第14話

長く膠着が続いた戦況に異変が生じる。

突如黒衣を纏った軍勢がレオーネ軍を包囲するように出現し、攻撃を開始したのである。

サイガがレオーネ軍に悟られぬよう細心の注意を払い、慎重に、時間をかけて配置した伏兵である。

もっとも、当初彼はこの策を敵の退路遮断に用いるつもりだったのだが。

混乱した兵士たちは散り散りに逃げてゆく。しかし、この統率の取れた伏兵たちは敵軍を混乱させることを目的としていない。


「脅し穴熊の計、某はそう名付けました」


献策のためにジークの元へ再び馳せ参じたサイガはそう伝えた。


「脅し、穴熊?」

「はっ。穴熊と言うものは地に穴を掘りそれを複数の出口を持つ巣穴とします。もし穴熊を狩ろうと思えば、穴を出ている時に狩るが容易いもの。が、それでは一頭しか狩れませぬ」


人差し指を立て、軍師は表情を変えず語る。


「巣穴の穴熊をまとめて狩らんとすれば、穴熊を脅かし、わざと逃がして巣穴に隠れさせるが上策。罠は逃げた巣穴にこそ仕掛けるのでございます。複数の穴から同時に狩られればひとたまりもありますまい」

「つまり、お前が仕掛けた伏兵は脅かし役に過ぎぬ、と?」

「左様にございます。混乱した敵兵は既に網を持って囲まれた穴熊に同じ。巣穴、つまり本陣に結集しましょう。それを囲い駆逐します」


サイガが敬礼と共にジークにかしずく。


「この穴熊共の狩人の役は、殿下にしか務まりませぬ」




レオーネ軍の本陣にて寛いだ様子で座している細身の男。余裕を崩すことなくキセルで煙を蒸す彼の元に、褪せたカーキ色のコートを羽織った男が現れる。


首領ドン、厄介なことになった」


男は首領と呼ばれる裏町の元締めである。

自由レオーネには彼と別に領長を名乗る代表がいる。王国軍は当然に本陣にいるのはその領長と踏んでいるのだが、実態はこのキセルの男であった。


「ローエンか、何だ騒々しい」


このローエンとはキセルの男の右腕だった。希少な金属でできた筒を携えた彼は、レオーネでも随一の戦士である。


「敵の伏兵だ。此処の後方に配置した防衛部隊が壊滅した。敵兵が急に篝火を焚いて出現したのだ。レオーネ兵も混乱してこちらへ殺到しつつある」


キセルの男は煙を吐く。

未だ余裕の見える口元は変わらない。


「覚えておけローエン。強敵に戦で勝つには必要なもんが多い。俺はハナっからこの戦に勝てるとは思ってねぇ。理由は三つ。こっちにゃ兵がいねぇ。こっちにゃ金がねぇ。そして、こっちにゃ王がいねぇ」

「王? 少なくとも今この戦場では首領が我々の王だ」

「そりゃあ、られちゃならんぎょくってんだ。もし敵の大将が動いてみろ。こっちは時間の無駄だ、退くしかねぇ」

「敵の本隊が動くのも時間の問題だ。それを率いるのは例の王太子だろう」

「そう。だから言った通り、この戦には勝てん。敵軍の士気も高く、ありゃあもう軍全体が一頭の龍だ」


だが、とキセルの男は続ける。


「戦に負けようとも勝負には勝つ。そして勝負ってのは先に焦りを見せたもんの負けだ。龍の牙は削いだ、後は二つの翼を落とせば龍もトカゲと変わらん。俺は天舞う龍をトカゲへ墜とし、ここからレオーネを喰らう気にならなくなる戦をするだけよ」


ぞっとするような冷笑を浮かべた男はキセルの灰を静かに落とした。

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