第3話 クエスト開始
空間から出たレンは周囲を見て目を疑った。
「……? え?」
甘い空間がひたすら広がっている館内でイリスはほら見たことかと言わんばかりの視線をレンに向ける。困惑しているレンだが、そんな彼に後輩が近付いてきた。
「うわっ……先輩のパートナーマジ美人ッスね……」
「うん。まぁ……そうだな。まさに理想の美人なんだが……それより、何でみんな和やかなの? 殺し合いは?」
「は?」
レンの言葉に後輩のテッペイは呆れたような顔をした。
「え、先輩……恋愛系のゲームで戦闘する気ッスか?」
「闘争が見たいって言ってたじゃん。それに、地球の法律は一切気にしないで良いってそういうことじゃ……」
「はぁ~……分かってないッスねぇ……」
テッペイは呆れたような顔をして彼のパートナー、黒髪に褐色の肌を持つ可愛らしい女の子を抱き上げてレンに見せつけた。
「どうッスか! 可愛いでしょ!」
「お兄ちゃん照れるよぉ……」
「……斬り殺せと?」
照れる童女に対して波游兼光を出して首を傾げるレン。テッペイはますます呆れたように溜息をつく。
「はぁ……厨二病も大概にした方が良いッスよ? 闘争は、恋愛の闘争でしょ。法に縛られないってのは年齢制限的な意味ですよ。はぁ……あんな美人なのに先輩が相手で彼女さんが可哀想……」
「まぁ最後には同意するが……あんまり舐めんなよ?」
黒目の周りの濃い茶色の目も黒い、常に死んだような目を据わらせてレンが小馬鹿にしてきたテッペイを見据えるとテッペイは軽く謝罪を入れた。
「おい、【刀】を持ってるのは君だね?」
そんなやり取りをしていると別の場所から茶髪の猫っ毛をした美少女と少し太り気味ながらもインナーマッスルのある青年がこちらにやって来た。
「……どちらさまですか?」
「先に言っておくがこう見えても僕の方が年上のはずだから口の利き方には気を付けてくれ。僕は穴山。【鈍化】の能力者だ。痛い目を見ない内に宝玉を渡してくれるかな?」
レンは次の瞬間、斬りかかっていた。
次の瞬間、穴山の左腕が血飛沫と共に宙を舞い、自由落下により地面に落ちた。何が起きたのか分かっていない穴山にレンはにこやかに告げる。
「玉、出せ」
一瞬の静寂。次いで悲鳴が上がった。レンは血を振り払うと切っ先を穴山に向けてもう一度告げる。
「早く。チュートリアルだから痛みは感じないはずでしょ?」
「貴っ様ぁ……! こっちが平和的に解決しようとしてんのに……!」
「ご主人様! 援護します!」
イリスの方は手を出す気もない。いや、出す必要性を感じなかった。痛みを感じないがために強気の穴山がレンに向かって突撃するが、刀を一閃させると穴山の足が斬り落とされ、穴山は無様に転がる。
「玉を、出せよ」
「な、んで……?」
最初は鈍化の能力を付け間違えたのかと思った。しかし、今回は完璧に付けたはずだ。なのに何故斬られている?
「ご主人様に何する!」
「うっせぇな」
猫っ毛の美少女にも冷たい眼差しを向けて刀で斬り捨て……ようとして趣向を変えてみることにした。
「よっ……と」
すれ違いざまに両手両足の腱を切断して残心後すぐに振り返るレン。その顔は狂気の笑みに染まっていた。
「達人っぽいわ~凄いわ~刀の基本操作でこれだから17の達人レベルだとどうなるんだろ……まぁ今はいいか。さて、玉を出せ」
「鈍化は……」
「……はぁ、野郎の服を剥ぎ取る趣味はないんだけどなぁ……」
質問には答えずにレンはそう言って穴山に近付く。そんな彼に周囲から非難の声が上がった。
「ひっ、人殺し!」
「警察を!」
「救急車だ!」
有象無象の声に対してレンは顔を上げてその方向を見るがそうすると沈黙が降りて誰が行ったのか分からなくなる。そんな彼らに対してレンは斬り飛ばした腕の断面を見せた。
「人殺しだなんて人聞きの悪い……見てくださいよ。血なんて最初のエフェクト以外出てないでしょうに……」
見るに堪えない物、グロテスクな物への耐性がない人たちは顔を背けたが正面にいた人々は見てしまった。そしてレンの言葉が真実であることを知る。
「……寧ろ、ポリゴン化してるんですが」
「あの声が言った通りゲームの世界なんですよ。指令通りにやりましょ」
そしてレンは話を元に戻して穴山に迫る。
「玉を出せ。ゲームオーバーで身体もセットにして2割引きされたいなら別だが」
「くっ……」
穴山は悔しそうな顔をしてレンに琥珀色をした宝玉を投げ渡した。それを受け取ったレンは笑顔でクエストクリアを喜びその喜びのおすそ分け的なノリで四肢を動けなくした穴山のパートナーを穴山の上に乗せて背を向ける。
「ご、ごめんなさいご主人様……う、動けなくて……」
「い、いや、無理しなくていいよ?」
