第18話
痛々しく轟く鉄の鳴き声。
猛獣のように声を上げる馬。
血風吹き荒ぶ戦場。
眼前で弾ける火花。
刃の閃き。
槍の突撃。
再び上がる鉄の絶叫。
息をもつかせぬ戦いが続いていた。
かたや全身紅染め。かたや異形のいでたち。見る者を魅了する両者の、もはや美しさすら感じる一騎打ちは熾烈を極め、拮抗する両者の実力差では終わりの時すら見当たらない。
そんな戦いの終焉は、唐突に訪れた。
レオーネ軍が本陣を畳み、遂に撤退を始めたのである。
ことここに至り、頭から水でもかけられたように急激に正気に帰ったソルは、ようやく槍を振るう手を止めた。
「戦いが、終わったのか?」
「どうした紅騎将! もう終いか!」
攻撃を続けるラルフの剣撃を受け止め、吐き捨てるように叫ぶ。
「根無し草と違い此方にはすべきことがあり、それを思い出した! この勝負預けた! その名は覚えたぞラルフ!」
思わず戦いに没頭していたこと己に強い憤りを覚える。自分は、武人である前に将である。命を預かるはずが何を考えているのか。
馬首を返しラルフに背を向ける。卑怯な戦いをする男では無いと感じたためである。やはり背後の殺気は無い。
「俺以外にその首取られるなよ!」
ラルフの言葉にソルは答えなかった。しかし答えずとも互いに再戦の機会を確信していた。
ソルは結局一騎も潰れなかった紅騎兵たちに将たる意識を失った謝罪を込めて下馬し、無言で兜を外し、ただただ頭を下げた。
紅騎兵たちは互いを見渡すと笑顔を見せ、やはり言葉は無く、皆ただただ槍を掲げた。
兵たちに怒りも呆れも失望も無かった。あるのはただ、驚嘆に値する苛烈な戦いを目の前で学ばせてくれたソルへの感謝、そして、敬愛する男が好敵手と出会ったことへの祝福だった。
ソルは再び頭を下げると、兜を付けグラウルングに跨り、紅騎兵たちと同じように槍を掲げ、咆哮した。
「これより帰陣する! 我が道阻む者は決死の覚悟をせよ!」
大局が決し、撤退を始めたその中では、ソルの歩く道を遮る者は当然無かった。
戦場の中央から無事に離脱したそんな中、ソルに突撃してくる一騎。
「ソル兄ーーー!!!!!」
「……シーナ?」
そのあまりの剣幕に思わず脚を止めたソルと紅騎兵たち。
「ソル兄っ! よかった生きてた! 怪我は?」
「い、いや、多少負傷はあるが大したことでは……それより部下たちの方が疲弊している」
それを聞くと、シーナは馬から飛び降り、背中に背負っていた先端に赤い水晶のついた木製の杖を振るった。
「バカ、お前も疲れてるだろ!」
ソルも思わずグラウルングから降りると、普段は使わない砕けた言葉が出た。そんな言葉も既に遅く、シーナの杖は光を放ち、ソルと紅騎兵たちを包む。ソルたちの身体中の傷がみるみるうちに治ってゆく。
魔術、という人智の及ばぬ術が存在する。これは実に多種多様で、おおよそ人の形をした生き物には扱えないことはなんでもできる、とさえ言われている。
その魔術の行使には不可欠な要素がいくつかある。その一つは、血の系譜。つまり遺伝によって先天的に持つ才能である。シーナにはそれがあった。
また、要素の他に扱う術の内容と強度による代償もある。
彼女はその代償が分かりやすく、ソルたちの身体が治癒されていくほどに、シーナの全身に傷が痣となって浮かんでいく。
「……ちょっと、このくらいが、限界かも」
「無理し過ぎだシーナ。他人はすぐに治せても、自己の治癒には時間がかかるんだ。女のお前が身体を傷つけてまで術を使う必要はない」
シーナの全身にポツポツと浮かぶ痣はあまりにも痛々しく、ソルは思わず目を逸らした。
「あたしの役目って、これだからさ。この力があるから、七勇将にもなれたんだし」
「そんなわけがあるか。七勇将に選ばれたのはお前自身の実力だ。その力はただの付加価値に過ぎない」
優しく掌をシーナの頭に乗せると、彼女は紅騎たちの手前で居心地悪そうにそっぽを向いた。
「……陛下にも、前に同じこと言われたなぁ」
「その力は、お前だけに与えられた成長の可能性だ。そんな莫迦げたものじゃない使い方がきっとある」
「そうかな……」
「当たり前だ。だからそんならしくない顔をするな」
ソルは笑顔で励まそうと、シーナの背丈に合わせるように身体を少し屈めて、肩を軽く叩く。
そんなソルの気遣いよりも、思いがけず距離が縮まった彼の顔にシーナは思わず赤面してしまう。
「ソル兄……あたし、」
「もっと自信を持て。お前は俺の自慢の妹分なんだからな」
「……バカ」
紅騎兵たちは、邪魔をしないように遠巻きに二人を眺めて一様に微笑んでいた。
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