、直方、土井の2人で八代をマークしろ」

ベンチに下げられてしまった。博多は体の力が抜けた。

「筑後と枝光で点を取れ。以上だ」

ロッカールームを出て行く監督。それを見て、枝光が博多の肩を叩いてきた。

「ま、そういうことだ。お疲れさん」

嬉しそうに笑う枝光。それをみて、博多は『うるさい』と言いたい気持ちを抑えて

「…っす。後はお願いします」

と、言った。枝光が博多のそばを離れるのを確認すると、博多はスポーツドリンクが入ったボトルとタオルを持ってロッカールームを出た。

「よ、お疲れさん」

ロッカールーム出てすぐの廊下には、中道が待っていた。

「あと5分はあるだろ、ちょっと顔かせよ」

さきほどのことがあったせいか、博多は怒られるものだと思っていたので、言葉に反応したかの様にビクッと肩を震わせた。

「…あー、怒ったりしねぇよ。ちょっと見せたいところがあんだよ。ついてこい」

博多は少し頷く。それをみた中道が「へっ」と笑い、会場の外へ目指して歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る