第12話
朝起きた。というより、寝れなかった。
博多はベッドから体を起こす。すると足、腕、手、肩と体全体がこわばっているのか、キシキシと音を立てていた。それもそうだ。
「今日は、インハイにいけるかどうかの試合なんだからなぁ」
そう、本日の試合に勝てれば、母校日大付属高校は見事インターハイに出場することができる。
さらに、それに加えて緊張を助長することがある。
「こんな重要な試合のスタメンに抜てきされるなんて…」
今までの試合は全て途中出場だった。先日の準決勝でも後半から出場。マークされすぎて疲労していた城野キャプテンの代わりに出場した。つまり、先輩のポジションであるPG(ポイントガード)という司令塔の役割をもらったのである。もともと、スコアラー(点をとる人)の博多にとって初体験であった。
城野が博多の肩をたたく。
「PGって深く考えなくていい。元はSG(シューティングガード)とかSF(スモールフォワード)なんだから、そのいつもの意識でやっていいぞ」
正直、何を言われているのかわからなかった。言葉はきこえたが、内容を理解できなかった。とりあえず「はい!」と返事をしておく。
「マークは4番な。あとは無我夢中でやれ」
後半始まって5分。3クォーターは残り5分ある。得点差は10点。少し余裕はある。
ボールがコートの中に入る。中道がすぐに博多にパスした。とりあえず3ポイントライン近くまでドリブルで運ぶ。しかし、そこで博多は迷う。
誰にパスすべきだ??中道先輩か?
中道の方を向くと、ディフェンスに阻まれ、パスできる雰囲気ではなかった。ならば、とC(センター)の筑後を見る。しかし、これらもどうもパスしにくい。直方も土井もディフエンスに阻まれている。
…俺、司令塔向いてないな。
博多は目の前の相手チーム4番を見る。さすがにここまで勝ち上がってきたチームなだけある。全く隙がない。どう動こうが対処できそうだ。しかし、ドリブルを警戒してか、少し博多から距離がある。
そこだと、スリー打っちゃうよ?いいの?おれPGだけど、パスも指示もしないよ?
その時、先ほど城野から言われた言葉を思い出す。
いつもの意識…つまり、SGみたいな動きでいいってことか。
一歩前に出ようとする。相手4番は素早い反応を見せ、一歩後ろに引いた。よし、この距離ならば。
シュート体制に入る。慌てて相手4番が距離を詰めてきた。しかし、もう遅い。
博多の手から放たれたボールは綺麗な放物線を描き、赤色のリングの間に吸い込まれていった。
入った瞬間、周りから歓声が聞こえた。ものすごい大きな音だ。
「バッカ、てめぇ、パスださねぇで自分で決めやがって」
「いいじゃん、決めたんだし」
中道と筑後の会話である。博多も自コートに戻りながら、頭をさげる。
「いや、PGなんてしたことなかったもので」
「まぁ、パスしようとして、周り見てたと思うからいいんじゃない?」
この声の主は土井。スタメン枝光の体力不足のために第3クォーターは温存する。その穴埋めをしているのが土井である。
「それに、俺はPGは練習しているからさ、ボール運び、俺がやるわ。博多、マークそのままで役割変われ」
「うっす」
軽く頭をさげる。
「おし、一本止めんぞ」
大きい声で中道が叫ぶ。
試合終了を知らせるブザーが鳴る。
その試合、チームは78ー62で勝利し、決勝へコマを進めた。
博多は後半のみ、第3クォーターのみの5分出場ながら3Pシュート2本を含む10点を取り、チームに貢献した。
更衣室に戻ってきたベンチ・スタメンメンバー。最後に監督が入ってきた。
「お疲れ様だった。残り1試合勝てば、インターハイだ」
メンバーの何人かかうなづく。その通りだ。次の試合で全国にいけるかどうかがかかっているのだ。
「明日の試合のメンバーを先に発表しておこうと思う。城野、筑後、直方、中道」
妥当だ。レギュラーゼッケンを貰ったメンバーである。
「最後に、博多。今日の調子を見る感じでは明日の活躍するだろう。スターターはお前でいく」
「ちょっと、監督。俺が調子落としているのは自分で分かりますが、スタメン落ちってどういうことですか?」
枝光が抗議する。それはそうだ。準々決勝では1人で18点とったスコアラーだ。今日、全く入らず、前半と第4クォーターのみの出場で8点しか取れなくとも、実力で言えば博多よりも上であるし、大舞台や試合慣れの観点でも1年の博多より2年の枝光の方が上であるだろう。
「博多がダメだ、と判断したらすぐにでてもらう。第1クォーターから準備しておいてくれ」
枝光が右の奥歯を噛むようにして俯く。そして博多をみた。博多はすこしビクッとした。
「解散。30分までにはバスに乗れるようにしておいてくれよ」
監督が部屋から去る。とともに、少しガヤガヤし始めた。
「すげぇな、ついにスタメンかよ、しかも決勝だぜ」
