第5話
クラスマッチは1ーAが優勝を収めた。
2勝。しかも、各試合で相手チームを圧倒していた。これは収穫である。
連携がしっかりとしていて、クラス全体がまとまっていたと言ってもいい。1年の6月という時期にしてはクラス全体に一体感があった。…興奮しすぎて、同じことを言っているかもしれない。
博多自身も活躍できていた。自己評価でも10点満点中8~9点をあげれる出来であった。アタック、ブロック、難しい球のレシーブ。何度もして観客を沸かせた自信がある。女子にも、審判できていた会長にもいいところを見せれたのではないかと思うほどである。
「しかし、これは予想外だったな」
本日はクラスマッチの夜、0時をそろそろまわりそうな頃。クラスマッチを終え、さらに部活を終え、ヘロヘロになっている博多を温かく迎え入れたのは報告書という悪魔。悪魔は博多の睡眠時間を食べていった。すでに開始して1時間が経っている。しかし、
「全然筆が進まない…」
眠たさが、やる気を奪っているのだろう。明日、生徒会がなければすぐに机の上に放り投げて、ベッドに突っ伏しているところだ。
後ろからノックの音が聞こえる。
「だいちゃん、まだ起きてるの?」
姉貴の声が聞こえる。姉貴は大学生崩れだ。昨年度の入試に失敗し、予備校に通っている。
名誉のために言っておくが、姉貴は頭いい。
「…まだ終わっていないからさー、起きているよー」
大きな声で姉貴の返事をする。
「そ、じゃあ程々にしとくんだよ」
そう、程々にしないと、次は朝起きることができないという問題が出てくる。
「せめて、提出が明日じゃなきゃよかったのに」
ー朝か
寝ぼけた頭でそう思った。思考はどうやら鈍っているらしい。
しかし、すぐにクリアになる。そうだ、博多は昨日の夜、夜なべで報告書を書いていたはずだ。
机の上を見渡す。すると、書きかけの報告書がそこにはあった。
しまった…仕事が終わっていない…
頭を必死に働かせる。しかし、その過程で時計を見た瞬間、何も考えられなくなった。
既に7時を超えていたのである。
「報告書がまだ書けていません。すみません」
例の今流行りのメッセージアプリを使って、とりあえず会長に報告をする。
メッセージを打ち込む手には仄かに汗ばんでいた。
「痛ったい」
筋肉が悲鳴をあげている。まるで動かさないでくれと言われているようだ。
その声の主は糸島博樹。普段筋肉を使ったので、体が悲鳴をあげている。
ー昨日のクラスマッチ
糸島は手を抜くつもりだった。適当に流すつもりだった。
あの女の一言がなければ。
糸島は競技開始3分前に第一体育館に入った。周りの人間とあまり話さなくていい。これはぼっち歴3年いや、それ以上の経験によって培われた技である、と糸島は自覚していた。
会場入りすると、悪魔の生徒会長がコートの前に立っていた。どうやら次のゲームの審判らしい。そうだった。先日の会議で生徒会によって試合審判の割りふりをしていたのだった。糸島は完全に忘れていたのだ。ギリギリまで期限が迫っていた外注の仕事のことで精一杯だったのである。
「糸島くーん」
笑顔で会長がこちらに寄ってくる。無論作り笑顔である。糸島は足が震えた。
「…すみません、忘れていました」
謝るしかないと思い、糸島は頭を下げた。
「そうです。仕事を忘れていたのです。糸島くん。誰が代わりに仕事をしたと思います?」
「…会長ですか?」
「正解です。いやぁ、練習時間なくなりましたよ。どうしてくれるんですか?」
純粋に怖い。糸島の背中には冷たい汗の粒がたくさん出ていた。2人の関係性はまるで、ライオンに見つかったシマウマのようだ。
「…どうしたら許してくれるんですか?」
命乞いをしてみる。
「…では、スポーツが苦手な糸島くん。チームのために一生懸命にプレイをして恥をかいてきなさい」
いつ、スポーツが苦手であることを会長に教えたのだろうか。いや、推測したのかもしれない。
「…はい」
しかし、この場において糸島は反抗することを放棄した。
その結果として、全身の筋肉痛とクラスから「あいつ下手なのに出しゃばり過ぎ」という感想を頂いたのである。クラスは何とか優勝してくれたので、何とかなったものの、仮に優勝できていなければ明らかに戦犯になっていたことだろう。
「学校休みたいなぁ」といいつつ、愚痴を漏らしつつ、学校の準備をしている訳は、本日の夕方、生徒会の会議もといクラスマッチの反省会があるためである。仕事のためならば仕方あるまい、と高校指定のブレザーを着る。既に食事は済ませてある。
「兄貴ぃー、ご飯は?」
この声の主は糸島家の長女の唯香さんである。パジャマがはだけていて、見る人が見れば変な妄想をしそうな格好である。ヒントか?朝チュンですねわかります、かな。
「今日はあなたの兄貴は全身筋肉痛なんだよ。どうにか自分でやってくれ」
「いいじゃん、兄貴起きるの早いんだからさ、朝の準備してくれても」
「だから話聞いてたか?体が痛いの。だからあまり多く活動したくないの」
「ケチ。そんなんだからもてないんだよ」
余計な御世話である。まず、女性に対してもてたいとも思わないのだから、別にもてなくてもいい。
「どうでもいいけど、俺はそろそろ行くぞ」
時計の針はそろそろ7時を指す。今日は急ぐことが体の関係上できなさそうだったため、1本早い電車に乗ろうと考えていた。
会話しながら玄関へ。靴箱を開け、学校指定の靴を履く。
「じゃあ出るなー。母さんは起こさなくていいってさー」
大声で家の中に向かって叫ぶ。しかし返事がない。
まぁ、聞こえただろう。
糸島は玄関のドアを開けた。
