第7話 幕間

 寝起きの小声で頼んだ朝食が何故かボルシチとトーストにバターで一致してしまい、もの凄く不思議な気分を味わったレンとイラッと来たイリスは食後にテーブルで翌日から始まるゲームの紹介状を読んでいた。


「今度から微弱な痛覚が入るのか。まぁそれくらいはないと面白くないな。殺しにも罪悪感がないし……」

「……変わってるわね。ホンット」

「俺は普通だ」


 ゲームの紹介文はこうだった。




 1.次回げぇむはフィールドバトルです。参加者は前回の地区ごとではありません。ランダムとなっております。開催期間は3日。その間、何をしてもらっても構いません。


 2.勝利条件はフィールド内に存在している宝玉を2つ以上所持した状態で開催期間まで生存すること。


 3.敗北条件は全ての能力値が2桁を切る。もしくは死亡回数が10回以上となった時点で敗北となります。また、次回げぇむ終了時に勝利条件を満たしていない場合も敗北となります。ご注意ください。


 4.次回げぇむの際にクエストが出現しますが、そちらはチュートリアルと異なりげぇむのサブクエストとしての出現になります。クリアは絶対の条件ではありませんので、予めご理解ください。


 5.次回げぇむより、パーティ制度が解放されます。プレイヤーとパートナーを含めて4名までパーティとして組めるので是非、ご活用ください。


 6.次回より微弱ながら痛覚が生じるようになります。




「……また戦闘ね。まぁ幸いにも前回とは違う人たちが参加みたいだけど……」

「ホンット、前回は理不尽な奴らが多かったよな~ルールに則って行動してるのにいちゃもんつけやがって……そう言えば皆殺しの案、これならできたな……いや、また合流とかになったら面倒か……」

「えぇ、本っ当に理不尽な人がいたわね……」


 レンが笑いながら告げた言葉に皮肉を返すイリス。レンはにやにやしながらそれをスルーしてベッドの方へと移動して腰かける。そして尋ねた。


「話変わるけどさ、今から時間あるんでしょ? じゃあ本か何かないの? ゲームは今してるからいいとして……何か物語的な本」

「……あるけど、その前に私からも話は変わるのだけどいいかしら?」

「ん?」


 あるならいいとレンはベッドに横になった。そんな彼の頭を指してイリスは断罪者のように告げる。


「髪、切ったらどう? 長いと思うわ」

「……めっちゃどうでもいいな。そんなことは後回しで良いから本……」


 レンの想像を絶するほどにどうでもいいことを告げられた。しかし、イリスの方は結構大事なことだと思っているらしい。


「いや、長いわ。切った方がいいわよ」

「……面倒臭い……長髪と言う訳でもねぇんだし別に切る必要あるか?」

「目に掛かってるのが不快だわ」

「……お前はオカンか」


 面倒臭いし、金は掛かるし、どう切っても切った後しばらくは何で切ったんだろうと後悔する羽目になるのでレンは頻繁に髪を切るのは好きではない。そのようなことを言っても納得されないのは分かっている。


 もっと言えば赤の他人、しかも対価も要求しないという全く関係性のない相手に刃物を持たれて背後に立たれるのは嫌だと言う理由は告げないでレンは話題逸らしを兼ねて提案する。


「……じゃあ、俺の質問会が終わった後に切るか」

「質問会……?」

「多分察する通り、このゲームとか君らの存在とかに関する質問な」

「答えられる範囲内だったら、答えるわ」


 彼女はミストスプレー、クリップ、ヘアブラシ、カットシザーにセニングシザーなどなどを準備しながらそう答える。どれだけ本気で髪切りたいんだよと思いながらレンは尋ねた。


「まず、超失礼なこと訊くけど好奇心を抑えられん。申し訳ないが……」

「御託は良いわ。早くして」


 噛み合わせを確かめるようにハサミをしゃきしゃき動かしながらイリスはそう答えると少しだけ悩む素振りを見せてレザーも出した。


「まず、あなたは人間ですか?」

「……組成的にはあなたと変わらないわね。ゲーム主催者たちよりあなたたちに近い存在よ」

「近い、ということは違いがあるということでいいんですかね?」

「……敬語を使われると奇妙な気分になるから止めて欲しいわ」


 そう言われても距離感を掴み辛いレンは僅かに困った。それはそれとしてイリスはレンの問いに答える。


「近い、というのは……そうね、私のことを良く見てもらったら分かると思うのだけど……」

「え?」

「ちょ、ちょっと急に来られると怖いのだけど?」


 ほぼ無挙動で来られてイリスは軽く狼狽えるがその手に持っている者はかなりの切れ味を誇る凶器だ。レンはすぐに離れた。


「悪い、ド近眼なもんでね……」

「そう言えばそうだったわね……だからと言ってレディの至近距離に急に飛び込んで良いモノではないと思うのだけど……それで、気付いたかしら?」

「おぉ、不用意に近づいたら罪悪感で死にそうになる」

「…………今、あなたは何の話をしてるの?」

「いや、俺みたいなのが球に近付いたらどう感じるかって考えたらはっとした」


 イリスは埒が明かないとばかりに頭に手を添えて髪をかき上げてその境目付近をレンに見せる。


「毛穴、ないでしょう?」

「そうだな。気管支が丈夫なのか……」

「……さっきからあなたは何を言ってるのかしら? いいかしら? もう何か一々気付かせるのは面倒だから簡潔に言うと、私たちは人形みたいなものよ。生物ではないの」

「ふむ」


 納得された。どんな反応をされるのか少しだけ胸を鳴らせるイリスはレンを見て少しリアクションのために黙る。


 レンが何か考えている沈黙に耐えかねてイリスは続けた。


「……あの、そうね……人間と違うのは、不必要な成長はしないこと……よ……」

「そう」

「……うん……」

「凄いね」


 あまりに驚き過ぎてリアクションが出来ないのだろうか? イリスはそう考えたがレンは普通に首を傾げていた。


「……私たちってことはパートナー制の全員が同じような状態ってことで良い訳かな?」

「そうよ」


 そこでようやくレンは嗤った。しかも、およそ人間が浮かべる物というよりも悪魔が浮かべるような物にしか見えないその表情でイリスに続けて尋ねる。


「話を聞くところによると、一定ポイント以上絆値が溜まれば元の世界に連れて戻れるらしいが?」

「そうよ」

「正体がバレたら……いや、そうか……現在の技術力じゃ正体を明かせない可能性の方が高いな……む? じゃあ揺さぶりは……」

「……あなた本当に私に関心ないのね……」


 恐れられるとか何かのリアクションがあるかと思って待っているとレンは正体を聞いても戦略に使うことしか考えていなかった。イリスは蟀谷を引くつかせる。


「いや、関心はあるけど? ……ところで、人間と同じなのは生殖活動も?」

「…………そうだけど……デリカシーって知ってる?」

「delicacy? 虚弱。にしても同じなら面白くないなぁ……正体バラしても何のメリットもない。一部の情報を伏せて思考誘導かけるかな……」

「……何かムカつくわね、本っ当に……」


 手に持っているハサミで強襲をかけてやろうかと思った。いや、これで髪をばっさりと切ってやろう。それが復讐になる。


「まぁ、仕方ない。俺も俺がもう一人いれば殺し合いになってる自覚はある。マジ気に入らねぇよこの野郎」

「……じゃあ改めたら……?」

「無理。俺は俺のこと大っ嫌いだけど割と好きだから。愛憎3対7!」

「2倍差つけられてるじゃない……」


 呆れたように溜息をつくしかないイリス。そしてその日は結局レンの髪を切ることは出来なかった。



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