土井が博多に話しかけてくる。返答しようと土井の顔を見る。土井の顔は笑ってはいるが、とても悔しそうであった。そんな雰囲気を纏っている。それもそうだ。土井も途中出場していたメンバーだ。スタメンを下級生に取られて悔しくないものなんていない。
「ヘマしろよ?じゃないと俺が試合に出れない」
笑いながら言葉を捨てるように吐く。博多は頭を下げるだけで、どう反応を返したらいいのかわからなかった。
「おい」
枝光が博多の横までくる。そのことに気づいたとき、体が強張った。
「おいおい、枝光よ、顔が怖いぜ。ヤクザかよ」
土井の声を無視し、枝光は博多の左肩に手を置く。
「ミスすんなよ。チームに迷惑かけたりしたら◯す」
肩に置かれた手に力がこもる。少し左肩が痛い。
「は、はい」
返答するのがやっとだった。
思い出した。思い出してしまった。昨日のことを。
「おぇっ」
思わずえづいてしまう。お陰で目が冴えた。
「おーい、大樹。朝よ?今日早いんでしょ?」
部屋のドアの外側から声が聞こえる。母の声である。少し心配そうである。
「大丈夫。起きてるから」
声を必死に出し、自分が起きていることを伝える博多。しかし、想像以上に声が大きく、自分で驚く。
こんなに緊張していて、大丈夫かよ俺…。
とりあえず、ベッドから起き上がり、準備をする。時刻は7時半。確かに8時半学校集合なのにこの時間起きてしまったら、朝食もギリギリだ。
リビングに行くともう朝食が準備されていた。座ってすぐに食べ始める。
「今日、決勝戦だっけ?大樹のチーム。お母さん、応援にいこうか?」
「いや、こなくていいよ。緊張するし」
「大樹の頑張っている写真、お父さん欲しがっているのに」
大樹はピクッと頭を動かし、食事動作をとめる。しかし、止まっていたのは束の間。すぐに食事動作を開始した。
「あの人が俺に興味あるようには思えないんだけど」
博多が発した声は冷たい。そして、声のトーンも低い。
「そんなことないわよ。大ちゃんはどうだ?ってお父さんよく聞いてくるわよ?」
「…ご馳走様。美味しかったよ。流しに食器置いておくね」
トーンは少しいつもの博多に戻ったが、冷たい声なのは先ほどと変わらなかった。
ベンチしているとはいっても1年生なのは変わらない。1年生は出発前30分に集まり、試合に持っていくものをバスに運び込むのが昔からチームの伝統らしい。
博多が学校に着くと、苅田が先に着いているのが見えた。
「早いな二島。何時から来ているんだよ」
一応、早めに家を出て急いできたお陰で8時15分には学校に着いた。しかし、明らかに先に待っていた雰囲気の二島。応援ながら緊張している、ということなのだろうか。
「ん?いや、皆遅えだろ。今日、8時集合じゃねぇのか?」
…なるほど、また天然を発揮したのか。というか、初夏とはいえ、朝はまだ冷える。このど天然はその寒さの中、1人で待っていたのか
「考えろ、考えろよ二島選手。今日は何時から試合だっけ?」
「ん?12時だろ?それぐらいさすがにわかるぜ」
「で、会場入りは何時っていってた?」
「えっと、10時だろ?」
「そうそう。3位決定戦みるからな」
「じゃあ、ここから1時間ぐらい会場までかかるから9時にはここを出るだろ?じゃあ…あれ?8時半か?ありゃま、まだ寝れたじゃねぇか」
これがど天然パワー。しかし残念なことに、いや残念じゃないことに、か。彼は超がつくほどイケメンである。しかし、性格のせいでこれっぽっちもモテない。
「おっす、大将。まだ10分前だぜ早いな。…ってあれ?なんで二島のやろう頭を抱えているんだ?」
声をかけてきたこの小柄な男は苅田。苅田は2枚目、いや3枚目のルックスをしている。小さなお父さんと言われても納得しそうな雰囲気だ。
「いや、30分早く来てしまったんだと」
「またど天然発動したのか、学習しねぇな」
「うるせぇな、さっさと運んでしまおうぜ。他のやつ来る前にさ」
苅田と二島と話す博多は、クラス内の雰囲気とは異なる。向こうはクールで周りに気がきくイケメン優等生キャラだとするならば、こっちは年相応の普通の男子高校生だ。クラス内とは異なり、リラックスしているような感じである。
博多がせっせとボールを運んでいると、前から博多の顔をガン見しながら荷物を取りに
行こうとしているやつがいるのに気がついた。名前は新原。1年生である。
凄い目力で博多を見ている。博多は気付いていたが無視した。
博多の横を通り過ぎる時に、新原は耳元でこう言った。
「調子にのるなよ」
その言葉でカチンと来てしまった博多は
「おい、どういう意味だよ」
と振り返っていう。しかし、新原はその言葉を無視し、体育館へ行ってしまった。
努力が認められ、実力でのし上がったのに。
どうせ、僻んでいるんだろう。実力不足はそいつの責任なのに。
しかし、博多は
なんで俺ばかり…
と思ってしまった。
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