第6話

梅雨。

しんしんと降り続く雨。さすがにこんなに雨が長く続くと萎えてしまう。

「今日何するぅ?」

「うち、カラオケでいいよー。ね、由依もいいよねー」

「え、え?うん、いいよ」

順に、八幡、宇美、遠賀である。博多のグループのメンバーである。彼らと共に行動することによって、クラス内での発言権を獲得している。特に宇美。彼女という人間を客観視すると、外面はただの高慢女。言いたいことをズバズバという女。しかし、金髪に染めている(地毛という可能性だってあるだろうが、博多にはそうには見えない)が、頭は悪くない。矛盾したことは基本的には言わない。ただただ我儘なのである。例えるならそう、女王さまのようだ。

「すまん、俺は今日も練習だわ。その後なら行くよ」

博多が所属しているバスケ部は進学校であるのにもかかわらず、県内ではそこそこ強い。その中で、博多は入学してすぐに試合で使われ始め、現在ではスターティングメンバー(以下スタメン)にも選ばれる試合も少しずつ増えてきた。いわゆる準レギュラーというものである。この時期は、活躍すれば先輩たちからスタメンを勝ち取ることができるという重要いな機会なのである。

しかし、グループの方も放ってはいけない。いつグループの中で変化があってもおかしくはない。人間関係とは変化しやすいものであるから。

「大樹ー、何時に部活終わるん。何時からならいけそう?」

「そうだね…、片付けも含めて19時半…、いや20時でどうかな」

「じゃあ、大樹も一緒行こうよ。うちら時間潰してるからさ」

「…そう、だね。美奈子のいうように待っとこうよ。誠くんもいい?」

「えぇー、3時間も潰すのかよー、じゃあs」

「誠さー、今日も宿題してなくてせんせーに怒られてたじゃんかよー。今日ぐらい学校でやっときなよ。一緒にいるうちらまで馬鹿にみられんじゃん」

「ちょっと、美奈子!それは…ちょっと…」

「馬鹿って言わなくてもいいじゃんかよぉ、今日のは偶々だぞ。そう偶々」

そうこのように、関係性は簡単に崩れそうになる。ぱっと見では仲がいいメンバーのじゃれあいに見えるが、実際ではこのような状況でフォローが入らなかった場合ではこの出来事が軋轢になってグループ崩壊の要因になりうるのである。博多はそれを身をもって経験している。

「美奈子、ちょっとそれは言い過ぎかな。正論だけどね。誠も宿題ぐらいやらないと、何度も怒られてちゃ、かっこ悪くないか?そんなこと続けてたらもてないぞ」

肘で誠をつつきながら、顔に微笑を貼り付けて博多は話す。そう、博多はこのグループの潤滑油なのである。と、自覚している。

博多の発言で雰囲気が変わる。すこし、宇美が拗ねているがそのほかは問題ない。

あと15分で昼休みが終わる。次の時間は体育だ。

「じゃ、そろそろ行こうか、八幡」

「ぁ、そうか、次の時間体育か、体育館だっけ」

机横にひっかけている、体操服が入っている袋を取り、立ち上がる。

「女子は今日は保健だっけ?」

「そうだよー」

「じゃあ、またあとでー」

博多の仕事は終わっていない。このグループの潤滑油としての仕事。

宇美のよこを通り過ぎる際に少し屈んで、宇美にしか聞こえない声でこのように喋った。

「…あとから、イーサンのクレープ奢るよ。それで許してくれ」

軽く伏せていた宇美の頭が少しピクンと動いた。

「博多くぅーん?何してるんよぉー。時間やばくないぃー」

教室外から八幡の声がする。呼んでいるようだ。

「今いくよー」

返答は待たない。

すぐに歩調を戻し、博多は教室を出た。


教室外に出て、八幡と合流する。

少し廊下を歩き、階段に差し掛かるところでこちらに歩いてくる人物を確認した。

同じ生徒会メンバーである糸島である。

横を通り過ぎる。通り過ぎた後、八幡が口を開いた。すこし、小さな声で、しかし、博多には聞こえる声で。

「…糸島くんってさ、博多くんと同じ生徒会だよねぇー」

「そうだね」

「なんか、博多くんとは違ってさ、暗いし、友達もいないし、なんか違う人種みたいでさぁ」

何がいいたい。

「生徒会って感じじゃないってか」

「そうかな」

「やっぱ、博多くんみたいな人が生徒会すべきだよねぇー」


その言葉で、先日の光景がフラッシュバックする。



あの日、クラスマッチの翌日、やはり博多は報告書を完成させることができなかった。

先に連絡を会長に入れていたとはいえ、おそらくがっかりされただろう。博多という人間の評価が下がった可能性がある。博多は意気消沈で生徒会室に入っていった。

やる気が今回入っていなかったため、ゆっくり生徒会室に向かったせいであるか、それとも他のクラスが早く授業が終わったためか、はたまた他の理由か、博多が生徒会室に最後に入室したようであった。


