第2話 設定とチュートリアル

 風貌はガタイの良い高校生であるにもかかわらず乙女が恋人から貰った宝物のように宝玉をしっかり握って離さないレンは胸に宝玉を抱きつつ白髪の美少女に挨拶する。


「こんばんは。えぇと、君がパートナーでいいんですか?」

「……えぇ。初めまして、レン。私はイリスよ。呼び捨てで構わないわ」


 玉の音のような涼やかで、少しだけ落ち着いた美声の持ち主の名乗りにレンは軽く頭だけを下げつつも警戒しながら告げる。


「初めまして……自己紹介する前に多分そちらに情報は行ってると思うので名乗りだけ。レンです。よろしく」


 挨拶を終えて分厚い掌のレンと白魚のような手のイリスは握手するとレンは設定画面を見てイリスに尋ねた。


「これについて、何か説明は受けられますか?」

「……可能だわ。それと、あなた方の敬語という概念は私たちにとって面倒だから止めてくれる? 同い年だし」

「あいよ。それで、能力について何だが……どうやって使うの?」


 すぐさま切り替えてタメ語を使ったレンの言葉に力になれず申し訳ないというようにイリスは軽く目を伏せて首を振る。


「それはあなたにしか分からないわ。ステータスの画面から詳細を見れば現在持っている数値の範囲内で説明が出るはずよ」

「ありがと」


 レンはイリスの発言に軽く説明の礼を言ってステータスを弄り始めて詳細を見て感嘆の声を上げた。


「おぉ~……」


 【刀】:12。この時点で念じれば右手から刀が出ると説明があったのでレンはその通りにして現れた刀身に自らの笑みを写しながら思わず言葉を漏らす。


「綺麗だ……可愛いよ」


 その刀の銘は波游なみおよぎ兼光。この刀で斬られた者は川を泳ぎ切った後真っ二つになったと称される程の切れ味を誇る桃山時代頃の名刀だ。

 現在の日本に残されている実際の刀身は65㎝であるが、この刀は明らかにそれより長い。しかし、反りは浅く先は大切先で波紋は両面が不揃いの互いの目乱れで先に行くと小乱れ、切っ先は小丸に返っており、見る者が見ればそれはすぐに本来の長さの波游だと分かるだろう。


 しかし芸術的な観点など、彼にとってはどうでもいい。右手にある心地よい重さの主がまるで妖刀だったかのように先程から絶えず笑みを浮かべている。


「斬れそうだな~……でも、今の俺じゃすぐに疲れそう……ステータスを身体に振らないとな……」


 レンの現在の身体値は17。運動が得意な人間の部類に位置している。高校3年生の激しい運動をやって真面目に鍛えている彼からすれば割と当然の結果だ。


 そんな彼は一気に身体にポイントをつぎ込む。


「……アスリートでも、俺の目指すポン刀での戦闘だと足りないのか……」


 そんなことを言いつつ試行錯誤を繰り返すレンをイリスはレンにバレないようにじっくり観察しているような冷たい目で見ていた。


(……そろそろ口を挟むべきかしら?)


 レンの絆の値は現在、7。普通の人間が異性に対して働き掛ける絆の力は10であり、簡単に言えばレンの対人スキルはあまり高くない。


 イリスとレンの関係は好意もない単なる知人よりは上の会えば軽く話をして、簡単な協力くらいはしてもいいかなくらいの状態なのだ。


(一応、私たちはプレイヤーの最も好みの相手が選出されてるはずだから私と仲良くしたいと思ってるはずなのだけど……)


 目の前の存在は脳内が戦闘狂のようだ。平和な地区だと事前情報で手にしていたイリスは気付かれないように顔を顰める。


(……備考欄をもっと見るべきだったかしらね? っと、ん?)


 今、目の前の存在への好感度が下がった気がする。イリスがそんな違和感を覚えたとほぼ同時にレンはイリスに尋ねて来た。


「今、俺のことどれくらい嫌い?」

「……別に、嫌いではないけど……」

「もうちょっと下げれるかな……いや、もう下げ幅がないか……」


(まさか!)


 イリスはプレイヤーたちしか知らない情報であるはずのステータス画面を無言で確認した。


(……絆値を、下げてるわ……)


 レンはイリスとの絆の値を存在ギリギリの5まで下げていた。詳細を見て5を割ると消えると知りそこで止めたのだろうがイリスは怒りを覚える。


(……あなたがそういう態度なら、こちらも相応な対応を取らせていただきます。折角のチャンスを不意にしたのはあなたですからね……)


 厳しい視線をレンに向けるイリス。それに一向に気付かないレンは微妙な顔をしながらも頷いてステータスを決定したようだ。


「これでいくか……」


 刀:16、身体:25、絆:5。これがレンのステータスとして決定され、クエスト画面へと移行する。


 出てきたクエストは『チュートリアル【鈍化】の宝玉を奪え』だった。










 そんなレンが狙う【鈍化】の持ち主は未だ薄暗く、ステータス画面だけが光る個別空間の中にいた。じっくりと何かを考えている彼は近くにいる快活な印象を覚える美少女から尋ねられた。


「ねーねーご主人様ーだいじょーぶなのー?」

「心配ないよ。だって、僕は選ばれたんだから」


 穴山 卓郎。大学を中退し、フリーター生活を送っていた30代前半の彼はステータスを振り直して大学生の時の体以上の肉体を手に入れ、パートナーである猫っ毛茶髪の無邪気な美少女にそう言って自らの胸を叩いた。


(ずっと夢見てた世界に今来た……そして、チートも手に入れた。手に触れた相手を鈍化させるどころかパーソナリティスペースの空間全てに働きかける能力。チートを削って注いだこの身体に大好きな彼女が出来た僕が負けるはずがない。これから僕の人生が始まるんだ!)


 タクロウは成功した未来を夢想する。


 彼の人生は高校まで割と順調だった。しかし、転落の始まりである大学で最初につるむ相手を間違えた。

 時間が経つにつれて最初に付き合っていた友人と思っていた人物たちと話が合わなくなり、ボッチへと転落する。そこから大学の情報を手に入れることに対して情報弱者になり、自分が頑張っている中で出席せずに代弁で済ませている連中を見て努力も虚しくなり、大学中退。


 現在は実家住まいで家事手伝いもせず、両親に小うるさく説教されるまでは働かず、ほとぼりが冷めたらまた仕事を辞めるという殆ど働かないフリーターまで落ちぶれてしまった。


 そんな生活はもう終わりだ。クエストをクリアして絆の力と財力、そして知力を手にして家に帰り楽して金を手に入れてこれまでの分、親孝行をするのだ。そして二度と働かない。


 タクロウは自らの過去を振り返り、ステータスの振り直しを終了してその空間から外に出た。



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