「次は、絶対あいつを倒しましょうね!」
「う、うん……」
柔らかな感触に幸せを感じている穴山を後ろにしたレンはこの後はどうなるのかイリスに尋ねた。イリスは無表情にクエストの制限時間終了までは待機することを伝えてレンから離れる。
レンが周囲でクエストを開始しているらしい人々と自分の周りで何か言いたそうにしている集団を見ているとイリスが離れた代わりに知らない男がレンに近付いて来た。
「君、さっきのはあんまりじゃないかい? 向こうの彼は話し合いを求めて来たのに君はあまりにも野蛮だ」
近付いて来たのは金髪の王子とでも呼ぶべき美青年だ。彼は日本人のあまり冴えない女性を連れてこちらに近付いて来るとレンを糾弾し始める。
「……はい。でも、指令ですので」
「君は死ねと言われたら」
「死ぬわけないでしょう?」
「じゃあ」
「死にたくないんですよ。文句ありますか?」
なぜ殺したなどと訊かれる前にレンは冷徹を通り越した極寒の視線で相手を見据える。170台後半の身長であるレンだが、相手は更に高身らしくわずかに身長が低く見上げるような形になる。それでも相手は気圧されたようだ。
「き、君は自分が死ななければ周りに何をしても……」
「自分が死ぬよりマシでしょ。それに今回は殺してませんし。大体あなたは何で俺に説教をしに来てるんですか? 関係ないでしょうに」
「人間として」
「いつからあなたが人類代表になったんですか? あなたはあなたのクエストを平和的に、倫理的に行ってから俺の所に来てください。クエストは?」
男は外見から察するに異星人に用意されたパートナーのようなのでレンはその後ろでおどおどしている女性を睨む。彼女はプレッシャーに負けて呟いた。
「だれかの宝玉を奪うこと……」
「ほー! へー! やってみてくださいよ。これから何があるのか分からない空間で! 誰も助けてくれない状態で! おそらくここでキーとなる能力をはいどうぞって渡す奴が……」
「そこのガキ、いい加減にしろ」
周囲から一人の顔に傷がある男が出て来た。いかにも、という風貌の彼は妖艶にしなを作る女性と共にレンに近付くと重低音の声で告げる。
「あんまりザケたことばっかり抜かしてやがるとカタに嵌めんぞ?」
「……あー……もう、面倒臭い……」
「宝玉とか言うのが何なのかわかんねぇが……ポイントを消費すれば戻って来るんだろ? なら、テメェみたいに強硬手段を取らなくても取引は出来たんじゃないのか? あぁん?」
強面の男がそう言うと賛同の声が上がる。それらを見てレンは溜息をつき顔を俯ける。その状態を見た瞬間テッペイは人混みから離れた。
先輩の情けない姿を見たくなかったから、ではない。これから起きる惨状を予知したからだ。
「うっせぇなぁ……偉そうに……被害者の肩ばっかり持ちやがって……」
「あ゛ぁん!? 何つったテメェ!」
「死ねよ」
右手に波游兼光を召喚するとレンは緩やかに構える。それを見て恫喝していた男は拳を固めて殴りかかって来た。レンはそれを刀で受けると腕を割る。
「正当防衛だから。仕方ない」
にこやかに告げられた言葉の後に首が飛び、3人目の犠牲者が出た。いや、次の時点で彼が連れていた女性も被害者に入り4人だ。今度は完全に斬り殺された2人を見て最初に突っかかった美青年が囲んでいる者たちに檄を飛ばす。
「皆! 力を合わせて奴を倒そう!」
「宣戦布告、受け取った」
床を踏み抜かんばかりの踏込と共にその青年を斬り殺すレン。そして惨劇が始まった。
「|刀絢爛舞(とうけんらんぶ)」
地面から雨後の筍のように急速に生えてくる刀の群れ。空から降り注ぐ刀の雨。近くにいた者たちを無差別に殺戮していくレンは今回の攻撃で生き残った敵がパニックに陥っている間に狩る。
「うわ~……やっぱあの先輩マジキチだわ……」
そんな光景を少し離れたところで眺めるテッペイ。レンの部活の後輩である彼は日頃から少しズレた言動をする彼のことを厨二病として周囲に処理させてきたが、目の前の光景を見て確信する。
「大言壮語ばっかりじゃないもんなぁ……実際に、あの人はやりかねなかった。いや、まぁゲームの世界らしいからいいけど……現実に帰った時が怖いね」
「お兄ちゃん?」
「いや、こっちはこっちでクエスト熟しますか。別のプレイヤーにパートナー、苺の可愛さを認めさせる。……何であの人たちは戦闘してるのかよくわかんないけどまぁこっちはこっちで楽しくやりますか……」
一部の戦闘エリアから離れて甘ったるい空間の中でテッペイたちも彼らのクエストを熟し始めた。
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