エレベーターに乗っていると、3階でエレベーターのドアが開いた。
「ーっ」
エレベーターのドアの向こうに待っていたのは門司だった。目を擦って確認したが変化はない。
「あ、おはよう」
門司からの挨拶を会釈で返す糸島。
「この時間に家出てるんだ」
おそらく門司が糸島に話しかけてきているのだろう。しかし、糸島は下を向いているので門司がどんな顔をしているのかわからない。
「…き、今日はたまたま、だよ」
早朝のせいか、筋肉痛のせいか、仕事モードに入れていない。言葉をうまく話すことができない。
「そ、そっか」
変な空気になってしまった。空気が緊張していることだけは理解できる。
エレベーターのドアが開いた。とりあえず2人ともエレベーターから出る。
マンションから出たところで、門司が何か言いたそうにこちらを見ていた。登校を一緒にしないかというお誘いかもしれない。
「あー、ご、めん、用事すませない、といけないか、ら先に行く、ね」
痛い体に鞭打ちながら、その場を走り去った。仮に一緒に登校しているところを見られてみろ。あいつら付き合っているのか、と噂される。更にお互いに生徒会に所属していることがバレると、あの会長から何言われるか分かったものではない。穏便に、平和に過ごしたい高校生活が終わりを迎えてしまう。
後ろを振り返ると、門司の姿はなかった。
門司にとっても、きっとそっちの方が良かったはずだ。変に噂になれば、友達作りに影響出てしまうだろうに。
博多は教科書を閉じる。数学の授業は苦手だ。全くといっていいほどわからない。
数学なんて社会で使わないろうに、と考えると
「あー、博多くんもそう思ぅ?俺も、使わない数学の勉強なんてしたくないわぁ」
と八幡が同調してきた。あぁ、思考が声になって漏れていたか。
「まぁ、仕方ないよ。ここは進学校だし、大学受験のことを考えると放棄するわけにはいかないから」
自分に言い聞かせるように博多はいった。
「うっわー、博多くんえらいわぁ」
「何?何の話?」
今入ってきたのは宇美。綺麗な顔立ち、スタイルをしているがかなり言動がきつい。ルックスがある、また、発言を多くするので、クラスの発言権をもっている1人である。
「数学だるいなー、でもしかたないかー、って話だよ」
簡単に博多が説明する。
「わかるー、数学だるいし。ね、由依」
「わ、わかるー。でも博多くんが言っているように、やらないといけないからねぇ」
今同意したのは、遠賀。宇美が綺麗という言葉を使うなら、遠賀は可愛いという言葉が似合う。遠賀は空気を読むのが得意だ。宇美はそんな遠賀とだから一緒に行動できるのかもしれない。
「とりま、飯食べようぜ」
学校の午前の授業終了を知らせるチャイムがなった。
教室は生徒の声によって煩くなる。こんな時、友達の1人でもいれば喋りながら教室でご飯でも食べただろう。
しかし、友達のいない糸島はそっと教室を出て、購買に向かった。
購買も、かなり煩い。早めに教室をでたつもりだったのだが、もう生徒の列ができている。教室の配置上、ここに1番早く来れるのは3年生だ。その下の階は2年生、1年生と徐々に年齢とともに教室の位置が下がっていくという、お年寄りに優しいシステムになっていた。
糸島の番になった。お目当のカレーパンとコーヒー牛乳を購入する。合計250円。これが昼食代だ。袋を受け取り、すぐに屋上に向かうために階段に引き返した。
周りに誰もいないことを確認して屋上のドアを開ける。
誰もいない。よかった。誰かと顔をあわせるのが嫌でここにきているのに、ここで誰かに会った日には、屋上から飛び降りたいぐらいある。飛び降りないけどな。
梅雨に入る最後の快晴の日らしい。明日からは雨になるとのこと。雨の場合でもここにきている。屋上の出入り口部分には少し屋根が付いていて、雨をそこで凌げる。つまり、梅雨になっても昼食時ここに来ることは確定なのである。
コーヒー牛乳を啜りながら、今日の放課後の会議のことを考える。今回は特に議題はないはずだ。夏休みにはまだ遠い。今回は反省だけして終了となる可能性が高い。
すると…考えないといけないのは…
珍しく、糸島の頭の中に女の子が登場した。門司である。
先日のクラスマッチ種目決定会議以降、帰り際に糸島を見つけると金魚のフンのようについてくるのである。別に嫌なわけではない。他の女と違い、門司は特に糸島に話しかけることなく、ほんとうに一緒に帰っているだけだからである。それに横に並んで歩くのではなく、少し離れて歩いてくる。
変なやつである。早く女の友達を作り、そいつと帰ってもらいたい。しかし、初めて一緒に帰った時に、一緒に帰る許可を出してしまった気がするので、止めろと突き放すこともできない。
今日、会議が早めに終われば、糸島と一緒に帰ろうとするだろう。そして門司は真面目系女子である。
「英語のノート、写させてくれっかな…」
糸島は今朝1限目の英語の時間、爆睡してしまっていた。気づけばチャイムが鳴り、授業が終わっている。ノートを確認するが、初めの部分だけ書いていて、あとはミミズが這ったような字が羅列していた。
糸島には先に書いたように友達がいない。よって、ノートを貸してくれる人もいないのである。
そこで思いついたのは、同じような立ち位置にいる門司にノートを貸してもらおう、という案である。
「しかし、距離が縮まった、と勘違いされるのも嫌だしなぁ」
がっくりと糸島は肩を落とした。
と同時に、ズボンに入っていた携帯がバイブレーションで着信を伝えてきた。
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