第10話

「あ、糸島さんと門司さんじゃないですか」


悪魔の声がする。嘘だと言ってくれよ。

糸島は声のする方に顔を向ける。そこには凄くニコニコしている飯塚会長と2年副会長がいた。

2年副会長は、確か箱崎先輩という名前。

デートだろうか。いや、貢がせているのかもしれないな。箱崎先輩、真面目そうであるし、カモにはちょうどよさそうだ。

「ご一緒してもいいかしら」

「え、えっと」

門司が糸島の方を向いた。どうする?と表情で伝えてくる。答えは決まっている。こんな面倒くさい人を休日でも相手しなければいけない状況を自分自身で作ると思うものか。

「いえ、俺ら勉強できているので。2年とは勉強内容は違いますし、人数が増えると勉強効率は下がると思いますので」

糸島は断ったのに、飯塚は

「えー、人数いた方が勉強はかどりませんかね。それに、1年生の内容なら2年の私たちだったら教えられるしね。ね、箱崎さんもそう思いますよね」

飯塚は箱崎の方を見る。箱崎はうっ、と顔を後ろに反らした。

「え、えぇ」

「ね、箱崎さんもそう言っていますし、いいでしょ?お二人が『デート』なら私たちは去りますけど」

ふふっ、と不敵な笑みを浮かべる飯塚。

「えぇっ、デートだなんて…」

門司の言葉だ。何照れた仕草をしているのだろうか。これでは、本当にこの集まりがデートとして認識されてしまう。とりあえず、会長から受ける弄りと今後カップルと後ろ指さされることを天秤にかけると、前者の方がいい気がしてきた。

「いえ、デートではないです。確かに会長の言うことは一理ありますね」

糸島は箱崎が座るスペースを空けようとする。門司は糸島をガン見していた。その眼差しに意味があるのか、糸島は考えようともしなかった。考えたくなかった、が正しいか。

「ごめんねぇ、糸島くん。会長、強引だからさ」

横に座った箱崎がヒソヒソと話してくる。箱崎もこの会長に振り回される1人なのだ。糸島は同情の目線を軽く送っておく。

「何コソコソ話しているのですか?私も混ぜてくださいな」

ニコニコしながら言葉を発す飯塚。また、世間一般的には美人で、物腰が柔らかく、猫を二重に、いや三重にかぶっているので、外からの評判はいいという。学校内ではファンクラブがあるとかないとか。

ただ、被害者を出すのをやめてほしいと切に願う糸島であった。

「そう言えば、どうして会長さんは副会長さんと一緒にいるんですか?」

糸島も気になっていたことを門司が聞いてくれた。

「箱崎さんから、今日一緒に勉強しませんか?と連絡が来たものですから」

「えっ、それは違うよ、飯塚さn」

「そうでしたよね、箱崎さん」

これは糸島と同じ流れだ。何かしらを箱崎も飯塚に握られているのだろう。

「そ、そうですかね」

糸島はまた、同情の視線を箱崎に送るのであった。

「私たちのことはいいのですよ。それよりどうして2人はここで?」

糸島はちらっと門司の方を見る。すると、お互いに目線があった。見つめ合う形になる。門司は照れたように下を向いてしまった。とりあえず糸島が返答する。

「そちらと同じですよ。勉強できているんです。門司に無理やり誘われて」

「無理やりだなんて、そんなことないよね、糸島くん」

糸島が話した瞬間、怖い声が飛んできた。声のする方を見ると門司がニコニコと威圧感のある笑顔を見せてきた。先ほどの表情からすぐに変わっていて、まるで門司の百面相をみたようだ、と糸島は思った。女って怖い。

「いや、だって、メッセだって一方的でs」

「そんなことないじゃない、『行くよ』って言ってくれたよ」

横から箱崎が糸島の肩をたたく。そちらを糸島が見ると、箱崎が先ほどまで糸島が箱崎に向けていた同情の視線と同じものを糸島に向けていた。俺はお前の気持ち、痛いほどわかるぜっていうものだ。

