第8話 幕開け

「そろそろ、扉が開くようになってるはずよ。そこから今回のゲームのステージに行けるはずだけど……」

「けど?」

「……出掛ける前に髪、切らないかしら?」


 まだ諦めていなかったらしいイリスに時間のことを告げて渋られながらも二人は次のゲーム会場へと移動した。







 扉の向こう側は草原だった。それも低い草の下は湿地のようになっていてブーツの中にまで水が浸入して来てレンは不快気な顔をする。


「撥水性の靴履いてくれば良かった……いや、アレはアレで通気性が悪くて足の裏が熱くなるからこれでいっか……」


 イリスはヒールの為、特に不快感はないようだ。降りて周囲を見渡しては独り言を呟くレンのことを黙って見ながら佇んでいる。

 そんなことをしていると急に空間が開いて中から人が現れた。色素の薄い茶髪に優しげな顔立ち、背はレンより少し高い同い年くらいの青年だ。彼はイリスを見るなりこちらにやって来て跪いた。


「あぁ、愛しの子猫ちゃん。こんな世界に来て大変そうだね? 僕が来たからにはもう安心だ。さぁ共にこの世界を踏破しよう!」

「…………遠慮しておくわ……」


 何だこの人は……イリスがそう思って跪いている美青年から一歩下がるとそこに更に別の女性が現れた。


「……セイくんキモいよ~? ドン引きされてるよ~?」


 それは神が苦心しつつも精密に図ったかのような超が着く程の美少女だった。


 燦々と輝く金髪は艶やかで纏まっており、毛先だけがカーブしてふわふわとした印象を与え、薄紫色の目は見る者を魅了する。主張し過ぎず、全体を調和させている鼻に瑞々しい花唇。

 抜群のプロポーションまでも持ち合わせた彼女は笑顔でセイと呼んだ彼に近付くと素晴らしいおみ足で彼を蹴り、踏み躙る。


「アウチ!」

「ウチの犬がごめんね~? あたしは白夜。ハクさんって呼んで~」

「……イリスよ。あっちで……何してるのよ!」


 イリスがいきなりの二人の行動に驚き、呆気に取られつつもレンの方を見ると彼は刀片手に足下を血塗れにして何かの残骸からこちらへと振り返って笑顔で朗らかに告げた。


「殺戮☆」

「……殺戮してるのが、私のパートナーのレン……」


 言葉に詰まりながら相手のことを変だと言える立場じゃないわね……と思ったイリスがそう言うと乾いた笑みを浮かべた白夜が何とか返事をする。


「あは……個性的、だね……」

「……お気遣い、感謝するわ……」

「もう玉ゲットだよ。後1個……さて、どうもどうも。どちら様ですか?」


 冷え込んだ会話の中にレンは入って来て踏まれている男を見て首を傾げ、踏んでいる女性を見て逆方向に首を傾げてイリスの隣にやって来た。


「どういう状態?」

「……あなたの凶行に戸惑ってる状態よ……」

「え、何かゲームっぽい世界だから取り敢えず敵を殺してドロップ確保してただけなんだが……」

「取り敢えず殺すっていうのが、ね……」


 何とも言えない顔で仕方がないと呟かれるがそれはそれとしてレンはイリスに尋ねる。


「能力が使えないんだけど。どういうこと?」

「知らないわよ……クエストが来る前に行動してるから縛りが分からないんじゃない?」

「おぉ、そういうことか……次から自重しよう」


 出来れば最初から……いや、日頃から自重して欲しかったと思わないでもないイリス。そんなやり取りをしていると地面に転がって前面だけ水浸しになっている美青年がレンに絡んで来た。


「君、前髪を長くしてるのはエロゲの主人公気取りなのかい?」

「よし、宣戦布告受け取った」

「レン、縛りが分からない間は自重するべきって私、さっき言ったわよね?」


 歪んだ笑みで刀を出したレンにイリスは自制を促す。レンは冗談だと言いながら笑い飛ばし殺人鬼の目で殺気を込めて相手を睨んだ後、イリスに移動を提案する。


「ここじゃ座るのも不快だ。仮に足を怪我したりしたら水を介して雑菌が入って来るし血も固まらないから大惨事になる。……まぁゲームだからその辺どうか分からんが座るのが不快だし移動しよう」

「……まぁそれには賛成だわ」


 念を押して不快感を露わにするレンはイリスから賛同を受け取った時点で移動を開始する……が、何故かそれに美青年たちもついて来た。訝しげにレンが見ると視線に気付いた彼は爽やかに笑う。


「付いて行かせてくれないかな?」

「何で?」

「いや、いきなり知らない場所に飛ばされるなんて心細いじゃないか」


(いきなり知らない奴と一緒に行動するのは怖くないのか? 特に俺はさっき引かれてた気が……いや、嵌めるつもりか……?)


 レンがそんなことを考えながらも歩みを止めないでいると後ろの男は続けて声をかけて来た。


「それに、こんな美人の方にならどこまでも付いて行くのが男ってもんだろ?」

「地獄にでも逝ってろ☆」

「ハクさんごめんなさぎゃぁああぁぁっ!」


 レンはコントをやっている後ろのことを軽く見た後、イリスの方を見る。無表情だが褒められて満更でもないだろう。自分のことは嫌いだろうし、褒めた相手は美男子だ。パートナーを乗り換える気になっただろうか?


「……何かしら?」

「……流石に面と向かって言うのは失礼か」

「……何考えたの……? 言う前にそう思ったなら黙っていてくれた方が良かったのだけど……」


 レンは適当に頷いて別の思考を巡らせる。それを目ざとく見たイリスは愁眉を寄せてレンの顔を無理矢理自分に向かせる。


「おっと、何だ?」

「……そこは避けないで欲しかったのだけど……まぁいいわ。いい? 勝手に自分だけで考えを進めないでちょうだい? 何のためのパートナー制か分からないのかしら?」

「……パフォーマンスの向上だと睨んでるが……」

「そう、私の頭は帽子を乗せるためだけにあるわけじゃないの。考えるためにあるんだから少しくらい話しなさい。で、何を考えたの?」


 弱点は頭か。これなら裏切られた時も落ち着いて殺せる。……と反射的に考えたがそんなことを口に出したら問題になることは明らかなので適当に濁しておいた。


「後ろの……付いて来るみたいだからどうするかねって……」

「パートナー制的には4人まで組めるらしいから、途中まで一緒に行動したらどうかしら? 気に入らなかったら解除すればいいだけじゃないの?」

「そうかね……」


 何となく寝取られる未来が想像されたがそれならそれでいいかと諦めてレンはイリスの提案に従った。




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