第16話

彼は馬上からゴミを捨てるのと変わらない様子で首を後方に放る。そこには堆く重なる屍の山。タリム隊とコーマ隊の兵と馬のものである。


「貴様、裏切りに飽き足らずよもや死者に対する非礼まで働くか!」


クラウスが馬を駆り、剣を振るうと、タリムは腰から抜いた双剣で難なくいなした。


「面白いことを仰いますね。最初から殺すつもりだったものに尽くすべき礼などありますか?」


クラウスは続けざまに乱れ突きを繰り出すも、タリムは初撃二撃三撃と落ち着いた様子でかわした。


「くっ、口だけでは無いか」


興奮と老いからか、息を荒げるクラウスに対してタリムはなお煽るように笑顔を崩さない。


「老いとは怖いものですね。かつて王国軍に大陸最強の冠を被せた紅騎将その人の一撃が、こうも容易くかわせてしまう。それとも手加減をされたのですか? それなら必要ありません。別に私は言い訳などしませんからねぇ。コーマ・ヨルムンガンドは私が殺した。私の目的のために」


反撃開始したタリムが喰らいつくようにクラウスに躍りかかる。

馬を全力疾走させ、そのすれ違いざま肉を削り取るように、クラウスの肩とその愛馬アンカラゴンの腹を斬り裂く。


「くっ、アンカラゴン! 耐えよ! 逆賊の刃に膝を折るな!」

「ハハハッ! これが貴方共に恐れられたあの『黒龍馬』⁉︎ あの駿馬アンカラゴンですか⁉︎ なんてザマだ!」


クラウスはヴァイスを庇うようにタリムから距離を取る。

この老将は勇猛で名を馳せたが、決して蛮勇の持ち主ではない。この場で最も優先すべきことをあくまで的確に捉えている。


「お退き下さい、殿下。奴と戦ってはなりませぬ」


自身の身命を賭せば、ヴァイスを守ることは可能だ。

それがクラウスの脳裏で導き出された答えである。

どんなにタリムに背を向けようと、どんなに年を重ねていようと、守りのみに専念すればもうしばらくは致命傷は避けられる。戦いは常に守るに易く攻めるに難い、とは彼が平時より部下に教え説いてきた論であった。

全盛期の力を、いかなる理由で失っていようと、タリムは警戒から自分に背を向けてヴァイスを追うことはできない。

何より、この怒りに震える少年は戦えば呆気なく死ぬだろう。


戦のなんたるかをこの少年に伝えるためなら、命すら捨ててみせよう。


ギリアムには将たる者の深き器を。

シーナには強き願いの叶うことを。

ソルには紅騎の誇り高き魂と、かつて大陸最強を称えられた己が武の全てを伝えた。


ジークの溢れんばかりの王才を育み、そして今、命の尊さを知ったこの優しき龍の子に戦の厳しさを残し、自分の王国への奉公は幕引きだ。


「死に場所失った英雄よ! 背ぇ向けたまま死にてぇならお望み通りにしてやる!」


突進で迫る双剣の攻撃を、クラウスは馬首を返す勢いで受け止める。

かつて先王すら欲した名馬アンカラゴンは、老馬となった今も力強く嘶きを上げ、戦友でもある主の意を汲む。先に受けた傷にも負けずに平然と動いてみせる。


「死に損ないが!」


二撃三撃と攻撃は止まらない。

クラウスに凶刃が迫る。

双剣の変則な攻め。その一振りが腹部を引き裂いた。

急所でなくとも滲む血液に意識を奪われそうになる。


「もう、良い」

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