「では、今回の反省をそれぞれどうぞ」

報告書は出来上がっていない。しかし、反省に関しては何とか授業時間の合間を縫ってどうにか考えることができた。

まずは副会長である箱崎から発表する。

「はい、私からですー」

次に博多の番である。箱崎が話し終わると、博多が起立する。

「今回は、特に男女共同で行ったことにより、男子、女子の間ですこしはあるだろう壁を取り払えたのではないかと思います。実際に、自分のクラスでは皆が休み時間や放課後に練習することができた関係で、よりクラスの雰囲気がよくなり、一体感が出たと実感しています」

「一方で、悪かった点として、どうしようもないことかもしれませんが、運動が好きでない人たちにとっては苦痛になったのかもしれない、ということです」

博多は何とか発表することができた。ゆっくりと席に座る。

次々と発表され、良かった点、改善点は前の黒板に柳川先輩が箇条書きで書いていく。

今日の会議は早く済みそうだ。終わったら明日までに報告書を提出することを会長に言っておかなくては。

最後に香椎が反省を言い終わる。これで今日は終わりのはずだ。

「では、今回の生徒会は以上になります」

会長が締めの言葉を掛け、終了となった。他の生徒会の方々は終了の合図とともに動き出している。博多も立ち上がり、会長の元に向かった。

「すみません、会長。報告書できあがっていなくて。明日までには必ずー」

「いえ、いいのですよ。博多くんは部活動もいていますし、さらにはバスケ部ですよね?大変だという話は聞きます」

「いえ、仕事ですのでー」

「それに、その話なのですが、今朝貴方から連絡を受けた後、庶務の糸島くんに連絡しました。糸島くんは部活動をしていませんし、適任と思いまして、報告書を明日までに提出するようにと」

…そんな話、聞いてない。

「いや、俺やりますよ!部活動終わった後なら時間ありますし、何より書きかけです」

頭の中が真っ白だった。会長が博多に依頼した仕事が横から奪われる。そんなこと、思ってもいなかった。しかも、上級生が代わりに報告書を書いてくれるならまだいい。しかし以前遅れをとった冴えない、友達もいない、地味なやつである糸島に仕事が奪われたという事実。こんなことあってはならない。

「…どうしたのですか?いや、そこまでムキにならなくても…」

「元は、私が忙しい人に仕事を任せてしまったのが悪かったのです。博多くんは気にしないでくださいね」

「それに糸島くん、今日中に提出して帰るそうです。すごいですね。短時間に仕事を終わらせてしまうなんて。

…これは、一種の戦力外通告なのではないだろうか。チラリとまだ残っていた糸島の方に目線を向ける。門司と何やら会話をしている。その顔は面倒くさそうながら、どこか楽しそうな顔をしており、憎たらしい。


お前が会長の信頼を勝ち取れると思うなよ

会長にお前は相応しくない

だが、今回は俺の負けだ

だが、次は圧倒的に勝ってやる


思い出したくはない、しかし忘れたくはない記憶。

「どうしたん、博多くん、怖い顔しとるよ」

あぁ、顔に出していたか。

「いや、すこし嫌なことを思い出しただけだよ」


バスケ部で、試合にも1年で出れて勝利に貢献している。

生徒会副会長

クラスでは発言権があり、カースト上位

そう考えると、糸島に負ける要素なんて考えられない。出てこない。

前回は偶々このような結果になってしまっただけだ。そうだ。あいつにできて俺にできないことなんてない。


体育館に入る。

着替えは基本的に男子が移動先で着替えることになっているのが、この学校の風習であるらしい。今回は体育館での体育の授業であるので、体育館ステージ端で着替える。中に入っていくと、大半が着替えを済ませ、ステージ端から出ようとしていた。男子の皆さんはわかると思うが、時間前に着替えを終えた男子は基本的にはバスケットボールで遊んでいる傾向にある。女子は知らない。これが先日行われたクラスマッチ前であれば、博多が率先してバレーボールをしているところだ。練習と言って団結させて。

ステージ横に入ったところに、糸島がいた。ズボンを履き替え、ちょうどシャツを脱いだところであった。つまり上半身裸ということ。しかし、全く筋肉が付いていない。脂肪はないが筋肉もない、まるでゴボウのような体であった。いや、よく見るとお腹は引っ込んでいない。寧ろすこし出ているか。

一方、博多は肉体には自信があった。なぜなら、日々バスケ部の練習があり、また、帰宅後も筋トレとコアトレーニングを計画的に行っているため、バスケットボールには最適な体になっていると自覚している。有酸素運動として、朝はランニングをしている。

人間は知能を持とうが、どこまでいっても動物なのである。つまり、男というオスは常に最高のパフォーマンスができる体であるべきなのだ、というのが博多の考え方である。それに準ずれば

、オスとして、生物として、糸島より博多の方があるべき生き方をしていると、博多は軽く優越感に浸った。

また、クラスマッチを思い出してみる。

アタックや奇跡的なレシーブ、サーブで得点と博多はかなり活躍した。実際に、貢献度は1位2位を争う。

それにひきかえ、運動音痴のくせに、ボールになんとか触ろうとしていた糸島。審判の仕事も忘れており、会長に迷惑をかけたとういう話も聞いた。


そうだ。負けてなんかない。今回は偶々だ。

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