第9話 逃げろ逃げろ
「一緒に行くなら途中までパーティを組むのはどう?」
「あ、よろしくお願いします」
レンとセイのパーティ結成はこの様な軽い物だった。最初の草原ではモンスターが出る度に交代制で敵を排除していく。
野兎や野鼠、マムシなどの野生動物が少し大きくなったような敵を代わる代わる倒していくと相川は大体の予想を付ける。
(セイとか言う男はキックボクシングかムエタイでもやってたのかね? 手も動くが脚がもっとよく動くが……)
レンの方は少し特殊な武術を嗜んでいるので分かりはしないだろうが、相手の力量は何となくわかった道中だった。
そんな一行が進み人工物を視界に入れた時、レンの耳に電子音が聞こえてメッセージが届けられる。
「お、クエストが来た……」
指令は、サバイバルという題名で3つの条件が付与されていた。
一つは予想通り能力抑制によって一両日は他者から強奪した異能が10ポイントまで下げられること。ただし最初に所有した【刀】だけは現在値から5ポイントマイナスの13になるらしい。
2つ目はパートナーと離れないこと。
そして最後には問題が。
「……サブクエストじゃなかったのか?」
「……あなただけじゃないこれ……?」
最後に赤文字で【このクエストは強制です】という文言が入っていた。
「……むぅ……公平なゲームじゃないのな」
「まぁあなたが大分不条理だからこれで公平になったとも……」
「俺は普通だ」
イリスといつものようなやり取りをしているとセイとハクもクエストが来たようで何やら相談している。
「ハクをデレさせる……?」
「お、それなら協力したげるよ~? その代わり今からしばらくセイくんはハクさんのパシリね」
「あぁ、任せてくれ。何せ、僕は君と出会ったその日から恋に落ち、その瞬間から愛の下僕と化してるんだから。」
「セイくんキモい~ハクさん喉乾いたから水持って来て」
「君の為なら海をも生み出そう!」
何かやっていた。レンは首を傾げてイリスに尋ねる。
「海を生み出そうってさぁ、洒落のつもりかな?」
「……そこ? 明らかにあの青年の言動がおかしいことについて言及するべきでしょうに……」
「おっとディアマイエンジェル。溜息ついてどうしたんだい? 安心してくれ僕の愛は君にも向けられるぅぐっはぁ!」
イリスがレンに溜息をついているとセイが割り込んで来てハクに鳩尾辺りを殴り上げられて悶絶して地面に崩れ落ちた。
「ごめんね~?」
「えぇと……やり過ぎじゃないのかしら……?」
「飼い主も分からない駄犬にはこれくらいで丁度いいんだよ?」
「うぐっふ……ハクさんまじキツいッス……」
よろよろ立ち上がるセイを冷静に見ていたレンは感心したように呟いた。
「へぇ……二重人格みたいなもんか?」
その言葉にセイは一瞬だけ身を震わせ、レンの方を見た。どうやら、当たらずとも遠からずと言ったところらしい。
「まぁ面白いから放置で。それより今は非常に気になってることがあるんだ」
「何かしら?」
しかし、驚いたセイのことなどお構いなしにレンはイリスにそう告げて村の方を指す。そこから黒い何かが全力でこちらに向かって走って来ていたのだ。
「何か来てるんだけど」
「……熊、かしら?」
「え、何で熊が村から突撃して来てんの? 熊さんの村なの? それとも住人が犬と間違えて熊飼ってたのかね?」
「知らないわよ」
適当な会話をしていると気付けば黒い塊が熊だと分かるくらいに接近していた。あまりの速さにレンは目を軽く細めて目の前の熊を睨みつつ下がり始める。
「この熊、変だ……」
「……あなたなら問答無用で切りかかりそうなものなのだけど……」
「アホか。勝てるわけねーだろ……」
そう言いつつも一応レンは刀を準備しておく。その瞬間、熊はレンを脅威と見做して襲い掛かって来た!
「うぉっ! 怖っ! つーか何このフットワーク! この熊、2足歩行でステップ踏んでるんだけど! 手足長いな!」
「……アルクトドゥスシムス、もしかして地球における約80万年前の氷河期最強のハンターとでもいうの……!?」
「無駄に詳しいなあんた」
レンは何でこんなに集中的に自分が狙われるのか訝しみながら攻撃を避ける。恐らく受けてしまえばその箇所は砕けるだろう。
(……13となると、自らの体の内、刀が含まれてる漢字、もしくは『とう』や『かたな』って読むものがある場所を刀化できるんだよな……)
目が慣れてきたところでレンは前足の攻撃を避け、更に迫って来た噛み付きのその後の一瞬、そこを狙って懐に入り込み熊手気味の手刀を放った。
「ぐっ!? か、かった……」
しかし、その一手は通じない。金属が強烈にぶつかる音と共に文字通り刀と化していたレンの手刀は弾かれて熊が更に怒った。
「ガル゛ゴルルルルルァ!」
「ヤッベ! 逃げよ!」
「グルァ!」
逃げようとしたレンを逃がさないとばかりに熊さんは追いかけてくる。こっそり逃げていたハクとセイ、消極的に助ける姿勢だけを見せておくイリスを横目で見ながらレンは熊と追いかけっこをする。
「くっそ、強制イベントならもう無理矢理にでも殺しあいするしかねぇか! 来いやこの腐れ熊が!」
荒い息の上、咆哮なども上げずに無言で襲い掛かってくる熊。レンは手刀や足刀に頭を「とう」で読んで頭角を刀角に変換し、歯を「は」で読んで刃に変換し角突きに恐ろしい牙を持つ悪鬼の如き風貌になって熊と殺し合いを始める。
多くは喰らえば致命傷に至りかねない熊の攻撃を避けることに費やされるレンだが、時折噛み付きの際などに細かく反撃は加え少しずつ相手の探知力を削いでいくレン。
熊もレンの攻撃パターンを行動学習することでその巨体をぶつけ、腕を振り回すような攻撃が増えてきた。
しばしの膠着、しかしそれは続かない。そもそも熊は憶病気味な動物だ。餌だと判断していた存在が敵であり現在血が流れて不利になって来ていると判断すれば逃走を図り始める。
ちまちまちまちま傷つけていた熊の左前足に備わっている爪とレンの
「ぎゃん!」
「おらおら! どぉしたぁ!」
避け損なったことに因り得た傷から血を流しながらレンは叫ぶ。熊が委縮して逃げようとしたその瞬間にレンは全力で攻勢に出た。
その瞬間、熊も狩りから戦闘に雰囲気が変わったと肌で感じたのだろうか。死に物狂いで反撃に出るが時既に遅い。後退りできない体の構造をしている上、不安定な手足の長さを誇っていた熊はレンの総攻撃の前に敗れ、その晩熊鍋にされる運命をたどることになる。
どこか別の場所。
「あー……熊の肝って、何かの漢方薬に使えたよなー……」
「そーなのー? 知らなーい」
レンが倒したブラウンベアーとは異なる突然変異種のレッドベアーの亡骸の上で美男子が薄く笑いながらそのブーツを血で染めていた。
「敵が弱いなぁ……つまらん……」
彼はそう呟き溜息をついて手にしていた大量の【玉】をお手玉のように弄んでその場からパートナーを連れ、煙の如く消える。
その後には熊の死骸どころか何も残らなかった―――
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