糸島は大きく息を吐き、うな垂れるとともに、箱崎とは仲良くなれそうだ、と感じたのであった。


ファミレスによって、ポテトフライの味が違うのは何故だろうか。例の全国チェーンのマ◯クのような、固めのポテトフライもあれば、ケ◯タッキーのような大きくて柔らかいポテトフライもある。どちらかといえば、糸島は硬い方が好きだ。シャリっとした感触がたまらない。

「そう言えば、そろそろ勉強し始めて2時間ぐらい経ちますけど、休憩しませんか?」

声を発したのは門司だ。意外だった。1番この中でガリ勉っぽいのに。箱崎も負けてないが。

「ん…、そうね、そろそろ休憩にしましょう」

両腕を上に伸ばし、伸びをする会長。それにつられて伸びをする門司。目の前には4つの突起があった。会長よりわずかに門司の方が大きいか。いや、どちらも小さいが。

「…糸島くんはむっつりなのですね、意外でした」

どうやら糸島の目線がバレていたようである。それを聞いた門司もムッとした顔で糸島を見ていた。

「あ、えっと、は、はい、すみません」

少し吃りながらそう答える糸島。なんで女性にそんなに目線に敏感なのだろうか。以前、唯香の少ししかない谷間を見て、妹君は成長しないなーと思っていたのだが、『なんか、兄貴、いやらしい目で見てない?キモいんだけど』と一蹴された。

「やっぱり、糸島さんも男の子ですね。正直なのはいいことです」

そういうと会長はチラッと門司の方向をみた。そして口元が少し歪んだ気がした。

「そう言えば、糸島さんはどんな人が好みですか?」

好み。この場合女の子の好み、ということだろうか。しかし、このような場所でいいたくはないし、そもそもそのような俗っぽいことは考えたことはなかった。

「い、言わないといけないのですか?」

「そうですねぇ、会長命令、ということにしときましょうか。門司さんも知りたいですよね?」

「そ、そうですね…知りたい…かもしれません」

門司がジッと糸島の方を見てきた。なんでそんな面倒くさいことを乗るのだろうか。

助けを求めるように、箱崎の方を見た。箱崎は同情の眼差しを向けて口パクで『がんばれ』と言った。そう見えた。

どうごまかそうか。今注文の品をウェイトレスさんが持ってきてくれればそれが1番いいのだが。そもそも昼食以降、すぐにきたポテト以外なにも頼んでいないので、持ってきてくれることは皆無であるが。


「あ、会長じゃないですか」

声のする方に糸島が顔を向けた。というか、皆がそちらに顔を向けた。

博多だった。

博多は会長以外のメンバーが生徒会のメンバーであることを確認すると、少し眉をひそめ、複雑な表情をした。

「あら、博多さん。こんにちは」

博多の後ろからは、博多がきているジャージと同じものをきている2人が現れた。

「そちらは昼食?」

「え、ええ」

なぜ4人が集まっているのか、そう考えていたのだろう。固まっていた博多は会長からの質問によって、思考の世界から現実の世界に戻ってきた。

「おい、博多ちゃん何してんだ、飯食うぞ」「腹減ったよな練習ハードだったぜ」

目つきの悪い先輩、そして少しチャラい先輩が博多を呼ぶ。会長達に一礼して、2人とも奥の座席へと進む。

「あ、はい、今行きます。生徒会の活動すっか?」

おい、今行くといったのに会話続行する奴がいるかよ。

「いいえ、そんなことはないですよ。ただの勉強会です」


「ただの勉強会っすか、それはよかった」

ならどうして、俺にこえをかけなかったのか、博多はすぐにその言葉が脳裏にうかんだ。確かに大会中だ。しかし、こえをかけてくれれば、勉強会に途中からでも参加できたのに。

「だから、先輩達のところに気にせずにいってください」

顔は笑っている。しかし、声は少し冷たいように博多は感じた。

「今度、また連絡しますから」

「おい!俺らメニュー決まったぞ、はよこいよ」

中道の声が、まるで至近距離でこえをかけられたかのように大きく聞こえた。

「っ、用事済んだんで今行きます」

博多は会長に一礼するとバスケ部先輩達のテーブルへ向かった。

博多が席に着こうとするその時、

「あ、わかったぜ博多。会長のこと好きなんだろ」

枝光先輩からのありがたいお言葉をいただいた。

「そ、そう見えます?」

動揺を隠そうと少し博多は笑いながら答えた。しかし、その表情を見ると枝光はうんうん、とうなづいた。

「まぁ、うちの会長は美人だからなぁ、惹かれるのもわかるぜ」

「え、じゃあ枝光先輩も?」

反射的に答えてしまった。これでは、博多は会長のことがすきだといっているようなものだ。それをわかったのか、中道はくっ、と笑った。

「いや、綺麗だなーとは俺も思うが、俺、彼女いるし」

博多は驚きはしない。なぜなら、お世辞抜きでも枝光はかっこいい。さらには、県内でも実力をもったチームのレギュラーメンバーだ。

「中道先輩もっすか?」

博多は純粋に疑問に思った。つい口に出してしまう。すると、中道ではなく枝光がケラケラ笑いながら答える。

「いやいや、こいつに彼女なんかできるわけないでしょ?こんなに怖い顔、怖いこと言ってるのに」

「てめぇ」

中道が少し笑いながらいう。博多もついほおを緩める。

「てか、今恋愛とか興味ないし、バスケだけで十分だしな」

うんうんとうなづく中道。

「そんなこと言って、優ちゃーんとできてんじゃねぇの?」

そう言えば、中道先輩は城野先輩のこと、優ちゃん、と呼んでいたな、と博多は今思い出した。城野先輩も中道先輩のことを、圭って呼んでいたし。

「ばっか、俺ら男同士だぞ?そんなのありえねぇって」

博多は、姉がBL本に最近はまっていることを思い出した。それに加え、夜中に「そうよ、これがあるべき恋愛の形よ!!」と大声を出していたのを。姉貴、とりあえず勉強しろよ。

「それって、BLっていうんでしたっけ?」

つい、博多は声に出してしまった。すると、枝光は便乗してくる。

「そうそうそれ、BL!ナイス博多」

「ナイスじゃねぇよ、まったく変なこと言いやがって。というか、はやくメニュー決めろよ博多。俺は腹減ってんだ」

くすくすと笑っている枝光。とりあえず博多はメニューを選ぶことにした。


勉強会は17時に終了した。箱崎・飯塚両名が帰えると言い出し、家の手伝いがあるから、と糸島も便乗した。門司も帰るという。

「会計は男子持ち…でいいでしょうか、箱崎くん、糸島くん」

飯塚はちらっとわざとらしく上目づかい箱崎、糸島の2人を見る。門司はその様子をみてあたふたしている。

「…糸島くん、お金はいくら持っていますか」

飯塚が箱崎をなぜ連れているかわかった気がする。お金は常に彼持ちなのではないだろうか。なるほど、箱崎は飯塚の財布、というわけだ。

「い、糸島くん、私の分はいいよ、自分で払うよ」

「ということなので、俺も自分の分を払います。あとは箱崎先輩、よろしくお願いしますね」

これで会長のお守りは回避することができた、のではなかろうか。すくなくとも数百円は払わなくて済む。

「…1年生に払わせるのは確かに大人気なかったですね、じゃあ、箱崎さん、後の支払いをお願いしてもいいでしょうか」

「…はぁ、いいですよ、仕方ない…」

と、財布を取り出す。箱崎は常にこういう扱いを受けているのだろうか。ここまで素直に従うとは、やはり何か弱味を握られているのだろうか。

飯塚は満足そうな顔をしながら、先にファミレスの外にでていった。この様子をみた門司もさすがに苦笑いをしている。

レシートをもらい、先にファミレスを出る箱崎。次に糸島も会計を済ます。約4時間も滞在し、800円ですむとはなんとリーズナブル。1000円を出して、おつりをもらい、財布をごそごそしている門司を横目にファミレスを出た。


そこで飯塚が箱崎にこうべを垂れ、何か言っている場面に遭遇した。

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